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十九
*
(……どうして、こわいよ、)
向かってくる炎の列とは何故こんなにも恐ろしいのか。幼いサクラは震えながら振り返る。随分長い間逃げ惑って走ってきた。
遠くの方で母親や父親の声もする。自分を呼ぶ声が怖いと感じたのもこれが初めてであった。
逃げることに集中しすぎていたのだろう、痛みを嫌がるように短くきゃんっ、と鳴いて仔犬がサクラの両腕から身を捩って擦り抜けた。
「あっ!」
サクラがいけない、と思って手を伸ばすのも遅く、仔犬は地面へと転がり落ちる。
「ちゃー? ちゃー、どこなの?!」
真っ暗な闇の中。自分が先ほどまで一寸先も見えないような森の中を走っていたことをようやく自覚する。サクラの背筋がぶるっと震えた。
――「いい? 裏の山には見えないとこに深い崖や谷があるからね、絶対に1人で言っちゃいけないよ? たくさんの人が誤って転落して命を落としているんだからね?」
優しい母が強く言っていたこと。我に返ったサクラは立ち竦んだまま、動けなくなってしまった。