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an original(5)

 ハリダムと呼ばれる旧厚生年金病院の一等個室から、サロは外の景色を眺めていた。色とりどりの花壇をあつらえた広大なリハビリ用の庭園が、仮初めのユートピアを演出している。

 サロが上半身だけを起こしたベッドの脇では、部下のハートが見舞いの果物に噛り付いていた。

 入院して一週間が過ぎ、ようやく面会が許されたにも関わらず、面会者が部下のハートしかいないことは、(表面上はそう感じさせないにせよ)少なからずサロを落胆させていた。

 サロには親も友もなく、魑魅魍魎がはびこる局内で信用できるのは、直近の部下であるハートくらいだった。


「『パーフェクト・ワールド』という映画を観たことは?」


 どうして急にそんなタイトルを思い出したのか、自分でも分からない。だが、ふと思いついてサロがたずねると、リンゴを齧る手を止めてハートは首を振った。


「いえ、その映画は……確か第一種検閲対象映像記録です」

「固いことを言うな。それに私は映画を観たんじゃなく、映像記録のボカシや規制音を入れ込むアルバイトをしていただけだ」


 サロはベッドから身を起こし、ベッドのふちに腰掛けるとサイドテーブルに置かれていた水を口に含んでから、話を続けた。


「ある囚人が刑務所から脱獄して、子共を人質にとって逃げるんだ。そして脱獄犯は逃亡生活を続けるうちに、人質の子供に自分の幼い頃を投影し始める。脱獄班は幼い頃、父親に虐待を受けていたんだ。だからその子供に、今まで厳しい母親の元で我慢させられていたことをいくつもやらせる。やがて二人の間に奇妙な友情関係が芽生え始めるが、そんな歪な関係もやがて終わりを迎える」

「囚人が死ぬんですか?」

「どうしてそう思う?」

「なんとなく……です」

「その通りだ。眠っている間にその夢を見た。そして囚人は、私の父だった。もう十年以上は会っていない」

「らしくないですね。いつもの覇気がないというか……」

「放っておけ。それより、ただ見舞いに来ただけ、っていう訳じゃないだろう。ワームとかいうラジオ局を占拠した言語テロリストたちの死体から、固体識別番号を解析したんだろう? 結果はどうだったのだ?」


 サロの言葉に、ハートは顔をしかめてみせた。


「それが、固体識別番号とバーコードがこてのようなもので焼かれていて識別できませんでした。地下の住居層も含めて死体の顔写真についての聞き込みを続けていますが、有力な情報は得られていません」

「当たり前だ、地下の住人たちが言統に協力などするものか。今ごろは気送管で地下層で暮らす百万人以上の下層民たちに箝口令が敷かれていることだろう。奴らは表向きはどうであれ、潜在的にテロリストたちの味方だ」

「じゃあどうすれば……」

「そんな泣きそうな顔をするな。まずは魔女狩りの要領で、密告者や情報提供者に報奨金を出してテロリストを炙り出せ。あとは……いや、私が退院するまで言語統制局第一課の指揮権はお前にあるはずだ。自分の思ったとおりにやってみろ。それより、私はテロリストが用いた言語が気に掛かる。済まないが、ラジオ放送された音声データと、このところ街に急速に増えているという新言語の文字列を可能な限りピックアップして持ってきてくれ。そういえば、以前私が捕まえた新言語の落書き男はどうした?」

「尋問を続けていますが、なかなか口を割りません」

「多少過激な方法を用いても構わん。何か分かったらすぐに教えてくれ」


 ハートは不安そうな面持ちで頷き、病室から退出しようとしてから、何かを思い出したように足を止めて振り返った。


「そういえば世界政府広告局の連中が、今回の先輩の活躍を映画にしたいとかで、取材に来るみたいですよ。それまでに化粧くらいしておいた方が――」


 サロが睨みつけると、ハートは慌てて退出していった。

 ハートの足音が遠ざかるのを確認して、サロはこめかみに指を当てて深いため息を吐き出した。

 何か未知の出来事が起き始めている。この間の言語テロの少し前から、そんな得体の知れない気配が漂い始めている気がした。表立って話してはいないが、意外と勘のいいハートもおそらくは感じているだろう。

 世界政府が樹立して初めて、今まで観測されたことのない、全く未知の言語が表出してきたのが何よりの証拠といえた。それもここ数日で、新言語を用いた街の落書きが一気に数十倍にも増えたという。

 サロには世界政府の影響力が弱まり、テロリストが力を増し始めているような、そんな感じを受けずにはいられなかった。

 時間を持て余したサロは、病院の一階にある待合ロビーに移動すると、例のテロリストが自爆する直前に手渡してきた手紙にもう一度目を通してみた。正確には、鑑識に没収される前にハートが書き写してくれていたものだ。


『noel vat fan xian ka les til amalis xenon. it amel xiant』


 何度読み返しても、サロにはその内容を読み解くことはできなかった。

 アルファベットを用いているものの、他の英語を中心としたアルファベットを用いる言語とは作りが異なっているからだ。ひょっとすると、全く違う形状の文字が存在して、それにアルファベットに当てはめている可能性もある。

 言語の解析を始めれば、ヴォイニッチ手稿(※暗号とおぼしき未知の文字で記され、多数の彩色挿し絵が付いた二三0ページほどの古文書)の謎でも解くような作業になるかもしれない。長期戦に臨む覚悟が必要になるだろう。

 だが、テロリストが私にこれを渡したということは、きっと私にならこれを読めると考えてのことだろう。

 サロは最後にもう一度手紙の文章に目を通して、それをポケットの奥にしまいこんだ。

 ふと、待合ロビーを見渡してみると、サロの他に五、六人の人間がいて、全員が壁掛けの大型テレビの画面を見つめていた。

 世界政府の宣伝番組か、何重もの検閲が入った民間の企業が作る番組しか放送されないうえ、たまにサブリミナル効果を狙った特殊映像が入ることも知っていた。

 そんなものを観るしかないほど、この薄ぼんやりとした病院の待合室という空間が退屈なのだろう。そう考え、サロも同様に、画面に目を向けてみる。

 テレビ画面にはおっちょこちょいなネコがネズミを捕まえようと悪戦苦闘するも、頭脳明晰なネズミに翻弄されるさまをユーモラスに描いたアニメが流れていた。

 ラジオ局での激しいテロ行為や、街に増える新言語での落書きのことなど何も知らず、待合室にいる人間たちは口を半開きにしたまま、無意味な追いかけっこをいつまでも見つめ続ける。


「さ、さ、さ、最き、近は、お、お、大きなテロもなく、へ、平和にな、なったもんだな」

「あ、あ、ああ、ど、どうせ、せ、せ、世界政府の支配か、からは逃げられないんだから、お、お、お、おとなしくしとけば、い、いいんだよ」


 隣掛けて座っている二人の会話がサロの耳に届いた。言語野刺激術の影響を受け、二人はもはや明瞭な発語すらままならない。


「こいつらはまるで家畜だ。ここはこの世の地獄だ」


 口の中で呟き、苛立ちを抑えつつ自分の病室へと戻ると、


「お邪魔してます。先日は武装テロリストたちの鎮圧、お疲れ様でした!」


 固体識別番号0511999こと、世界政府から派遣されてきた記者であるエイカレット・ヴィランが待っていた。


「それに比べて、お前は元気だな」

「?」


 待合室の光景を思い出しながらサロが苦笑すると、エイカレットは猫のように目を丸くして不思議そうな表情を浮かべた。

 室内だというのにタータンチェックのハンチング帽を頭に乗せたエイカレットは、待合室の人間と比べて活気に溢れ、体制側の人間であることを改めてサロに意識させた。


「それで、お前は何をしに来たのだ」

「いやだなあ、お見舞いに決まっているじゃないですか。あと、ちょっと先日の言語テロの鎮圧について話を聞かせてもらえたらと思いまして」


 聞いてみれば、サロの活躍を映画にして世界政府の宣伝材料にしようと考えた世界政府宣伝局が、エイカレットに例のテロに関する取材を依頼してきたらしい。


「それなら好きに質問してくれ、どうせ私に拒否権はないのだから」


 めんどくささを隠そうともせずに、サロはエイカレットの熱心な質問にひとつずつ答えていった。どうせ世界政府の好みに脚色されるのだろうと考えると、まともに取り合う気にもなれなかった。

 取材が終わる頃には窓の外の景色は赤く染まり始めていた。

 取材道具を片付けるエイカレットに対して、サロはふと、言語テロの中で腑に落ちなかった点を質問していた。


「お前は、あのテロ行為の目的についてどう考える? 私には、あのテロが最初から失敗するつもりで仕掛けられたような気がしてならないんだ。つまり、テロの目的が、よくある市民への蜂起の扇動、言語の奪還、世界政府の転覆などでなく、例えば……新しい言語を市民に披露するのが目的だとか――」

「やだなあ、私はただの『しがないブン屋』ですよ。そんなこと聞かれても分からないですよ」


 エイカレットの時代錯誤な言いように、言葉の一部で人工言語ヴァンノでなく日本語の、しかもスラングを使ったことを咎めることも忘れて、サロは噴きだした。


「何ですか、笑わなくたっていいのに……」

「もういい。私は少し寝る。映画ができたら送るよう、宣伝局の連中に伝えておいてくれ」


 サロが手でエイカレットを追い払うような仕草をすると、エイカレットは唇を尖らせてドアの前まで進んだ。そこで、何かを思い出したようにサロを振り返った。


「ただ、テロ行為の目的ですが、サロさんの考え方はすごくいい線いってると思います。でも一つだけ、私とサロさんとで考え方で違う箇所があって、新しい言葉をお披露目する対象が――」


 そこまで言ったところで、エイカレットの古風な腕時計が電子音を発し始めた。エイカレットは時計に目をやると、


「いけない! もうこんな時間!」


 と目を丸くして、慌てて退室していってしまった。

 まるで嵐のように去っていったエイカレットを見送ってから、サロは再び深いため息をつくと、一時間だけ眠った。

 起きてから最初に考えたのは、エイカレットとは一体何者なのか、ということだった。

 あれほどの若さで世界政府から直接派遣されてくるほどの記者になるには、世界政府にとって多大な貢献を収め、その業績を認められる必要があるだろう。

 サロ自身のように、そのようなケースがないわけではないが、先日の言語テロの現場に偶然居合わせたこと等を考えると、どうにも胡散臭さを感じずにはいられなかった。

 そして、先ほど言いかけた言葉。新しい言語をお披露目する対象とは、一体誰のことだろうか。

 考えても答えがでないことは分かっていたので、サロはすぐに考えることをやめた。ただ、エイカレットを完全に信用することはできない。それだけは忘れないよう、心に留めておくことにした。

 夕食を食べ終えると同時に、本日の業務を終えたハートが、サロのために新言語に関するデータと、言語を解析するためのツールを持ってやってきた。


「あまり無理はしないでくださいよ」


 そう言って病室をあとにするハートの背中を見送ると、見知らぬ言語とサロとの、深く長い夜が始まった。

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