第8話 最低ランクの補助
冒険者ギルドの空気は、学園とはまるで違っていた。
酒と汗と鉄の匂い。
怒号と笑い声が入り混じり、秩序よりも現実が優先される場所。
「――次、登録完了。新人だな?」
受付嬢が、俺の冒険者証をカウンター越しに差し出す。
ランクは、当然のように最低位。
名前の横に刻まれた等級を見て、周囲の冒険者たちが一瞬だけ視線を向け、すぐに興味を失った。
「補助職か」
「珍しいな」
誰かがそう呟いたが、声に期待はない。
「戦えない補助は、基本的に固定パーティ向けです」
受付嬢は事務的に説明する。
「単発依頼だと、敬遠されがちですが……」
「大丈夫です」
俺は頷いた。
「指示と調整ができます」
「前に出る必要はありません」
その言葉に、受付嬢はわずかに首を傾げた。
「……分かりました」
「では、こちらの依頼を」
差し出されたのは、簡単な依頼票だった。
――《薬草採取/危険度:低》
――《新人向け》
(まあ、最初はこんなものか)
内容を確認し、受注する。
集合場所はギルド前。
時間になると、二人組の冒険者が現れた。
「俺が前衛のガルド」
「後衛のミーナよ」
二人とも、まだ若い。
装備も使い込まれているが、上質とは言えない。
彼らは俺を見ると、少しだけ戸惑った表情を浮かべた。
「……補助?」
「薬草採取に?」
正直な反応だ。
「戦えません」
俺は先に言った。
「その代わり、危険を避ける指示は出せます」
ガルドは一瞬考えてから、肩をすくめる。
「まぁ、人数増える分にはいいか」
「足引っ張らなきゃな」
その言葉に、俺は苦笑する。
「それだけは、気をつけます」
森へ向かう道すがら、俺は自然と二人の歩幅や癖を観察していた。
ガルドは前に出たがる。
ミーナは魔力管理が甘い。
索敵は雑だが、反応は悪くない。
(……修正すれば、十分回る)
「この先、左の茂みは避けた方がいい」
「地面が柔らかい。魔物が潜んでる可能性が高い」
俺がそう言うと、ガルドは少し驚いた顔をした。
「……分かるのか?」
「可能性の話です」
「右から回りましょう」
結果として、遭遇戦は一度も起きなかった。
薬草も効率よく集まり、予定より早く作業が終わる。
「……あれ?」
ミーナが首を傾げる。
「いつもなら、もっと危ない目に遭うんだけど」
「運が良かったんだろ」
ガルドはそう言ったが、その表情にはわずかな疑問が残っていた。
帰路、俺はほとんど指示を出していない。
出す必要がなかったからだ。
ギルドに戻り、依頼完了。
報酬は少ない。
だが、二人の様子は行きよりも明らかに軽い。
「……なぁ、アレン」
ガルドが言う。
「次も一緒に来ないか?」
「え?」
「正直、楽だった」
「何も起きなかったし」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「……構いません」
そう答えながら、思った。
(学園と同じだ)
勝てている。
無傷だ。
でも、理由はまだ理解されていない。
それでいい。
今はまだ、
最低ランクの補助で。
俺は、自分の冒険者証を見つめる。
この小さな依頼の積み重ねが、
どこへ繋がっていくのか。
その時は、まだ誰も知らなかった。
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