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an original(8)

「人工言語アルカ……?」


 その単語を聞いた瞬間、サロは頭に突き刺すような痛みを感じた。先日から急な頭痛に悩まされることが多くなった。ニナはサロのそんな様子に気づくことなく、サロにとっては数年ぶりとなる家を案内するために先を歩いた。


「お姉ちゃんたちが未知の言語として取り締まろうとしている言語の正式な名称よ」

「そんなことを私に教えていいのか?」


 サロに質問に答えず、ニナは話を続ける。


「お姉ちゃんもあらかた把握しているみたいだから詳しく説明しないけど、アルカは日本語や英語といった自然言語の流用を一切していない、スタンドアロンの全く新しい言語。お姉ちゃんに送った手紙は意味が通じやすいようにアルファベット文字に置き換えたけど――というか私達も結構そうしてるんだけど、本来のアルカは文字もゼロから作られた新しいものよ。語彙の数も一万五千語以上と申し分ない。そのアルカを解析するだけでなく、日常会話レベルで使えるようになるなんて、さすがは言語統制局の課長サマね」

「冷やかしはいい。そんなことよりも、こんな特殊な言語をどこで調達したんだ。まさかお前一人でこんなとんでもないものを作り上げた訳じゃないだろう」

「それは、お姉ちゃんも知っているはずよ」

「……何のことだ?」


 サロには全く心当たりがなかった。ニナは作りかけの自動人形が乱雑に置かれている工房を横切り、地下へと続く階段を降りていった。訝しながらも、サロはそれに続く。


「今は話せない。というより、話してもきっと理解されないでしょうね」


 サロはムッとするが、余計な口を挟まずにニナの背を追った。照明もない、ガラクタが散乱した怪しげな雰囲気の地下道がひたすら伸びている。


「アルカは私達にとっての希望であり切り札よ。現存する言語の規制を目的とした言語野刺激術の影響は少なく、感情を自由に表現することもできる。クソったれな人工言語ヴァンノなんかと違って人間が人間らしく生きることができる言語――残存する言語の中では、世界政府による規制をまぬがれている唯一の言語よ」

「そんな言語が……本当に存在しているのか?」


 サロは実際にその言語を目の当たりにしたにも関わらず、そんな矛盾した言葉を口にした。言語統制局の所属する者として、信じたくない気持ちもあった。


「夢の言語よ」ニナは短く言って、突き当たりにあった金属質の扉を開いた。


 予想に反して広い場所だった。学校の教室より一回り広いくらいだろう。

 集会所かなにかの目的で作られたのか、二十近くの中央を向いたパイプ椅子が円形に並べられ、そのいくつかには既に座っている人影がある。奥にはホワイトボードが置かれており、サロは学生時代に見学したことがある断酒会の会合風景を思い出した。世界政府もまだあの時代はアルコールにも依存症にも寛容だった。今じゃアルコール中毒患者は矯正施設とは名ばかりの収容所に放り込まれてジ・エンドだ。

 パイプ椅子に座っていた人間たちは、入ってきたサロに気づいて一斉にこちらを向いた。


「あ」と声をあげたのは先ほどサロに襲い掛かってきた中年男だ。警棒が当たって出血した頭にタオルを巻いている。どこかで治療でも受けているのか、他の男たちの姿はなかった。

「ててててめぇ、こ、こんな所まで入ってききたのか。げげ、言語統制局の人間がここまで来て、ぶ無事に帰れると思ってるのか!」


 唾を飛ばしながらヴァノンでまくし立てる中年男を、近くにいた金髪の優男と、黒人の少年が宥めている。

 この男がここまで怒りを表現できるのは、おそらくは感情を自由に表現できるアルカを習得した影響が大きいのだろうと、中年男を眺めながらサロは感じた。ここまで感情を自由に表出できる人間は、もはやこの世界に多くない。

 部屋には他にサロと同じ年くらいの女性や二十代半ばくらいの太った男がおり、もし同時に襲い掛かられた場合の対処法を、サロは一応想定した。


「やめなさいって」


 ニナがアルカで呆れたように言うと、中年男はしおらしく、アルカで「すまんな」と流暢に応じた。ニナの言うとおり、アルカは言語野刺激術の影響を受けにくいようだ。


「とりあえず、私達の仲間を紹介するわ」

「紹介されても困る、私はお前達の仲間じゃない」


 サロが答えると、またも中年男が怒りだし、ニナが仲介するというやりとりが始まり、サロは人知れずため息を落とした。

 そうだ、私は言語統制局第一課課長だ。目の前にいる人間達は憎むべきテロリストであり、仲間達の敵でもあるのだ。だが……もちろんその事実だけで割り切れるものでもなかった。私を信じて、私に手紙を寄越したたった一人の肉親を捕らえて殺すほど、私は冷酷になれるだろうか――。

 サロはこの短時間で答えを出すことを諦め、とりあえずニナの目的を探ることにした。


「さあ、気を取り直して仲間を紹介するわ。あなたたちも納得済みのことでしょう?」


 ニナが問いかけると、その場にいたサロ以外の全員が頷いた。あるものははっきりと、あるものは渋々といった様子で。


「そこにいる悪そうな顔の男がランク――個体識別番号じゃなくて通称だけど、この際大目にみてね。ちなみに彼は戦闘員。まだ正確な数は教えられないけど、戦闘員は彼の他にも相当数いるわ」


 ランクと呼ばれた中年男はむすっとした表情で片手を挙げた。


「その横にいる黒人の彼が技術者のミック。まだ若いけど腕は確かよ」

「やあ、よろしくね」


 まだ十四、五にも見える短髪の少年は人懐っこい笑みで言う。


「その奥にいる太っ彼がコンピューターが専門のヨア」

「コンピューターといってもあるのは世界政府が持ってるのより数世代分は遅れた骨董品だけどな」ヨアはサロの方を見ずに小声で呟いた。

「その隣にいる美人のオバサンが、言語学の権威のサキュラよ」

「ハイ」と手を上げるコーカソイドの女性――サキュラを観て、サロは驚きを隠せなかった。個体識別番号0904862ことサキュラの論文は、まだ学生の時分のサロに大きな影響を与えた。ある論文が反体制的と批判され表舞台から姿を消していたのが、まさかこんな所で会えるなんて。

「ところでニナ、あとで覚えておきなさいよ」オバサン扱いされてニナを睨みつけるサキュラは、サロが持っていた孤高な彼女のイメージと違っていた。

「さ、最後がそこの金髪の彼ね。彼は言語聴覚士であり脳科学者であり、さらに私の夫でもあるエダンよ。私のお腹の子の父親であり、お姉ちゃんの義弟になるのかな」

「お義姉さん、とお呼びしていいんでしょうか。エデンと申します」エデンは長い金髪を揺らし、丁寧に頭を下げた。

「彼には言語野刺激術で傷ついた脳を外科的に、またはカウンセリングを通じて修復してもらっているわ。まだ言語野に多少改善がみられる、って程度だけどね。どこで、どのように行っているかはまだ秘密」


 ニナの紹介を聞くうちに、サロには自分が完全に信用されている訳ではないのだ、と当たり前のことを感じた。いざとなればこの『機械人形店ズーマ』と自分達の命をトカゲの尻尾として、組織を生きながらえさせるつもりだろう。つまりニナたちにとっても、私をここへ呼んだことは大きな賭けだったのだ。


「最後に紹介するのが――」


 ニナはそれだけ言って、先ほど歩いてきた地下通路の方へ向かいだした。部屋をあとにするサロとニナを、組織の人間達が思い思いの目で見つめた。

 二人は階段をのぼり『機械人形店ズーマ』の店舗まで戻った。店舗の工房には壮年の男がいて、機械人形の顔を熱心に彫っているところだった。


「くっ」再び激しい頭痛がサロを襲い、気づけば地面に膝をついていた。

「ちょっと大丈夫なの?」


 ニナがサロのことを助け起こそうとする前に、サロの前に大きな手が差し出された。サロが顔を上げ、手の主を確認すると、先ほどまで腰掛けて人形を作っていた壮年の男が、サロを冷たい目で見下ろしながら手を伸ばしていた。


「必要ない、少しめまいがしただけだ」


 サロは自力で立ち上がると、正面から男と対峙した。

 男はサロより背が低く、厚いメガネを掛けていた。メガネの奥の眼光は鋭く、やっぷりと蓄えた口ひげとともに、見る者に威圧感を与える風貌といってよかった。


「彼がアシェットの創設者であり、現『機械人形店ズーマ』の店主である、固体識別番号0510282よ。本人の希望で通称はないわ」

「アシェット?」


 サロが問うと、質問に答えたのは固体識別番号0510282と紹介された男だった。


「ここを拠点に活動する反世界政府組織の名称だ。お前たちは勝手にワームとか呼んでいるだろう」

「何故知っている?」


 男が口をつぐむので、サロは質問を変えた。


「この人形は貴様が?」


 サロは男の前に並んだ人形に目を落としながら尋ねた。サロが家を出たときには、このような機械人形はまだ無かったはずだ。

 貴様と呼ばれた男はぴくりと眉を寄せたが、特に気にする様子もなく憮然と答えた。


「そうだ。お前の父の腕前と比べても遜色ないはずだ」


 確かに男の作る機械人形は父が作ったものと見まがうほどに素晴らしかった。


「父について修行を?」

「まあ、そんなところだ」


 固体識別番号0510282とはまだ話をしていたかったが、ニナに促されてサロはニナとともに『機械人形店ズーマ』をあとにした。

 店先で、二人は向かい合った。改めて見ると、ニナのお腹は大きく、サロの姪か甥の誕生が近いことが分かった。


「覚えてる?」ニナは汚らしい地下通路に目を向けながら、サロに呟いた。「私達がまだ小さい頃、世界政府の検閲官に私達の宝物だった絵本を全部燃やされちゃったこと」

「ああ、父が私達のために集めてくれた本のことを、誰かが密告したんだろう。幼いながらにあれは屈辱的だった。いまだに忘れることはできない」

「私はあのときから、自由に本を読み、言葉を話すためにきっと闘おうと決意した。そして今はこんなことをしてる」

「私はあのときから――」誰にも縛られないように強くなろうと……そして、いつしか体制側について、あのときの検閲官と同じようなことをしている。

「ねえ、お姉ちゃん。私達と一緒に闘おう。世界政府から私達の言語を取り戻し、自由に笑ったり泣いたりできる世界を作ろう。当たり前のように本を読んだり、自国語でブラックジョークを言ったり、たまに政府のグチを言い合ってみたりできる世界を取り戻そう。そのためにお姉ちゃんの協力が必要なの」


 ニナの提案に、ほとんど考えることなくサロは返答した。


「無理だ」

「どうしてよ! お姉ちゃんだってこんな世界はおかしいって分かっているんでしょう?」

「私はまだ死ぬ気はない。お前達はどれほど勝ち目の薄い賭けをしているのか全く分かっていない。私がタレこまなくても、公安局がここを突き止めるのも時間の問題だぞ」

「だからこそ、私はお姉ちゃんを――」

「やめろ!」サロは感情的に大声をだした。店内にいた固体識別番号0510282が何事かと外の様子を覗いていた。

「お姉ちゃんはいつもそう。冷静に物事を判断しているようで、本当は問題と向き合うことから逃げているだけ。そんなんだからその年になっても彼氏の一人もできないのよ!」

「なッ!」


 サロが言い返そうとすると、ニナの手元から一冊の本が飛んできた。サロは顔に当たる直前で慌てて受け止める。


「バーカバーカ。二度と来るな、クソ姉!」


 サロも頭に血が上っていたが、ニナの様子を見ているとこれ以上相手にするのも馬鹿らしいように思えてきた。


「時間を無駄にした」


 最低限の捨て台詞を残して、サロはニナに背をむけ、その場をあとにした。

 サロが去ったのを見計らって、固体識別番号0510282が『機械人形店ズーマ』から姿を現した。


「どうだ?」


 固体識別番号0510282の問いかけに、ニナは先ほどと打って変わった真剣な面持ちで答える。


「とりあえず、撒ける種は撒いたわ。あとは無事芽が出るかどうかね」

「神のみぞ知る、というわけか」


 固体識別番号0510282は『機械人形店ズーマ』に戻っていったが、ニナはいつまでもサロが消えていった方を見つめ続けていた。

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