第29話 選ばなかった命
決断は、言葉にした瞬間から現実になる。
「第三案を実行します」
俺の声は、驚くほど静かだった。
それが、余計に場の空気を重くする。
「主避難路を維持」
「遅延している集団は、南の林道へ誘導」
「追いつけない場合――」
そこで、言葉を切る。
続きは、誰もが分かっている。
合流はできない。
若手将軍が、震える声で言う。
「……どれくらい、残る」
「百五十から、二百」
即答だった。
「高齢者が多い」
沈黙。
数字にした途端、
“判断”が“命”に変わる。
「……救えないのか」
誰かが、掠れた声で言った。
「今、全体を止めれば」
俺は、地図を指す。
「千を超える人が、危険に晒されます」
理屈は、正しい。
だが、
それで救われる感情は、ひとつもない。
現場は、混乱していた。
「こっちじゃないのか!?」
「なんで分かれる!」
説明の時間は、ない。
「お願いします!」
「こっちへ!」
冒険者たちが、声を張り上げる。
南の林道へ誘導される集団の中に、
子供を抱えた母親がいた。
「……本当に、こっちで大丈夫ですか?」
その目が、俺を見る。
答えは、ない。
だが、
嘘は、つけなかった。
「……できるだけ、急いでください」
それだけ言った。
彼女は、一瞬だけ唇を噛みしめ、
それでも、頷いた。
俺は、その背中から目を逸らす。
(……覚えておく)
選ばなかった命を、
忘れないために。
夜。
主避難路は、なんとか維持されている。
魔物は、迎撃部隊に引き寄せられ、
分岐点から外れた。
だが――
南の林道からの報告は、遅れていた。
「……連絡が、取れません」
フィオナの声が、震える。
「地形が悪い」
「魔力通信が、届かない」
最悪の想定が、頭をよぎる。
(……間に合え)
祈るような気持ちで、地図を見つめる。
自分の判断が、
誰かの最期になっていないか。
それを、
確認する術はない。
夜明け前。
ようやく、報告が届いた。
「……生存者、確認」
伝令が、息を切らして言う。
「数は……七十余」
「残りは……」
それ以上、言葉は続かなかった。
数字は、
俺の胸に、重く沈む。
俺は、何も言えなかった。
慰めも、言い訳も、
許されない。
「……それでも」
フィオナが、小さく言う。
「それでも、主流は――」
「分かっています」
遮るように答えた。
「千人以上が、生きている」
それが、
唯一の事実だった。
日が昇る。
避難は、続く。
誰かが、俺を英雄と呼ぶかもしれない。
だが、
俺は知っている。
選ばなかった命が、確かにあったことを。
それを忘れた瞬間、
俺は、ここに立つ資格を失う。
だから、
胸に刻む。
勝たなくていい。
称えられなくていい。
それでも――
選び続ける責任だけは、放さない。
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