祭りの夜
朝、家を出る前に母と大喧嘩をした。朝ごはんを食べるとか食べないとか、そんなくだらないこと。反抗期真っ最中だった私は、母のすることなすこと何にでも苛立って、ちゃんと朝ごはんを食べなさいの一言にキレた。後から考えると、どうしようもなく馬鹿だった。
受験勉強のために一日図書館で過ごしたけれど、帰る頃には再び憂鬱が襲ってくる。
悪いのは私だ。厳しい親だったら、子供が謝るまで許さないだろう。
私の両親はそこまで厳しい人たちじゃなかったけれど、私があまりに反抗するものだから、その内呆れて怒りもしなくなるんじゃないかって思ってた。
重たい気持ちを引き摺って帰ると、両親はまだ仕事中。リビングに風邪が治りかけの弟が一人。
どうしたの、寝てなくていいの。
もう大丈夫だよ。咳だって出ないし。
母さんは。
仕事。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップになみなみ注ぐ。
やっぱ夏は麦茶だよね。
一気に煽る私に、苦笑する春樹。
最近、春樹はこういう大人びた仕草をすることが増えていた。親に反抗している自分が子供みたいに思えて――まぁ、事実その通りなのだけど――なんだか悔しくなる。
そして、私はいけないことを思いついた。
ねぇ、春樹。花火祭りに行かない? 今夜のやつ。
え、でも母さんに外に出ちゃダメだって言われてるし。
風邪はもう大丈夫なんでしょ。
そうだけど。
じゃ、行こうよ。
……うん。
母が家に帰ってきたとき、春樹がいなかったら慌てるだろうなって思った。母は、春樹のことになると我を忘れることがある。病気がちの子の親ってそういうものなんだろう。
だからきっと大騒ぎするはず。
そんな軽い気持ちで起こした悪戯の成功を、私は思いがけない形で知ることになった。
春樹と二人で家に帰ると、両親ではなく叔母さんが玄関に立っていた。鬼のような形相に涙を浮かべて。長い髪を乱し、化粧も崩れていた。
叔母は無言のまま私の頬を打った。
そのときには、家族に何かあったのだと察していた。叔母の姿を玄関に認めた瞬間、嫌な予感がしたんだ。どうして祭りの前に気が付かなかったんだろう。私は叔母の報告を聞きながらボロボロと涙を零した。春樹も私の隣で泣いていた。
二人きりになったとは思わなかった。
そのとき、二人は独りぼっちになったのだ。