ロックオン
『C国偵察機、領空内でロックオン』
2014年某日、新聞各紙の一面はこの見出しで埋め尽くされた。
尖閣諸島上空に領海侵犯したC国偵察機が、ミサイルを自動追尾するためのレーザー照射を
スクランブル発進した自衛隊機に行ったのだった。
数ヶ月後、とあるA企業でのこと。
「防衛省にロックオンしろ」
細面の円卓に座る重役陣を前に社長は吼えた。
戦闘機の新しいレーダー照射技術のコンペティションが数日後に控えていた。
彼らは沈痛な面持ちだった。
勝てないかもしれないという顔を隠すのに必死だった。
距離、処理速度、小型化、コストなどの改善点はあるのだが。
しかし、画期的なアイデアはなかった。
戦闘機にはコストなどほとんど考慮されない。
性能が追究されるのだった。
しかし、総合的に見れば、A社のコストダウンには目を見張るものがあった。
結局、A社は受注できなかった。
2年が経った。
A社でレーザー照射技術の開発責任者だった千堂はデパートにいた。
彼は薄汚れたシャツを着て、遠くを見つめていた。
仕事が忙しく、家族に見捨てられ、離婚して5年が経っていた。
彼の視線の先にはペットショップがあり、癒しを求めているようだった。
取りつかれたように視線を動かさず、何かもごもご呟いていた。
「ねえ、ママ、この子、『私を飼って』って言ってるみたい」
生まれて数ヶ月の子犬を指し、女の子がねだった。
「そうね」
母親は子犬を見つめた。
確かに自分にも言っているような気がする。
「お願いッ!」
「じゃ、分かった。ちゃんと世話をするのよ」
いつも寂しい思いをさせている娘に買ってあげようと思った。
父親とは数年前に離婚していた。
「ロックオンッ」
千堂は小さく呟い、拳を作り、力をこめた。
そしてペットショップの方に歩き出した。
母親と娘は子犬がいるショーケースの前で店員に説明を受けていた。
千堂はその隣のショーケースの前に立った。
『私を飼ってッ』
真っ白な子犬が話しかけてきた。
男はもう一度、拳に力をこめた。
翌日、出勤した千堂は待ち受けていた部下たちに声をかけられた。
「やりましたね」
「成功ですね」
「僕たちも見ていました」
千堂は微笑み、頷いた。
彼の設計通りだった。
ちゃんとロックオンしたのだった。
彼が開発したのは動物を入れるショーケースだった。
そのショーケースから超音波がお客さんに照射されるのだ。
その超音波に当たると、
「私を飼って」と聞こえるのだ。
レーザー照射のコンペには勝てなかったが、
小型化とコストダウンは画期的な事だった。
その技術を応用してショーケースは開発されたのだった。