第7話 真実の在り処
展覧会二日目。実演の日。
大広間の中央に、二つの魔法陣が描かれる台座が用意されていた。
片方はヴェルヒェン王国。もう片方はブランシュタット公国。
つまり、私。
観客席には各国の要人、魔法院の研究者、そして審査員を務める中立国の学者たちが並んでいた。
ヴェルヒェン側の実演者として壇上に立ったのは──カイルだった。
(王太子本人ではなく、カイルを出してきたか)
当然だ。オルヴァルトは政治家であって技術者ではない。実演の場に立てばボロが出る。
カイルが先に実演した。ヴェルヒェンの防御魔法陣。私の設計を改変したもの。
蒼い光が台座に広がる。結界が展開され、上方から落とされた模擬岩石を弾いた。
会場に拍手が起こった。
しかし、私は結界の展開過程をじっと観察していた。
(流路の接続に、0.3秒の遅延がある)
理由は明白だ。表面を改変したせいで、内部の流路設計が最適化から外れている。原本の設計では、この遅延は存在しない。
(ここだ)
私の番が来た。壇上に立つ。ブローチが胸元で静かに光を反射した。
ルルが肩の上にいる。尾は穏やかに垂れている。
魔法陣を展開する。蒼白い光──ではなく、今回は金色がかった光が台座を這った。
鉄触媒の特性を最大限に活かした新設計。結界が展開されるまでの時間は、カイルの実演より明確に短い。
模擬岩石が落とされる。結界が弾く。
それだけではない。弾かれた衝撃が、結界内で循環し、次の防御に転用される。
「衝撃循環型の防護結界だと……!」
審査員席から声が上がった。
「受けた衝撃を消費するのではなく、再利用する設計か。これは画期的だ」
「どれほどの循環効率を?」
「初期衝撃の約七割を再利用可能です。理論上、連続攻撃に対して防御力が増していきます」
会場がどよめいた。
カイルが壇上で、わずかに身じろぎした。
「リーゼルさん」
実演の合間、カイルが声をかけてきた。
「衝撃循環型とは……驚きました。ヴェルヒェンにもない理論だ」
「ありがとう、カイル」
「これは……あなたが一人で?」
「ええ。ブランシュタットの鉱山が教えてくれたことよ」
カイルの顔が、一瞬だけ歪んだ。笑顔の仮面の下に、焦りが透けていた。
(あなたが報告できる情報は、もう古い。この設計は、あなたが工房を出た後に完成したものだから)
オルヴァルトの表情を、私はちらりと確認した。微笑みが、わずかに固い。
実演が終わり、審査員から質疑の時間が設けられた。
ここからが本番だ。
「リーゼル殿。この衝撃循環の理論は、どのような着想から?」
「鉱山の坑道で、岩盤が衝撃を伝播する現象を観察したことがきっかけです。鉄を含む岩盤は魔力を散逸させますが、物理的な振動は効率よく伝える。この性質を結界設計に応用しました」
「なるほど。ところで、ヴェルヒェン側の防御魔法陣とは基礎理論に類似点があるように見えますが」
来た。
「はい。どちらも防御結界の基礎理論に基づいていますので、外形的な類似は当然あります。しかし──」
一呼吸置いた。
「設計の核心──流路設計と安全弁の配置に関しては、明確な違いがあります。そして同時に、明確な共通点もあるのです」
「どういう意味でしょう」
私は壇上の黒板に、二つの魔法陣の流路図を並べて描いた。
「ヴェルヒェン側の流路設計には、接続部に0.3秒の遅延があります。これは、元の設計を表層的に改変した際に生じる典型的な不整合です」
会場が静まった。
「流路設計には設計者固有の癖が出ます。分岐角度の取り方、接続順序、安全弁の間隔。これらは指紋のようなもので、意図的に変えようとしても完全には消せません」
黒板の二つの図を指さした。
「この二つの流路設計には、同一の設計者の癖が見られます。つまり、どちらか一方が原本で、もう一方はその改変版です」
「では……どちらが原本であるかを、どう判定するのですか」
「私は三年分の研究記録を所持しています。設計の発展過程が時系列で記録されています。この記録と、ヴェルヒェン側の設計資料を照合すれば、どちらが先に設計されたかは明らかになるはずです」
会場がどよめいた。
オルヴァルトが立ち上がった。微笑みはまだ保っているが、目が笑っていない。
「リーゼル。興味深い分析だが、個人的な研究記録は後からいくらでも作成できる。元部下の記録に、どれほどの信憑性があるかな」
「ごもっともです、殿下」
私は頷いた。
「ですので、記録そのものを証拠として提示するつもりは、今日のところはありません」
「では何を」
「審査員の方々に、一つお願いがあります」
審査員に向き直った。
「両者の魔法陣の流路設計を、独立した第三者機関に鑑定していただけないでしょうか。設計者の同一性と、改変の有無を判定していただくだけで結構です」
技術的に公正な鑑定。
これを公の場で提案されれば、断る理由がない。断れば、ヴェルヒェン側に疑惑が生じる。
オルヴァルトの微笑みが、ほんの一瞬だけ消えた。
「……合理的な提案だ」
セレーネが横から囁いた。
「殿下、これは──」
「黙っていろ、セレーネ」
低い声だった。周囲には聞こえなかっただろうが、私の耳には届いた。
審査員団の長が頷いた。
「合理的な提案です。鑑定は中立国の魔法院に依頼しましょう」
ざわめきが大きくなった。
私は壇上から降りた。足が震えていたが、歩幅は崩さなかった。
壇を降りた直後、先ほどの年配の技師が近づいてきた。
「リーゼル殿。あなたの実演を見て確信した。あの流路設計は──同じ人間の手によるものだ」
「……お気づきになりましたか」
「私も三十年設計をやっている。癖というのは、ごまかせんものだよ。鑑定の結果が楽しみだ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ。衝撃循環型の発想は、防御魔法の常識を覆すものだ。我が国でも、ぜひ技術交流をお願いしたい」
(……味方が、増えている)
ヴェインが待っていた。
「やったな」
「まだよ。鑑定結果が出るまでは」
「いや」
ヴェインが、ほんの少しだけ微笑んだ。
「今のあなたは、誰が見ても一人前の技師だった。それだけで十分だ」
「……十分じゃないわ。でも──」
「でも?」
「ありがとう。そう言ってくれる人がいると、少し楽になる」
ルルが私の肩で、誇らしげに尾を広げた。
──しかし、その夜。
宿舎に戻ると、部屋の扉が半開きになっていた。
中は荒らされた形跡があった。
そして、枕元に置いていた手帳が──なかった。




