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プロローグ

「はあぁぁぁぁ...」

深くため息を吐いた男は焦点の定まらない目で街を見ている。柵に体を預け立っているのもやっとという状態である。

「ああ、なぜこんなにも世界は僕に生きづらいのか」

彼は芝居がかかった言い回しで天を仰いだ。

そこには雲ひとつない青い空があるだけで、男の気分とは裏腹にとても陽気な天気である。


天を仰いだ男はすぐに先ほどのセリフに自己嫌悪に落ち入りぐしゃぐしゃと頭を掻いた。やがて、柵に前のめりに体を預けぽつりと呟いた。

「これからどうしよう...」




彼の話をしよう。

彼は一郎。26歳。2年前に結婚し2歳の息子がいる。

彼の目下の悩みは仕事にある。

15歳中学卒業とともに実家の工務店に勤務した。そこは小さな土建屋であり従業員8名ながら食うには困らぬ仕事をしていた。

22歳までは道路整備や橋作りの下働きの仕事をしつつ必要な技術を学んでいた。いわゆる公共事業であり、大手の孫請けの仕事をしつつ技術を会得していた。

彼にとっての転機は22歳であった。45歳の親父が工事中の事故により帰らぬ人となった。人並みに悲しんだが彼には残された工務店があった。残った工務店を切り盛りしなげればならなかった。

工務店は6名の現場作業員と1名の事務、そして親父が営業を行っていた。親父を失った彼はがおらず仕事は全て親父が取ってきていた。彼は直ぐに親父の仕事を引き継ぎ工務店の切り盛りを行った。社長となった最初の2年は親父が残した仕事、昔のつてを頼りとってきた仕事で切り盛りをした。

24歳の時、当時付き合っていた事務の女の子と結婚をし、子も授かった。家も自ら建てたし順調な生活をしていた。

25歳彼にとっての鬼門の年であった。3月の公共事業がまるで取れなかったのである。大手の子会社が同一地区に進出し僅かな仕事も取れず苦戦した。資金繰りは厳しくなり、銀行との交渉も当然壮絶なものとなった。一定量の売上が出せなければ翌年の出資が出なくなる事が決まった。仕事を選ばず取りに行った。

26歳になった彼に更なる不幸が起こる。不正に巻き込まれたのである。無理に取に行った利益の低い仕事で不正が発覚した。不正を行ったのは仕事を受けた中堅会社でありいわゆる手抜き建築であった。工務店で行った作業には問題はなかったが、巻き込まれる形で訴えられたのである。醜聞を気にする銀行には資金を回収され、僅かばかりの仕事も失った。当座1年間、それが工務店にとって生きながらえた時間であった。

裁判を闘い無罪を勝ち取ること。それが唯一の生き残る道であった。もちろん裁判では無罪を主張し続けたが、契約書が決め手となった。学のない彼は騙される形で契約書を結ばされており、有罪となる判決がでてしまったのである。

彼の人生は26歳で『詰んだ』。


そして今、彼は裁判終わり結果を誰にも告げることが出来ず工務店の屋上にいる。



「裁判かぁ...上告する時間なんてもう残ってないよな...」

彼は何も知らず公園で無邪気に遊ぶ息子を見ていた。息子は明日母方の実家に預けられる。


もう一緒にこんな風に楽しく遊ぶ機会は与えられないだろう。そんな思いを胸にこれが最後と屋上から降り、向かいの公園へと向かった。


「パパー」

工務店から出た彼を見て、息子は駆け寄ってきた。まだほんの小さな息子の今後の苦労に胸を痛めつつ、躓きそうになりつつに必死に走ってこようとする息子を微笑ましい目で見ていた。


その時彼は気づく。

目の前の通りをトラックが猛スピードできている。

「はる!だめだ!戻りなさい!パパがそっちにいくから!」

息子は彼の声にこっちに気づいたことに喜び更に走る。


このままでは轢かれる。


彼は駆け出した。息子まで失ってはならない。この子はまだ『詰んで』いない。


道路に飛び出した息子は躓いてしまう。

トラックも気づいた。だが、この距離じゃ止まれない。彼は息子の前に飛び出し抱きかかえた。トラックに背を向けるように息子をぎゅっと抱きしめた。


パァーーーー


クラクションが聞こえる。

ドンと大きな衝撃が背に走る。


駆け寄るトラックの運転手。息子の泣き声を聞きながら彼は意識を手放した。

「はるが...無事でよかった...」

そう小さく呟きながら。


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