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観測者と三人の王  作者: 成露 草
第一章 魔王、勇者になる
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第一話 Ⅱ

 籠目はその衝撃的な光景に何も言うこと無く、慣れたように気配を消した。そして足音もなくダークと見知らぬ女が乗っているベッドに近づく。

 クラッドは籠目と同じように気配を消した後、何も言わず部屋から出た。

 ダークの顔は女で隠れてしまっていて見えないが、自分達に気付いている事を籠目もクラッドも分かっている。

 籠目がダークの顔の横あたりに来ると、ダークは押し倒されたまま首だけを彼女に向けた。女の方はダークを誘惑することに必死のようで、籠目には気づいていない。

 女は中々に美人だった。白金の髪に藍色の瞳をしていて、肌蹴た服から豊かな白い胸が見え隠れしている。見るからにヤル気満々だ。

 しかし、籠目にはダークにその気が無いことが良く分かっていたので、困ったように苦笑する。それを見てダークも同じように苦笑を浮かべた。

 籠目とダークの付き合いはとても長い。籠目からすれば生まれた時からの付き合いである。これには彼らの半身と言う繋がりが大きくかかわっていた。

 半身には五つの特徴がある。

 一つ目は、髪や目、肌と言った身体的色彩が同一であること。

 二つ目は、魔力を使わず、何物の抵抗も受けずに念話が使えること。やろうと思えば、会話だけでなく五感で感じていることもそのまま伝える事もできる。

 三つ目は二つ目に付随していて、感情が反映すること。片方が怒っていると、もう片方も怒りを感じる。

 四つ目は、名前の反転。生き物には生まれる前から持っている名前――真名マナがある。大多数の者はその存在をも忘れているが、魔力の強い者になるとそれを覚えていて、神語で体に描かれていることもある。その場合は、他の者に見られないように花で覆い隠されていた。それが半身の場合、お互いの名前が逆になって体の一部に現れるのである。

 五つ目は、三大欲求の特化と欠如。食欲・性欲・眠欲のどれかを片方が特化すると、片方はそれが欠如してしまうのだ。より正確に言えば、特化している方に欠如している方の欲が流れ込んでいると言えるだろう。

 これらの事から、籠目は生まれてからずっとダークと精神は一緒にいたことになるのだ。

 当然、弊害もあった。ダークよりずっと後に生まれた籠目は、その所為で二歳になるまで自分とダークの分かれ目を見つける事が出来なかったのだ。精神的にはそれほど困らなかったが、肉体的には指一本動かせず苦労した。

 だが、この特殊な体質とも言える関係を籠目自身は厭うことをしなかったし、今もしていない。寧ろ、面白いと思い楽しんでいた。そして幸運なことに、これはダークにも言えることだった。

“助けた方がいい?”

 声を出せば流石に気付かれてしまうので、籠目は無音でダークに聞く。

 ダークはその問いを笑うと女を消し、ノーモーションで起き上がった。女が別の部屋に移転されたと言うことが魔力の残滓から分かる。

 ダークはベッドから足を下ろして腰かけると、右隣を叩き籠目に座る様に促した。ただ座っているだけなのにとても艶めいていて誘われているのでは無いかと勘違いしそうな色気だ。しかし、それに慣れてしまっている籠目は何も思わず隣に腰かける。

 籠目が隣に座るとダークは満足げな笑みを浮かべた。上機嫌な様で籠目にもその感情が伝わってくる。そして、籠目もそれに引っ張られるように意味もなく楽しくなった。

 それからしばらくの間、手を握ったり、抱きしめあったり、頬にキスをしあったりしてじゃれていると、クラッドが茶器一式を持って部屋に戻ってきた。

 ベッドで犬か猫がじゃれあう様にしている二人を見てもクラッドは何も言わず、黙々と紅茶の準備を進める。

 当初、クラッドは二人のこの状況は少々不味いのではないかと思っていたが、ダークが悪魔と竜人の混血児だと知ってからは特に心配することは無くなった。性質はかなり異なるが、悪魔も竜人も生涯の相手はたった一人と決まっていたからだ。

 時折、籠目がダークの生涯の相手――ツガイなのではないかといぶかしむ事があるが、籠目が十七歳になっても何も言ってこないので恐らく違ったのだろうとクラッドは考えていた。それに何より、主人がそのじゃれ合いを「義兄弟と遊んでいるみたい」と言って楽しんでいるので、彼は止めることをしたくなかったのだ。

 クラッドとダークの仲は悪いが、それはお互いの性格が理由で籠目は全く関係ない。彼女はこの二人の関係を「相性が良すぎて相性が合わない」と評していた。

「籠目様、紅茶の用意が整いました」

「今行く」

 籠目はクラッドの言葉を聞くと、ダークの手を引いて寝室の一角にあるテーブルセットに向かった。

 小さめの丸テーブルの上には二人分の紅茶と茶菓子が用意してある。ふんわりとした紅茶の香りが籠目の鼻に届いた。フルーツの様に甘いのに、深く吸い込むとざらついた苦味を感じる。この覚えのない香りに、籠目はこの世界はまだ調べていないと確信した。

 テーブルの前には二人掛けのソファーが一つしか無かったので、二人は並んで座る。

 紅茶を飲んでみると、やはり籠目が一度も味わったことのない味だった。味はコーヒーに近く、不快感で籠目の眉間にしわが寄る。クラッドが紅茶だと表現したからには発酵させたものだとは思うが、どんな茶葉を使ったらこの味になるのだろうかと籠目は心底疑問に思った。彼女は甘い物も辛い物もすっぱい物も平気だが、苦い物だけは大嫌いなのだ。このことは、長い付き合いであるダークもクラッドもよく知っている。

 籠目が一口飲んだのを確認すると、ダークは茶菓子を彼女の口に放り込み、クラッドは紅茶にミルクと砂糖を入れた。

 籠目は茶菓子で苦みを消した後、見た目ミルクティー、味コーヒーミルクを流し込む。口の中から苦みが消え、一息ついた後二人にお礼を言った。それに対して、二人が笑顔で答える。

 クラッドがお代りにコンクエストヴェールンスから持ちこんだ紅茶を入れると、籠目は本題に入った。

「ダーク、聞きたいことがあるんだけどいい?」

 クラッドも会話を聞いているので籠目は声に出して聞く。

 ダークもそのことを分かっているので同じように声に出して答えた。

「籠目が聞きたいのは、なぜ俺が振り返ったかってことだろう?」

 確信気味の問いに籠目は頷くことで答える。

「小旅行のつもりだったんだ。法整備も完了したし、子供等も手のかかる歳は過ぎたから時間はある」

“籠目や他の王共は忙しいから、あまり相手にしてくれないしな”

 無言で言われた言葉の続きに、籠目は笑いながらダークの足を数回叩いた。

 因みに、子供等とはダークの子供ではなく、城に住んでいる魔族の子供達のことを指している。魔族は力加減が苦手な者が多く、殺しは無いが怪我をさせることはよくある。だから、魔王は滅多に生まれない魔族の子供を保護するのだ。これは法律で決まっていることなので例外などはない。

「で、あとは籠目も知っている通りだ」

「魔王なのに勇者として召喚されたのよね」

「ああ、面白いだろう?」

「うん。すごく面白い」

 二人は顔を見合わせて、内緒話でもするように笑い合う。

「だが籠目、仕事の方はいいのか? ルルーシュが五月蠅いだろう」

 笑いが収まると、ダークは悪戯をする子供の様な顔をして籠目に聞いた。

 籠目からもダークの所に遊びに行くが、その逆の方が断然多い。しかし、その半分以上は仕事中と言う理由でルルーシュに追い出されてしまうのだ。

 普通の者ならダークに威圧されてそんなことは出来ないが、他王の者も含めて重役はそれが可能である。

 しかし、それはその者達がそれ相応の年齢と経験を重ねている事と潜在能力の高さからであって、立場はあまり関係ない。

 それにも関わらず年若い――潜在能力の高さは言うまでもないだろう――ルルーシュがダークを無下に出来るのは、魔王の領域の法律により幼少に宰相見習いをしていたお蔭に他ならない。

 そして、それは観測者である籠目に対しても言えた。いや、ダークに対するよりもずっと容赦がないだろう。彼女はルルーシュよりも年若く、経験も浅い。また、威圧感もダークより遥かに弱いのである。だから、ダークは彼女が無断でここに来ているのだと思っていた。

「それがね、今回、私にこのことを教えてくれたのはルルーシュ本人なの」

 ダークは籠目の言葉に驚いて目を見開いたが、すぐにその心裏に気づいて苦笑する。

 しかし、籠目が「だから心おきなくダークの小旅行に付いて行くから、そのつもりでね」と言うと、ダークは苦笑から満面の笑みに表情を変えた。

 その後、今後についての話し合いをしようかと思ったが、籠目が欠伸をしたことで明日に持ち越しとなった。

 二人が話している間に――勿論、話を聞きながら――クラッドがベッドの枕からシーツまで籠目の物に入れ替えていたので、直ぐに眠ることが出来る。

 ベッドに横になると籠目は直ぐに眠りに落ちて行った。

 籠目が寝た後、眠る必要がないダークと下準備に余念のないクラッドは、どこか不穏な空気を醸しながらも籠目を起こさない様に静かに明日までの時間を過ごした。

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