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観測者と三人の王  作者: 成露 草
第一章 魔王、勇者になる
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第三話 Ⅶ

 先に意識を戻したのはセルロワだ。数瞬遅れて住人も意識を戻す。

「失礼。不躾に見すぎたかな。僕の名前はセルロワ。宜しくしてくれると嬉しいな」

 セルロワが住人に微笑を浮かべながら言う。住人はパチパチと音がしそうな程瞬きをすると、不思議そうな表情で「ぼくはぁ、チャートです。こちらこそぉ、よろしくねぇ」と言った。人によっては苛立ちを感じそうな話し方だが、セルロワは話し辛くないのだろうか、と思っただけだ。

「先生、セルロワさんとは先ほど会ったんですが、荷物を運ぶ手伝いをしてくれたんです」

 荷物を仕舞う為に奥に移動しながらキルトは言う。チャートは「わぁ、そうなのぉ? それはありがとぉ」と笑顔で礼を述べた。セルロワの方も笑みを浮かべて「いや、大したことではないよ」と言う。

 けれども内心では、チャートは例に漏れず変わり者の様だと溜息を吐いていた。なぜかと聞かれると全体的な雰囲気から読み取った、としか言えないのだがセルロワには絶対的な自信がある。籠目に言わせれば「経験から来る勘」と言う奴だ。

 幾つかの本の山を崩壊させながら奥の部屋に着いたキルトが二人に向かって「すぐにお茶を入れますから!」と声を張り上げた。二人は適当に返事をすると何となしに視線を合わせる。一瞬だけ沈黙が流れたが、すぐにチャートが口を開いた。

「荷物を運んでくれたのはありがたいけどぉ、それだけの為に来たのぉ?」

 にっこりともニンマリとも言える笑顔をチャートは浮かべる。セルロワはその表情に先ほどとは違う意味の溜息を内心吐いた。

「いや、実は知りたいことがあってね。それについて聞きに来たんだ。彼を手伝ったのはそのツイデかな」

 その答えに「ふぅん?……それでぇ、何を聞きたいのぉ?」とチャートは首を傾げる。

 セルロワは態と数回瞬きをしてから「うん? 聞いたら素直に教えてくれるのかい?」と質問に質問を返した。

 チャートは頭が肩に当たりそうになるほど首を傾げた後、まるで何かを閃いた様に掌をポンと打ち「うぅん、君は面白いねぇ」と言い、間違いなくニンマリと言える笑顔を浮かべる。

 セルロワは何も言わず不思議そうな表情を態と浮かべた。とても自然でありながら、どこか可愛さのある表情だ。

「そうだねぇ。まぁ、知りたい理由によるかなぁ?」

 ふふふーん、と鼻歌を歌いながらチャートは言った。

「知りたい理由かい? 平凡で面白みもない理由なのだが?」

 セルロワは随分機嫌が良さそうに見えるチャートにそう言う。事実を言うつもりのないセルロワだが、過剰な嘘を吐くつもりもない。目立ちたくはないし、何より下手な嘘を吐くと辻褄合わせが面倒だからだ。だから結果的にチャートに言う理由は単純で面白みのないものとなる。

 けれどもチャートはそれでも構わない様だ。「どうぞぉ?」と言い、セルロワを促す。

「そうかい? ならまず、質問を言わせてもらおうかな」

 セルロワはここまで言い、体の重心をずらす様に足を動かすと意識的にチャートに視線を合わせた。

「僕が知りたいのはこの国の内政だよ。理由は僕が地方から最近出てきた田舎者で、その手の話に疎いからかな」

 セルロワの話にチャート「ふむふむ」と独り言の様に言った後、セルロワをじっと見る。何が言いたいのか大体分かっているセルロワは何も言わない。

 笑顔を見つめ合っていると、又もや不思議そうな声が掛けられた。

「――お二人とも、どうかしたんですか?」

 キルトがカップ三つとサンドイッチを乗せたお盆を抱えて二人の事を伺う。まさにキョトンと言った表情を浮かべる彼にチャートは「セルロワ君はぁ、僕に聞きたいことがあるんだってぇ」と答えた。それを聞いたキルトは頬を紅潮させ、興奮気味に「先生は何でも知っていますからね!」と言う。チャートはそれを聞き、小さく苦笑をした。瞬きをする間に消えてしまったがセルロワは見逃さない。

 セルロワは間違いないかな、と思った。『ニンマリとした笑顔を浮かべる者は猫を被っている者が多い』――これは彼の持論である。勿論、感情的な理由から浮かべられる場合もあるので一概にそうとは言えない。だが、駆け引きの場でその様な笑みを浮かべる者はほぼ百パーセントこれに当てはまると彼は思っている。そしてチャートが見せた苦笑はそれが正しいという確証をセルロワに与えた。思わず素が出たのか、はたまた態となのか。そこの判断は付かないが、今回は情報を得たいだけでチャートを敵に回すつもりはないので、セルロワはその疑問の重要度は低いと判断した。

「セルロワさんも良かったらサンドイッチを食べてください。豪勢とは言えませんが中々美味しいですよ?」

 お盆をすこし離れたところにある机に置いた後、その下から椅子を二つ取り出しながらキルトが言う。長方形の形をした机は半分程本で埋まっているが、食事をするには十分な広さだ。チャートに少し遅れてセルロワも移動し席に着いた。向かい合う様にしてセルロワとチャートが座り、扉に近い辺にキルトは座る。簡易な木製の椅子は腰掛けると軋んだ音を立てた。チャートだけはセルロワが来るまで座っていたのであろう布張りの椅子に腰かけるが、誰からも文句などは出ない。

 サンドイッチはチーズとベーコンらしきもの、トマトに似た野菜が少し厚めに切られたバレットに挟んであるシンプルなものだった。カップには籠目が昨日飲んだのと同じものが入っている。

「じゃあ、まずはお祈りだねぇ」

 チャートはそう言うと右手を軽く握って拳を作り、人差し指辺りを額に当てた。キルトも同じようにしているのを見て、セルロワもそれに倣う。二人が同じようにしているのを確認した後、チャートは視線を伏せて小さく呟いた。

我らの(リータ)血となり(セルミニス)肉となる(ジル)者達に(パルタ)感謝し(アンシャン)その冥福を祈ろう(セブルセントス)

 先ほどまでとは明らかに違う口調でチャートは言葉を発する。小さな呟きのはずなのにその言葉は妙に響いた。余韻も消え、沈黙が落ちる。どことなく神秘的な雰囲気を感じながらセルロワは、この祈りは最近のものなのだろうかと疑問を覚えた。

 チャートが軽く息を吐きながら視線を上げる。そして彼が「じゃあ、食べようかぁ」と言い、食事は始まった。セルロワも紅茶らしき物を飲んで一瞬驚いた以外は問題なく食事をする。

 そして意外なことにチャートはニンマリした表情を出すことなくセルロワの先ほどの質問に答えた。その理由は気になったが、セルロワは一先ず話を聞くことにする。この情報に正否など求めていないので問題はない。

 チャートの答えをまとめると、この国の内政は拮抗状態とのことだ。セルロワはこの国の政治体制など知らないので田舎者の無知と言うことでそれについても聞く。チャートは一瞬黙ったが、すぐに口を開いた。

 この国は国王を中心に出来ているが王族全てが尊重されている訳ではないそうだ。政治は国王と国王の選んだ側近達によって運営されていて、尊重されるのは彼らと次期国王候補のみだ。その為王族は各々が信者――王の場合の側近――を持ち、彼らからの気持ちで個人的に使う金を賄っているらしい。

 そして、拮抗の理由だがこれは王が一方的に拮抗しているのに近いそうだ。今世の王は子宝に恵まれ王子四人と姫三人と、今までにないほど王族の数は多い。その全てが成人した今、王は王子達を疑って疑心暗鬼になっているらしい。この一方的ではあるが静かな闘争には貴族や平民は戦々恐々と、他国は静観を続けている。

「成程。十分に内政についてはわかったよ。ありがとう」

 セルロワは紅茶を一口飲んだ後にそう言った。サンドウィッチはとうに無くなり、部屋の中には穏やかで満足げな雰囲気が漂っている。

「満足して貰えたならよかったよぉ。他に質問はあるかなぁ?」

 チャートは紅茶も飲み干しており、キルトにお代わりを頼んでいた。空のカップを弄びながらセルロワに聞く。親切心からと言うより、お茶が来るまでの暇つぶしという雰囲気だ。

「そうだね。なら其々(ソレゾレ)の王族について少し教えて貰えるかい?」

 セルロワも暇つぶしの様な雰囲気で聞く。政治の話を聞いていた時よりもかなり興味が薄そうだ。内政を知りたいと話を持ちかけたのだから、そういう風な態度を取るのは当然だろう。

「王族かぁ。王族は僕もあんまり詳しくないんだよねぇ」

 チャートはそう言いながらも淡々と話し始める。

 第一王子、プロスペル=ルビダント。三十五歳。正妃の子。政治的なやり取りよりも戦術・武術のほうに優れている為、国軍大将の任についている。特に――王族の基準から逸脱した――高慢と言うことは無く、性格に大きな問題はない。

 第二王子、レイナルド=ルビダント。三十二歳。第二側室の子。政治、戦術ともに才能はあるが体が弱い。殆ど表舞台に立ったことが無く、性格などは不明。

 第一王女、エレオノーラ=ルビダント。二十八歳。正妃の子。十八の頃に隣国に嫁いでおり、五年ほど前に一度帰国した時以来姿を見せて居ない。高慢で賢くも冷徹な性格だった。

 第三王子、ヴァレンティーン=ルビダント。二十六歳。寵姫の子。十八の頃に「旅に出る!」と言って放浪の旅に単身で出た変わり者。頭もよく戦術・武術の才能もあり、第一王子が王になった場合は国軍大将の座に就くはずだったが無しになった。

 第二王女、アラーナ=ルビダント。二十三歳。第一側室の子。未婚で結婚相手を探し中。一度隣国に嫁いだが、問題を起こし送り返された。不幸中の幸いに隣国はこの国よりも格下だった為、大きな問題には発展しなかった。高慢だが快活な性質な為に非難は少ないらしい。

 第三王女、シャーリーン=ルビダント。二十歳。第二側室の子。十八歳の頃に侯爵家に降嫁した。その侯爵は王の側近の一人の為、彼女は侯爵を通して時折政治に口出ししているらしい。有名な政策が幾つかある。奇抜で優秀な政策をいくつも出す天才。それ以外はいたって平凡な人物だ。

 第四王子、ランドルフ=ルビダント。十八歳。第六側室の子。政治・戦術・武術のどれにも才能があるが、常人よりも多少才能がある程度で特別なものがあるわけではない。幼少時代を少しの間だが側室である母の実家で過ごしたからか、高慢さは殆どない。

「大体こんな感じかなぁ。能力的なことは殆ど噂の域を出ないけどぉ、的外れではないと思うよぉ」

「これだけ知れればいいよ。ありがとう」

 口から湯気を出す、急須を少し細長くしたような道具を持って戻ってきたキルトを見ながらチャートは言う。お茶を待っていると言うよりはキルトの足元を気にしている様だ。セルロワもチャートと同じ様にキルトの足元に視線をやったが、すぐにチャートに戻した。

 キルトが急須らしきものを机に置いたのを見て、音も立てずに椅子から立ち上がる。

「今日は本当にありがとう。色々と教えて貰ったこともそうだが、食事まで御馳走になってしまったしね。今度何かお礼を持ってくるよ」

 暇することを告げたセルロワにキルトは「いえ! 大したものじゃありませんから気にしないでください。あの、お茶をもう一杯飲んでいきませんか?」と言った。けれどもセルロワは残念そうな表情で首を振り「用事があってね。本当に残念だよ」と返す。そこまで言われて引き留めることなどできず、キルトは「お礼なんていりませんから、ぜひまた来てくださいね!」と笑顔で言った。

「僕は大抵ここにいるから好きな時に来てねぇ?」

 チャートは特に引き留めることもなく、これだけ言うと自分で新しいお茶を入れて飲み始める。セルロワは「そうさせてもらうよ」と返し、古書店を後にした。

 日は少し傾き、時間としては午後三時近い。コンクエストヴェールンスの時間で午前七時頃にこちらに来て、こちらの時間は正午頃だった。約五時間の時差があるのだろう。

 セルロワは狭い空の青を見上げた後、大通りに向かって歩き出す。ゆったりとした歩みだが、それにはどこか威厳が感じられた。彼は歩みを止めることなく咳でもする様に口元に右拳を当てると小さく呟く。

「レイン。成果はどうだい?」

 近くで聞いても聞こえない程の声に、セルロワの足元の空間が揺らいだ。

「はい。必要最低限の情報は抜き取れました」

 揺らいだ空間から掌ほどの大きさの蜘蛛によく似た生き物――レインが姿を現した。赤地に金の模様の入ったレインは、八本の普通の足と八本のピンセットの様に先が割れた足を持っている。

 セルロワが左手を軽く開くとレインはそこに軽々と飛び乗った。レインは小指の爪程の大きさの八個の目でセルロワを見上げる。セルロワは口元から拳を離しながら小さく頷いた。それを見たレインは一瞬の躊躇もなくピンセットの様になっている足の一本をセルロワの手首に突き刺した。

ホームページ「文月の朝になる」の方に超短編などを載せることにしました。

ほとんど会話文のみですが、興味のある方は覗いてみてください。

作品は更新通牒に掲載します(´▽`)

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