1/10
第1話 終わりの鐘が鳴る前に
魔法省の廊下は、いつも薄暗い。
けれど今日は、その暗さが妙に肌に馴染んだ。
婚約破棄の書状は、驚くほどあっさりしていた。
蝋で封をされた羊皮紙一枚。差出人は王太子殿下。
理由は「能力不足および王家への貢献の欠如」。
(……ああ、そう来たか)
私が三年かけて設計した防御魔法陣。
あの論文の著者欄から、いつの間にか私の名前は消えていた。
知っていた。気づいていた。
証拠を揃えるまでは動かないと決めていた。
なのに──先に切られた。
研究室の鍵を返し、荷物をまとめる。
手帳だけは胸ポケットに入れた。三年分の記録が詰まった、私だけの手帳。
正門を出ると、夕刻の風が頬を撫でた。
足元で白銀の小さな塊が、靴にすり寄る。ルル。唯一ついてきてくれた存在。
さて。定時退社だ。
もう残業する義理はない。
国境の向こうに、小さな公国があると聞く。
一歩を踏み出す。振り返らない。
──けれど、振り返る必要がなくなる日が来るとは、このとき思ってもいなかった。




