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観測者と三人の王  作者: 成露 草
第一章 魔王、勇者になる
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第二話 Ⅵ

 部屋の中に居る者で、足音に反応を示したのは籠目だけだった。反応と言っても視線を扉の方向に向ける程度だが。

「籠目?」

 しかしその程度の変化でも今のダークには重要な事で、自身から視線が反れた事に不安を覚えた。

 籠目はダークが平時の状態に戻ったと考えていたが実際はそんなことは無い。一度覚えた恐怖はそう簡単になくなるわけがなく、今もダークの胸の中で渦巻いていた。

 ここには落とし穴がある。籠目もダークも気付いていないが、ダークが念話を使う事を無意識に恐いと思った瞬間、ダークは籠目に対して障壁を張っていた。拒否される前に自らが籠目を拒否することでダークは自分を守ったのである。

感情の反映は念話に付随しているので、当然ながらそれも切られてしまったのだ。

 また籠目自身にも問題があった。ダークは勘違いしているが籠目も感情と呼ばれるものに決して詳しくは無い。『哀』に関しては特にそれが顕著だ。

 今まで親しい人が亡くなったことは無いし、それ以前にその親しい人もコンクエストヴェールンスの住人が殆どの為死ぬ事など滅多にない。

 自身の死に関しては更に遠い。不老不死の種族であるメルディスが死を意識することなど滅多にないからだ。

 それでも籠目は他人の感情に敏感なのでダークよりも遥かに人の『哀』に反応が出来た。

 だが年若い籠目にその感情を見せる者と言えば友人や兄弟達ぐらいである。その友人や兄弟達も精神的に成熟しており、『哀』を長く引きずるよりも次に繋げようと行動を起こす者が多い。その結果、籠目は『哀』とはそう言うものなのだと理解していた。

 では自身の『哀』についてはどうかと言うと、実の所籠目はそれを感じた事がない。何かを失敗したとか、友人と喧嘩したとか、そう言ったものは人並みに経験しているので悲しいと思った事はある。

 けれど恐怖にまで行く様な深い『哀』を感じた事は無かった。籠目はダークの『哀』も喧嘩をした後に感じる『哀』と似たものだと考えていたのである。

 その二つが合わさって、籠目はダークがすでに立ち直ったのだと思っていた。

「なに?」

 いつもと変わらないダークの声に籠目は透視でもする様に扉を見つめながら答える。

 籠目の声は考え事をしている為に少し坦々としていた。この後どの様に行動すべきか思案していたのである。クラッドが『ダークの番は籠目である』という事実を知れば何かしらの行動を起こすと解っていたからだ。

 メルディスの嗅覚以外の五感はコンクエストヴェールンスに住んでいる様々な種族の中で最下層と言える。

 それに対して竜人の嗅覚以外の五感は最高位と言えた。普段なら籠目が気付いているのにダークが気付いていないという事はあり得ない。寧ろ逆が殆どだ。

 また、ダークは気になる事があれば直ぐに念鏡を使用する。

 籠目が一々説明などしなくとも勝手に理解して、それに沿った行動を取ったり、意見をくれたりした。その結果、籠目はダークに対してだけは気遣いが薄くなる傾向が出来てしまったのである。

 ダークは今までそれがとても嬉しかった。顔色や声色、更には視線や動作までも観察して相手を理解しようとする行為を籠目は例え血縁者であっても常に行っている。この行動は一種の処世術であり、籠目自身にはそれを行っている自覚は無い。

 だがダークから見るとそれはひどく疲れることに思えた。だから、ダークは自分に対してだけ気遣いが薄くなることを嬉しく思っていた。

 しかし今のダークにとってそれは逆効果でしかない。籠目の事に必死な為、その他の事はダークにとって瑣末以下の扱いになってしまっていた。感覚を一つでも籠目以外に向ける気は爪の先ほども無い。

 念鏡も未だ恐怖が残るダークには使う事は不可能だ。

 よってダークは足音に気付いておらず、籠目の意識がただ反れたように見えたのである。

 ダークは再び訪れた恐怖を追い出す様に籠目を強く抱きしめた。

「ダーク、どうしたの?」

 突然の抱擁だったが、籠目にとってダークとのスキンシップは日常的に行われる行為でなんら特別な事ではない。

 だから籠目は「どうしたの」と聞きながらも特に答えは期待しておらず、自分もダークの首元に鼻先を埋めて思案を続けた。

 その行動はダークに一瞬の安心感と深い焦りを植え込んだ。体を拘束しただけでは籠目の心が向く事はないのだ、と。

 ダークがどうすべきかを悩み、思考が沈みこんだ時、扉の前で足音が止まった。軽いノックの音と共に「失礼いたします」と言う美声がする。クラッドだ。

 どうするかを決めた籠目はいつもと変わらない声で「どうぞ」と言った。

 入室したクラッドは籠目、ダーク、ランドルフを順に見ると最後にまた籠目に視線を向けた。

「こちらの部屋の机は小ぶりな為、昼食は別室でと思ったのですがこちらに運び入れましょうか?」

「いや、行くからいいよ。それよりそこに倒れてる人を運んでくれる?」

「承知いたしました」

 クラッドは眉ひとつ動かさず、いつも通りの微笑みを浮かべたまま答える。服装は普段着ているスリーピースに戻っていた。

誰でもそうであるように、籠目も日常の欠片を見て気持ちが少し和んだ。内心酷く嫌がっているんだろうな、と思えるほどには落ち着いている。

 ランドルフを俵担ぎにしたクラッドが籠目を見た。その視線に促されるように籠目は一歩を踏み出す。

 しかしダークの拘束は強く、足は空を切るばかりで進む事は出来なかった。

「籠目様、いかがなさいましたか?」

 クラッドがすぐに異変に気付き声を掛ける。

「少し話があるみたいだから先に行っていて」

 クラッドに助力を仰げば良かったにも関わらず、籠目は咄嗟にそう答えていた。その声には僅かに焦りが含まれている。

 籠目の事に関しては異常に敏感なクラッドはその事に当然気付いたが、籠目に「行って」と再び言われ、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。

 クラッドの姿が扉から消えると、腕ごと抱きしめられている為に上手く動かせない腕を籠目は必死に動かした。反応のないダークに痺れを切らし蹴りも入れる。中々にいい所に当たっている様で部屋にはいい音が響いた。

 籠目は一瞬、魔術を使おうかと思ったが城を壊しては騒ぎになるので止めた。

 実は、籠目はクラッドが思っている以上に焦っていた。大混乱と言っても齟齬はないだろう。籠目はダークの念話を拒否した事が今までなかったが、それは逆も然りである。この時初めて籠目はダークがなぜ泣きそうになっていたのかを理解した。今まで当然の様に自分を受け入れてくれていた存在に拒否される事は非常に怖い事なのだと。

「ダーク! ダークってば!!」

 名前を呼びながら攻撃を加える。

 ダークは籠目が“動けないから離して”と伝えたにも関わらず反応を寄こさなかったのである。今もこれだけの事をしているのにピクリとも動かない。

 混乱と恐怖から籠目は涙目になった。声も涙声に変わる。

 暫くして疲れて頭が働かなくなってきた頃、ダークは漸く動きを見せた。ダークは籠目の顔を見る為に後頭部に掌を添え、上を向かせる。

 悲壮としていた表情を籠目は直ぐに小さな笑みに変えた。

 だがその顔は直ぐに驚きに変わる。

 ダークは微笑んでいた。けれどもその表情は何時も籠目に見せている優しい笑顔とは少し違う。その笑顔に甘さを含んだ熱がある様に籠目は感じた。

 籠目が声も無くそれを見ていると、ダークは籠目の目元にキスを落とし口を開く。

「すまない、籠目。泣かせたな。……だが、とても嬉しいんだ。籠目も」

 感じてくれ、と息を吹き込むように言われた後、胸に何とも言えない幸福感が流れ込み籠目は障壁が無くなった事に気が付いた。そしてダークが喜んでいることと、そこに僅かに潜んでいる感情に。

 だが籠目にその理由を問う余裕は無かった。ダークから流れ込んでくる幸福感が今まで感じてきたもののどれとも違っていたからだ。羽になったように足元は軽いのに、頭の奥が痺れて体が上手く動かせない。けれど不快感は一切無く、気持ちよく起床した時の様な柔らかな倦怠感に近かった。

 泣き疲れていたこともあり、籠目はすぐにその幸福感に酔った。その様子にダークはますます幸福感を覚える。籠目は気付いていないが、ダークの目には気持ちよさそうに目を細め、全てを委ねている籠目の姿が映っていた。

 ダークは決して、態と籠目を無視した訳ではない。深い思考の底でダークは自分の恐怖への解決策を必死に考えていたのだ。

 体を拘束する事が出来ても心を拘束する事は不可能だと解っていたし、無理な束縛は籠目に嫌悪感を持たれるだけだと解っていたからである。

 それと同時に、籠目に与えられた恐怖なのだから本人に解決してもらう事が一番早いと言うことも解っていた。

 しかしそれではいけないということをダークは十二分に理解している。

 ダークは感情に対して種類によっては幼児以下の耐性しかない。それは『哀』の反応を顧みれば明らかだろう。

 だがそれ以上に理性と分別のある大人であり、魔族の上に立つ魔王なのだ。恐怖という感情への恐れはあるが、一番初めに感じた強い恐怖のお陰である程度の耐性は出来ている。普段ほどではないが冷静な頭で考えた結果、ダークは「関係の前進」という決断を下したのだった。

 ダークは籠目の感情が恋愛を伴っていない事を知っていた。念鏡を高頻度で使用していれば解ることだ。

 だから籠目の唇へはキスをしなかったし、抱こうともしなかった。まさか番だという事を気付いていないとは思っていなかったが。

 ダークは冷静になると直ぐに籠目が驚いた理由がそれであると気が付いた。考えてみれば一度も伝えて居なかったので知らないのは当然の事なのだ。

 しかし念鏡を日常的に使っていた所為で、言わなければ伝わらない事をダークはすっかり忘れていたのである。

 ダークは思わず自分自身に呆れ、小さく笑った。そしてこれからは念鏡に出来るだけ頼らず、直接籠目に聞くようにしようとダークは思った。

 また、もう待つのは止めようとも。

 ダークは今まで籠目の感情がゆっくりと恋愛の方向に傾いていけばよいと思っていた。籠目の成長を見守るのは楽しかったし、自分の感情がそれに左右されるのも楽しかったからだ。

 だが恐怖を知り、ダークはそんなにのんびりとはしていられなくなった。これからは籠目に愛してもられる様に努力をしようと、ダークは恐怖をねじ伏せるほどの強い決意をしたのだった。

 漸く考えが纏まった時、ダークの耳に籠目の泣声が初めて届いた。籠目もそうだが、ダークも集中すると周りが見えなくなる傾向がある。いつもは籠目に関してだけは別なダークだが、恐怖を抑える事に必死でその余裕も無かった様だ。

 恐怖が滲んだ涙声と、障壁を叩く強い感情にダークは焦る。その焦りは初めて聞く涙声と無意識に張っていた障壁から来ていた。

 だがその気持ちは直ぐに幸福感へと変わる。籠目が自分と同じように障壁に対して恐怖を感じてくれた事がとても嬉しかったのだ。自分と同じ種類の好意ではないが、自分と同じぐらいに必要だと想ってくれている事に幸福感を覚えた。

「籠目、昼食がまだだろう? 腹は空いたか?」

 ダークが籠目の顔にキスを落としながら聞くと、籠目は夢心地のまま「うん」と答える。

「わかった」

 そう言うと、ダークは籠目を軽々と横抱きにした。籠目は未だに幸福感に酔っている様で、寝ぼけた様にダークにされるままになっている。

 いや、疲れから本当に寝そうになっているのかもしれない。

 だがそれぐらいの事はダークからすればどうでも良い事である。籠目が自分を必要としているという事実が絶対的な幸福感と愛しさをダークに与えていた。

切れが良くなったので、第三話に回す事にします(●^0^●)/

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