第三話 意思と言う名の剣を持て。叩き折られても責任は持たないが
部屋を出た後、移転を使い南側の部屋にクラッドは来ていた。そこはダークに宛がわれた寝室よりも女性らしさがあり可愛らしい雰囲気がある。
クラッドは丁寧にランドルフをソファーに寝かせると紅茶の支度を始めた。そのソファーは薄紅色の小花柄をしており、クラッドが籠目の為に用意したものだ。可愛らしいそれは男のランドルフには実に不似合いだ。
クラッドは部屋を出てからずっと不機嫌だった。ダークが籠目に抱きついていた事はいつものことなので気にしていない。
問題は籠目が焦っている様に見えた事であった。そしてその原因はほぼ間違いなくダークだろうとクラッドは当たりをつけている。クラッドは籠目を困らせているダークに対して苛立ちを感じていた。
また、ランドルフの存在も苛立ちを倍増させる。
クラッドは自他共に認めている異常なまでの潔癖症だ。いつも白い手袋を付けており、それを外す事は滅多に無い。ただ籠目にだけは問題無く触れる事が出来る為、二人きりの時だけは手袋を外していた。この事は、クラッドが籠目と最上級主従契約を結んでいる理由の一つでもある。
籠目の命令とは言え、そんなクラッドがランドルフに触れる事は十分気分を害する理由となった。服の上からだったとしてもそれは関係ない。生理的な嫌悪感はどうしようもないのだ。
紅茶が入れ終わるとクラッドは水球を作り出し、ランドルフの顔の上に落とした。
「うっ!…げほっ!」
氷の様に冷たい水に驚いたランドルフはソファーを軋ませる勢いで飛び起きる。水が少し入ったらしく、咳を繰り返した。
クラッドはソファーの水を蒸発させた後、ランドルフにタオルを差し出す。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
自分でした事にも関わらずクラッドは笑顔でいけしゃあしゃあと言う。
「ああ、問題無い」
「そうですか。では、少々窺いたい事がございます。よろしいですか?」
クラッドはそう言うとランドルフの向かいのソファーに座った。こちらもクラッド手製のソファーである。当然ながら似合わない。
籠目が居れば「美形でも無理な事ってあるんだね」と、くらい言いそうだ。
ランドルフはクラッドの言葉にタオルで口元を押さえながら顔を上げた。
「……誰だ?」
この国で金髪や銀髪は王貴族の証である。目の色は琥珀色で違うが、その色もまたこの国では珍しい部類に入る。それにも関わらず面識のないクラッドをランドルフは怪しむように見た。
左手はそっと、剣に添えられる。
「申し訳ありません。私とした事が自己紹介を忘れていました。私の名前はクラッド=ルシルフルと申します」
しかしクラッドはそんなことは一切気にせず、慣れた様に自己紹介をすると花の様に笑った。向日葵やマリーゴールドなどでは無く、薔薇や百合の様な笑顔だ。
ランドルフは一瞬息を詰まらせた後、その先を促す様に「それで」と言った。
「実は貴方にお尋ねしたい事が幾つかございます。お答えいただけますか?」
「……内容によるな。俺もお前に聞きたい事が幾つかある」
「そうでしょうね。では、交代に質問しますか。そちらからどうぞ」
クラッドが紅茶を飲むように促したがランドルフは口を付ける事はしなかった。
本来なら直ぐに声を上げて衛兵を呼ぶべきなのだが、ランドルフはクラッドからプレッシャーを感じそれは出来なかった。
「お前は何者だ?」
だがその所為でなにも出来なくなる程ランドルフは弱くない。ランドルフはクラッドを睨みつけながらそう言った。
クラッドはその率直な物言いに何故ダークがこの男を籠目に合わせようとしたか解った。
けれどもそれはあくまで籠目の好みであってクラッドの好みではない。腹の探り合いが得意なクラッドからすると、このようなタイプは逆に面倒くさかった。
「貴方が召喚された方の従者です」
ランドルフはその言葉に「まさか」と言う科白が聞こえてくるのではないかと思うほど、変わりやすく表情を驚きに染めた。手も剣から離れている。
クラッドの言葉は嘘ではない。最上級主従契約という重い契約の場合、契約はかなり根の深い所でまで根付いている。籠目とダークは半身と言う繋がりがあるので、僅かだがダークとクラッドにも主従関係があるのだ。本当に僅かなので日常生活に全く支障はないが嘘ではない。
「そうなのか……。だが、一体どうやって来たんだ?」
ランドルフ達はダークを召喚する為に十五人の魔術師と一月に及ぶ準備をした。彼らの常識では人一人の力で世界を渡る事は不可能なのである。
「次は私の番ですよ。何故、貴方は倒れていたのですか?」
クラッドの言葉にランドルフは今その事を思い出した様な顔をした。
その表情にクラッドは内心「この男は馬鹿なのか?」と思ったが、変わらず笑顔を浮かべる。
そんなことに気付く訳も無く、ランドルフは思い出す様にゆっくりと口を開いた。ランドルフは王子という立場に居るにも関わらず、腹の探り合いなどと言った事は苦手な質なのだ。
「……はっきりした事はわからない。恐らく、あの怪しい女に魔力を注ぎこまれたのだろうと思う」
怪しい女という表現にクラッドの機嫌はまた低下した。誰を示しているのかは聞くまでも無い。
そのことに気付いたのかは解らないが、ランドルフは「だが」と言葉を続けた。
「勇者殿に攻撃され、倒れた俺に回復魔術を掛けていたから敵ではない可能性もあるな」
「そうですか。……貴方の次の質問は私がどの様にここに来たか、で宜しいですか?」
「ああ、だが少し待て。衛兵にあの女を確保するように指示を出す」
ランドルフは少々罰が悪そうな顔をしてそう言い、立ち上がろうとした。
しかしランドルフが立つのをクラッドが止める。
「その必要はないでしょう。その女性は勇者と共に居るのです。怪しい者なら勇者が何とかします」
「……それもそうだな」
その勇者殿もあまり信用できないとランドルフは思ったが、クラッドの言葉に逆らう事が出来ず肯定を示した。
「質問の答えですが、自分の力でこちらに来ました」
「馬鹿にしているのか?」
クラッドのあり得ない言葉にランドルフの眉間に皺が寄る。声も少し低くなった。
「いいえ、そのような事はありません」
クラッドは相変わらず微笑みを浮かべている。
その表情が馬鹿にされている様でランドルフの勘に触った。
明らかに不機嫌になったランドルフにクラッドは苦笑すると「勇者の魔力は感じましたか?」と聞く。
「ああ、それがなんだと言うんだ」
「私にもあれと同じほどの魔力があります」
借りものですがと言う言葉を飲み込みクラッドは言う。
その言葉に考え込む様な顔をしたランドルフだったが考える事を諦めたのか、後に回したのか、一つ溜め息を吐くと「お前の番だ」と言った。
今回は少し短めです(>_<)