第21話 静かな異変
異変は、音もなく始まった。
冒険者ギルドの掲示板に貼られた依頼票を見て、
最初に違和感を覚えたのは俺だった。
「……移動方向が、おかしい」
魔物の討伐依頼。
それ自体は珍しくない。
だが、依頼の発生地点を地図上でなぞると、
点と点が、奇妙な線を描いていた。
北から南へ。
しかも、街道を避けるように。
(逃げてる……?)
いや、違う。
逃げているのではない。
(集まってる)
その判断に至った瞬間、
胸の奥に、嫌な感覚が広がった。
「アレンさん?」
カウンターの向こうで、フィオナが首を傾げる。
「何か、問題ありますか?」
「……最近の討伐依頼」
「全部、同じ種類の魔物ですよね」
「ええ」
彼女は頷く。
「数は少ないですが、各地で確認されています」
「移動速度は?」
「……通常より、やや早めです」
やっぱりだ。
俺は、地図を指で叩いた。
「このままだと」
「三日後には、辺境都市レムナスに重なります」
フィオナの表情が、はっきりと変わる。
「レムナスって……」
「人口一万を超える街ですよ?」
「防壁は?」
「古いです」
「大規模な襲撃を想定していません」
俺は、言葉を選びながら続ける。
「今は、被害が出ていない」
「だから、様子見になっている」
「……はい」
「でも」
視線を上げる。
「この動き、戦争前の流れに似てます」
フィオナは、息を呑んだ。
「魔物が、戦争……?」
「魔物が“考えている”とは限りません」
「ただ、人が集まる場所を、避けているだけかもしれない」
それでも。
「結果として」
俺は静かに言った。
「街の外で、数が揃う」
ギルド内の喧騒が、どこか遠くに感じられる。
「……報告、上げます」
フィオナは、すぐに動いた。
数刻後。
ギルド奥の簡易会議室。
集まったのは、現場責任者と数名の幹部。
顔ぶれは重い。
「魔物の移動異常、ですか」
「まだ、確定情報ではない」
誰かが言う。
「被害は出ていない」
「被害が出てからでは、遅いです」
俺は、そう返した。
「今なら、まだ選択肢があります」
「例えば?」
問いかけに、少しだけ間を置く。
「……避難です」
室内が、凍りついた。
「一万規模の都市を?」
「被害も出ていない段階で?」
「はい」
俺は、頷く。
「防衛線は、間に合いません」
「迎撃を選べば、被害は必ず出ます」
誰も、すぐには言い返せなかった。
それでも――
この場で、決断が下ることはない。
「上に、報告する」
その一言で、会議は終わった。
帰り際、フィオナが小さく声をかけてくる。
「……嫌な予感、ですか?」
「ええ」
正直な答えだった。
「外れると、いいんですけど」
窓の外を見る。
空は、妙に澄んでいる。
こういう時ほど、
何も起きないふりをして、
一番大きなことが近づいている。
その感覚だけは、
どうしても拭えなかった。
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