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観測者と三人の王  作者: 成露 草
第一章 魔王、勇者になる
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第二話 Ⅳ

 部屋に居る面々が言葉を理解して行動に移す前に、ダークはランドルフの腕を掴み、通路へと出た。

 扉の両側に立っていた甲冑が驚いた様に音を経てる。

 だが、ダークが視線を走らせると、ただの置物になったように動きを止めた。

「勇者殿! 一体どう言うことだ?」

 ランドルフが息まいてダークに問うが、ダークはそれを無視して通路を突き進む。

 答えのないダークに反抗するようにランドルフは手を離させようとするが、人間のランドルフがダークに敵うわけもない。結局、息の荒くなったランドルフをダークが引きずって歩く事となった。

 通路は、床に敷かれた赤い絨毯以外は真っ白な石で出来ている。継ぎ目は一切ない。所々に絵画や花瓶、何かの彫像が置いてあり、豪華絢爛とまでは行かないが金銭的に不自由はしていない様に見えた。

 また、甲冑が通路を闊歩している所から、人員にも余裕がある様だ。

 ダークはここ五百年程はコンクエストヴェールンスから出ていないが、それ以前には魔王が居る世界に何度か行った事がある。

 その中に、魔族と人間が敵対している世界も三つあった。それらの世界は金銭的にも人員的にも枯渇状態で、城にもこんな余裕は無かったと記憶している。

 この違いは何が原因なのかと考え、やはり勇者召喚を行えるかどうかなのだろうとダークは思った。

 勇者召喚を行う世界は、それを何度も繰り返す傾向がある。

 つまり、勇者召喚を行えると言う安心感、勇者さえいれば何とかなると言う他力本願な期待がこの状況を作り出しているのだろう。

 ダークは内心呆れたが、それを一切表面には出さなかった。

 それで良いと思っている者達に「それは間違っている」と諭した所で受け入れられる訳は無いからだ。痛い目を見なければそれが直る事は無い。

 そこでふと、ダークは自分がその痛みになってみるのも有りだと考えた。

 他国の事は解らないが、少なくともこの国の王族は勇者が自分達を助けるのは当然だと思っている。

 君主制の為に王族に従うのは当然と言う考えがあるのかもしれない。少し考えれば、いや、考えなくとも常識があれば、それが自国内だけの事だと解りそうなものだがこの国の王族は解らないらしい。

 何度目の勇者召喚か定かではないが、この国の悠長さを見ると一回目や二回目ではないだろう。

 ダークは、この世界の魔王が話が通じる者だったなら、痛みになる事にしようと決めた。

 この世界の住人を諭したいなどと言う下らない正義感からではない。こんな住人の為に同族を殺す気にはならなかっただけの事である。

 平民の勇者への態度は知らないが、この王族を選び、そのままにしているのだから言い逃れはできない。少なくとも勇者召喚については知っているはずだ。誰かを生贄にして自分達の平和を維持しているのに、その生贄を誘拐してきたのは自分達ではないから罪は無いとは言えないだろう。

 部屋から出て約二十分、甲冑と三回すれ違った時、ランドルフは疑問の声を発した。

「勇者殿、宜しければどちらに向かっているか教えていただいてもよろしいか?」

 ダークはその問いに足を止め、振り返った。ランドルフの目をじっと見つめる。

 ランドルフはその視線に緊張が走った。蛇に睨まれた蛙の如く、視線を反らすことも逃げることも出来ない。

 ダークはただ見ているだけなのにランドルフは威圧された。

 それと同時に、ダークの持つ艶の所為でランドルフの顔は徐々に赤く染まっていく。

 ダークは、ランドルフが逃げない事を確認すると腕を離し「お前は何番目の王子だ」と聞いた。

 ランドルフは突然の問いに数度瞼を瞬かせた後、「四番目だが」と答える。

 その答えにやはりかとダークは思った。

 勇者を自分達よりも格下だと思っている王族が、魔王討伐の危険な旅に王子を付ける事は矛盾している。

 恐らく、この王子は俺が魔王討伐をやり遂げるかを見張る役なのだろう。

 そこまで考えてまた新しい疑問が湧く。

「お前は元々、この討伐に同行する事になっていたのか?」

「……当然だろう。それが何だと言うんだ?」

 ダークの問いの真意に気付いたのか、ランドルフは表情を無くし、固い声でそう言った。

「もし、その答えが事実なら、お前はこの国では必要とされていない王子なのだと思ったまでだ」

 ダークはそう言うとまた歩き始める。

 今度はランドルフの腕を引く事は無かった。付いてくることが解っていたからである。

 案の定、怒りと怯えを滲ませた声で「何故、そのような考えになるのか」と言いながらランドルフは付いて来た。

「言われなくとも解っているだろう」

 解っていなければ、怒りは兎も角、怯える事はない。

 ダークがそう答えると、背後から壁を殴り付けた音が聞こえた。

 血の匂いが僅かにし、拳が割れた事にダークは気付く。

 ランドルフの拳は少なからず痛んだだろう。

 だが、唸り声などは一切聞こえなかった。

 怒りしか見ていないが、感情は豊か。腕の筋肉の付き方から何かしら武術をしている。察しも悪くは無い。おまけにダークに見つめられても正気で居られる。

 これらの事から、ランドルフは籠目の目に敵うだろうなと思い、ダークは内心微笑んだ。

 籠目は感情豊かで、ダークは感情が乏しい。

 つまり、ダークが籠目の感情に影響を与える事よりも籠目がダークに影響を与える事の方が多いと言うことだ。

 半身として産まれてしまった事から、自分以外の者から多大に心理的な影響を与えられる。

 籠目からすれば、産まれてからずっとその状況に置かれていたので、それは普通の事だ。嫌とか好きとか言う問題ではない。また、自分に与えられる影響が少ないこともある。

 対して、籠目が産まれたことによってその影響を多大に受ける事となったダークは、嫌悪感を覚えても当然の事と言える。

 しかし、ダークはその事を大いに喜んでいた。

 それは、感情が無いと表現するのに値するほど、ダークにはその起伏が無かったからだ。

 今、感情が乏しいと言えるのは、籠目の感情が反映することでダークがそれを知り、良い影響を受けているからである。

 また、籠目の性格も大きく関わっていた。

 観測者という仕事に籠目が就けたのは、当然ながら能力的な理由もある。だが、一番の理由は好奇心であった。

 どんなに優秀でも、やる気があるのと無いのとでは差が出る。

 本人は自覚していないが、観測者と言う仕事に就けるほどの好奇心を籠目は有していた。

 感情と言うものは『何か』に触発されて起こるものである。

 好奇心旺盛と言うことは、『何か』に興味を持つことが多く、当然触発されることも多くなる。

 ダークの場合、『何か』に興味を持つことは滅多に無かった。それが、籠目のお陰で少しだが改善されたのである。ランドルフに興味を持ったのもその成果だ。籠目に起因する興味であっても、興味は興味。大きな進歩と言えた。

 また、籠目が負の感情よりも正の感情を持ちやすい性格であったのも大きな理由だった。誰でもそうだろうが、『嬉』や『楽』と言った感情は気持ちがよい。ダークも当然ながらそれが好きだ。

 逆に『怒』や『哀』と言う感情は誰だって気持ちがよいとは思えないだろう。ダークからすれば珍しい感覚で、嫌いではないが好きとは言えなかった。

 よって、『喜』や『楽』の感情を持ちやすい籠目に影響を受ける事は、ダークにとっては好ましい事と言えた。

 だからこそ、そんな感情を与えてくれる籠目の事をダークは好きだし、喜ばせたいとも思っているのだ。

 それからは、二人は無言で歩き続けた。ダークは一応、書庫や宝物庫の位置を確認するなどしていたが、ランドルフはただ付いて歩いているだけだ。

 そして、城を一周し終えた時には時間帯は昼になっていた。ダークは籠目が居る部屋へと進行方向を変えて歩く。部屋まで後少しと言う所で、ランドルフが口を開いた。

「だから、何だ」

 呟く様な声を聞いたダークは立ち止り、振り返る。ランドルフはダークを鋭く睨みつけ、怒りと焦燥を滲ませた声で静かに叫んだ。

「だから、何だと言うんだ! 俺が必要とされていなかったとしても! それは、今回の事とは関係ない! 貴様にもだ! 人の事に図々しく首を突っ込むな! 不愉快だ!」

 その叫び声は決して大声ではない。

 しかし、腹の底から吐き出された強い感情を含む声は、ダークの耳によく響いた。

「やはり、いいな」

 だが、ダークはランドルフの内輪話などに興味はない。ダークがランドルフに対して持っている興味は籠目の興味を引くかどうかだけだ。

 だから、ランドルフの叫びも籠目に気に入られるだろうという確信を強める意味しかなかった。

 ダークはそれだけ言うと、歩みを再開する。

 その反応に、ランドルフは目を見開きダークの背を凝視してしまった。まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったのだ。別に慰めて欲しいなどと思い、言った訳ではない。ランドルフだって、ダークにこんな事を言っても仕方がないと解っていたし、第三者であるダークにはどうしようもない問題だと言うことも解っていた。ただ、初めて判然と「必要ない王子」と言われた事をきっかけに今までの事を回想し、溜まり溜まった怒りを吐き散らしただけだ。その吐き散らす対象に、きっかけであるダークを利用したに過ぎない。きっかけを作ったのだから、当たられる理由が少しはあるというこじつけをしただけだ。

 誰だって、ランドルフがヒステリックに怒っているだけで、ダークは悪くないと解る。勿論、ランドルフにだって解っていた。

 だからこそ、ダークには無視されるか、叱られるかの反応を貰うものだと思っていた。

「いいな」などと言う言葉がダークの口から出る理由がまったく解らない。

 ランドルフは理解不能なダークの言動に固まったが、ダークが立ち止った所で我を取り戻した。

 慌ててダークに近寄る。

「……一体どういう意味だ?」

 謝罪しようとも思ったが、先ほどの言葉の意味を知ることが先だと考え、ランドルフはダークに問い正した。

「入れ」

 しかし、ダークはその問いには答えず、ランドルフに入室するように言い、自らは先に部屋に入る。そこはダークに与えられた部屋だ。つまり、籠目が寝ている部屋でもある。

 籠目がいる時点で、ダークにとってランドルフは二の次以下の存在でしかない。ランドルフは所詮、籠目へのお土産でしかないからだ。

 だからランドルフが籠目を見てどのような反応をしようとダークには一切興味がなかった。

「何者だ!」

 ランドルフは王子である。城の深層部とも言える住居域に入れる者は当然把握している。見知らぬ者が居れば、問い正すのは当然の行為だ。しかも、その相手が明らかにこの国の者ではないならば、間者だと思い、語気が荒くなっても仕方がない。暗殺者という可能性もあるのだ。

 籠目はその無礼な言葉に対して怒りを感じたりなどしなかった。思った事といえば、ダークのあの対応は混乱するだけだよね、可哀そうに、という同情である。籠目は十分ほど前に起床しており、それからはダークの五感を通して城を見ていた。当然、ダークとランドルフのやり取りも見ている。ダークの説明不足も、それ以前に与えられた混乱も知っているので怒りなど湧くはずが無かった。

 ただ、苦笑気味しながらソファーに座り、ダークの説明を待つだけだ。自分が慌てて説明した所で意味がない事を籠目は百も承知である。

 しかし、ダークには説明不足や混乱と言う理由は関係なかった。

 ランドルフは籠目に向かって一歩踏み出す前に、目に見えない何かによって、床に叩きつけられたのだ。意識は失われなかったが、肋骨が折れて肺に穴を開けたようでランドルフの呼吸は荒々しい。

 しかし、襲撃者を見つけようと部屋を見渡し、ダークに視線を向けた所でランドルフの呼吸は止まった。殺気に満ちたその視線に自らの死を確信したのだ。そのあまりにも強烈な恐怖に意識を手放そうとした時、ランドルフの視界は温かい手に遮られた。

 そして手と同じ温かさと金木犀の香りに全身が包まれる。

「大丈夫? ダークがごめんね。今、怪我を治すから少し我慢してね」

 ランドルフの耳に籠目の声が響いた。

 何故ダークが攻撃してきたのか。この女は安全なのか。様々な疑問が脳裏を過ったが、今はただこの優しく温かい何かに浸っていたいとランドルフは思った。

 籠目はランドルフの呼吸が正常に戻った事に安心し、溜息を吐いた。自分が一因で罪のない人が死ぬのは良心が痛むのだから仕方がない。

 対して、ダークは籠目の行動を念鏡で理解したものの、納得は出来ず憮然とした表情を浮かべていた。籠目は思わず苦笑する。ダークの子供っぽい反応に呆れた訳ではない。明らかにダークが悪いにも関わらず、その表情を可愛いと思い、叱る気になれない自分に対して苦笑したのだ。

 また、ダークが感情的に理解できないことは仕方がないと言う受け入れでもあった。幼い子供が蟻を潰していても、親は何も言わない。言ったとしても、本気で叱る親はそうそういないだろう。なぜなら蟻はその親子にとって、どうなってもよい存在なのである。ダークに取って、いや、悪魔にとって自分以外は全てそうなのだから仕方がないのだ。

 しかし、と籠目は思う。半身とは言え、自分以外である私の為に怒れるのだから、やはりダークには竜人の血が流れているんだな、と。

 籠目が何とも言えない感慨に耽っていると、それを読んだダークが不思議そうな顔をして爆弾を落とした。

“籠目は俺の半身であり、番なんだから当然のことだろう”

 その科白が籠目の思考を完全に停止させる。

 ただ、その真っ白な頭の隅でクラッドがここに居なくて良かったと籠目は思った。

籠目にとってはまさかの告白。

籠目の現状の忙しさを理解しているので手を出していなかっただけって言う。

しかも、本人は半身の能力で、とっくに籠目は気付いていると思ってます。

その辺も次回に書く予定です。

クラッドを発狂させるかフリーズさせるか悩み中ですね( ̄ー+ ̄)

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