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観測者と三人の王  作者: 成露 草
第一章 魔王、勇者になる
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第二話 何事にも理想があり期待がある。それが満たされることは少ないけど

 テラスへと続く扉から差し込む光と甘い紅茶の香りに籠目は目を覚ました。

 顔をテラスの方に向け、暫く太陽を見る。目が光に慣れたところで、籠目はほとんど反射的に体を起こした。

 籠目は半身の特徴で眠欲に特化しており、寝ようと思えばいつまでも寝ることが出来てしまう体質だ。その為、意識が浮上したら直ぐに起き上がる様にクラッドに言われていた。

 けれども起きたのは体だけで意識は眠りに近い。事実、その目に意思の光は無く、寝ぼけていることが一目瞭然だった。

 寝ぼけ眼で籠目は覚束ない足取りで進む。彼女は昨夜座ったソファーの前でゆらりと立ち止った。ソファーの前の机には紅茶が置かれており、甘い香りを漂わせている。彼女は紅茶から視線を逸らさずにソファーに腰を掛けた。

 メルディスは香りにとても敏感な種族で、魔力の香りでさえも嗅ぎ取る事が出来る。これはメルディスが、血液を介して魔力を摂取することから派生した能力だ。とは言っても、今では牙は退化してしまい噛みつくようなことはない。血液の摂取は気付けの代わりや大怪我をした時、性行為の一環などにしか行われなくなっていた。

 そして、籠目も例に漏れず鼻が異常に良い。直ぐにアッサムの香りに混ざった血液と魔力の香りに気がついた。勿論、それが誰のものであるかも。

 籠目は無意識の内に口角を緩く持ち上げると、何のためらいもなく紅茶を口にする。彼女の予想通り、それはダークのものだった。

 砂糖もミルクも入っていないアッサムだが、とても濃厚で甘いと感じる。優しい甘さ――魔力が全身にゆっくりと広がっていくようだと籠目は思った。

 そしてその一杯を飲み終わると、籠目の意識はいつもの様にしっかりとしたものになっていた。

“籠目、起きたか?”

“おはよう、ダーク。それと……ありがとう”

 明澄になった籠目の頭に、ダークの深い声が響く。

 自分の寝起きの悪さに少々羞恥心を覚えながらも返答すると、喜んでいると同時に少し揶揄する感情が流れ込んだ。

 だが、何に対して揶揄する感情が生まれたのかをダークは伝えようとしなかったので、籠目にはそれを知ることが出来なかった。

 別に隠したくてダークがそれを伝えなかった訳ではない。それを知りたいと籠目が思っていなかったので、伝えなかっただけの事である。

 籠目はダークの感情を素直に受け入れているが、その原因にはほとんど興味がない。それには彼女の感情に対する考え方が大きく影響していた。彼女にとって感情とは、自身でも完全に理解・制御することは不可能なものである。つまり、原因を知ったからと言って完全に感情を理解することは不可能だと考えているのだ。

 対して、ダークは籠目の感情の原因に関心が異常に高い。

 しかし先に言った通りの考えを籠目は持っているので、一々口で説明するようなことはせず『念鏡』を使う様に言っていた。念鏡とは、術者が対象者のその時の考え・感情を鏡に映す様に自身に移す、念話の類型術である。念話が初級ならば、念鏡は中級だ。まぁ、コンクエストウェールンスの住人からすれば大差ないのだが。

 ダークは籠目の感情が動くたびに念鏡を使っている。

 頻繁に頭の中を覗かれれば普通問題になるだろう。だが籠目の場合、幼い頃に念話を上手く制御できず全て垂れ流しにしていたので全く気にしていなかった。

 いや、気にしないと言うのは昔の考えで、今は面白がっていると言った方が正しい。

 籠目は数年前から念鏡で得た情報をダークがどのように咀嚼したのかに深い興味を持っていた。それを知るために今度は彼女が念鏡を使っても良いか聞いた時、彼は二つ返事で了承した。その理由は色々とあったが、彼はギブ・アンド・テイクとしか言わなかった。

 だから、何かが原因――現状を思い出し、未曾有の未来に胸を躍らせた――で籠目が喜んだ事に気付いたダークが念鏡を使ったことも。その原因に対して何か思うことがあったことも彼女は知っている。

“……仕事に専念するのも良いが、少しは俺にも付き合えよ”

 自分よりも千年は年上であるダークから、こんな子供じみた言葉を与えられても、籠目は小さく笑うだけにとどまった。

 暫く念話を続けていると、クラッドが食事の乗った銀製の台車を持って現れた。“後でね”と良い念話を切ると、籠目はクラッドに「おはよう」と言う。

 クラッドも品のある笑みを浮かべて「おはようございます」と言い、食事のセッティングを始めた。食事はクラッドの手作りだ。

 空になったティーカップを見たクラッドが一瞬口元を歪めたのに気付いたが、籠目は何も言わず彼が食事と共に持ってきた濡れタオルで顔を拭った。

 食事は、色とりどりの野菜のサンドイッチとコーンスープ、デザートのプリンである。

 籠目は肉類を一切取らないので――卵や乳製品は食べるので菜食主義者ではない――食事は基本的に穀物と野菜がメインである。「血は飲むのに肉は食べないなんて可笑しい」と言われた事もあるが、彼女は肉独特の触感が苦い物と同じぐらい嫌いなのだった。

 いつもと変わらない味に、自然と頬が緩む。

 籠目はたっぷり時間をかけて完食した。

 暖かい日差しと満たされたお腹が籠目を再び眠りに招くが、それはクラッドが許さない。

 クラッドは食事が終わり、のんびりとしている籠目を続き部屋に押し込んだ。彼は彼女のことを主人だと思っているが、だからこそ健康や清潔さには厳しいのである。

 籠目は多少強引なそれに文句を言うこともなく、続き部屋にある洗面所を使った。お城と言うだけあって、洗面所もそれ相応に広い。宝石や金を施された装飾が太陽の光で輝き、彼女は目が痛いと思った。彼女自身も城と言える場所に住んでいるが、本や芸術品を扱う観測者の領域は良質でいて機能的に作られている。無駄な贅沢などは一切ないのだ。

 暫くして部屋に戻ると、クラッドが今日着る洋服を片手に籠目を待っていた。この洋服も食事と同様に彼のお手製である。

 クラッドは籠目の身の回りの物は全て自分で作りたがった。食事、洋服、テーブルクロスにベッドシーツ。最近は家具も作り始め、現在の彼女の部屋にあるもので彼の手製で無い物は、宝飾品や花瓶、絵画と言った芸術品と趣向品ぐらいである。

 クラッドが持っている服は緋色のワンピースだった。同色の糸と金糸で花や蔓の刺繍が繊細に施された逸品である。

 食事と洋服に関しては籠目の元に来て直ぐに製作を始めたので、クラッドはプロにも負けない腕前だ。

 籠目は一通り服を眺めた後、「クラッドは凄いね。ありがとう」と満面の笑みで言い袖を通した。その言葉に彼は微笑みを返し、着替えを手伝う。

 着替えを手伝うという行為もまた、籠目の元にクラッドが来てから続けている行為なのでお互いに羞恥心などと言うものは無かった。

 着替え終わり、クラッドに髪を梳いてもらっていた時、ダークから再び念話が入った。

 ただ、今回の念話はダークが聞いている音を直接籠目の頭に繋いでおり、ダークの声ではなく低い男の声が聞こえる。

“ダークよ、お前を召喚した理由は昨日も言った通り、魔王討伐の為である。共はこちらで最高の者達を用意した。余の期待に答え、必ず――”

 ここまで聞いたところで籠目は一方的に念話を切った。ダークが少し不機嫌になり、その感情が映ってきたが今の彼女に彼を気遣うまでの余裕はない。いや、『余』と言う自称から国王であろう男の語り口を聞いていて、彼女自身が不機嫌になっていたので彼の不機嫌は彼女自身の不機嫌かもしれない。

 籠目は昔から高圧的で他人を見下した態度や口調をする者が、虫唾が走るほど嫌いだった。特に上に立つ者のそれには敏感である。

 原因は二つ。一つは『高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ』を信条の一つとしていた事。もう一つは幼少から竜王の姿を見ていた事だった。

 更に説明すると、『高貴なる者の義務』は竜王が籠目に教えたものである。その上、内容も竜王自身の王としての信念を入れた、オリジナルを殆ど作り変えてしまったものだ。だから正確には竜王が原因と言えた。

 籠目にとって王や上に立つ者とは、この二つを満たすことが必要十分条件なのである。

 だから、上に立つものであるのに『高貴なる者の義務』に反していたり、竜王と比べてあまりに劣っていたりすると籠目は不機嫌になる傾向があるのだ。

 因みに、竜王はコンクエストヴェールンスでも賢王と呼ばれるほどの者である。軽く齢五千年は超えており、「普通の者では到達出来ない位置まで精神が成熟している」と国民にも言われている。

 つまり、籠目の不機嫌を買わない人間の王はいないと言うことだ。

 余談だが、籠目のこの傾向のおかげで聖王と魔王の仕事に対する姿勢が良好になったことから、この悪癖とも言えるものを直す者は今のところいない。おそらく、この先も現れることは無いだろう。

 籠目は表情も態度も何一つ変えなかったが、クラッドはすぐに機嫌が芳しくないことに気付き「ダークが戻ってくるまで城下を見て回りませんか?」と提案した。

 籠目は「そうする」と答え、窓から見える町の人気のない裏通りに移転する。移転術の光を目の端に捕えながら、ダークに何かお土産を買ってこようと彼女は思った。


挿絵(By みてみん)

籠目を描いてみました! イメージの助けになってくれればうれしいです。そのうちダークやクラッドも入れたいと思います(*^▽^*)

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