第12話 条件に名前が付く
その依頼票を見た瞬間、フィオナの動きが止まった。
「……え?」
いつもは流れるように処理される書類が、指先で止まる。
それだけで、何かが違うと分かった。
「どうかしましたか?」
俺が声をかけると、フィオナは一度だけ深呼吸をして、顔を上げた。
「……依頼主から、条件が付いています」
「条件?」
「はい」
依頼票の下部を、指で示される。
そこに書かれていたのは、短い一文だった。
《補助役:アレン・クロウを含む編成を希望》
一瞬、意味が理解できなかった。
「……俺の、名前ですか?」
「そうです」
フィオナは、はっきりと頷いた。
「今回は、名前が明記されています」
胸の奥が、わずかにざわつく。
これまでは
“例の補助”
“あの人がいるなら”
そんな曖昧な言い方だった。
だが、今回は違う。
「どうして……?」
「理由までは、書かれていません」
フィオナは苦笑する。
「ただ、過去の依頼履歴を確認した上での指名だそうです」
「“この名前がある編成でなければ受けない”と」
周囲の冒険者たちが、ちらちらとこちらを見る。
「……名前、出たらしいぞ」
「補助で?」
小声だが、確実に聞こえる。
「俺、ランク低いですよ?」
「ええ」
フィオナは、否定しない。
「本来なら、受理できない条件です」
「ですが――」
彼女は、机の上の資料を軽く叩いた。
「この数週間、あなたが関わった依頼の成功率が、明らかに異常です」
「被害率、消耗率、所要時間……すべてが」
事実を並べられると、反論しづらい。
「……それでも、たまたまじゃ」
「三回までなら、そう言えます」
「七回続くと、偶然とは呼びません」
その言葉に、周囲のざわめきが少し大きくなる。
依頼内容は、中規模の討伐。
新人向けではないが、危険すぎるわけでもない。
「受けますか?」
フィオナは、慎重に尋ねた。
俺は、少し考えてから答える。
「……できる範囲でなら」
それで十分だった。
合流したパーティは、これまでより経験豊富だった。
「君が、アレン・クロウか」
隊長格の男が、まっすぐにこちらを見る。
「補助だと聞いている」
「戦えるのか?」
「いいえ」
いつも通りの答え。
「戦えません」
「ですが、危険は減らせます」
一瞬の沈黙。
だが、男は頷いた。
「それでいい」
「今回は、それを求めている」
移動中、俺はこれまでと同じように状況を観察する。
特別なことはしない。
いつも通りだ。
「隊列を少し詰めましょう」
「ここは、分断されやすい」
「了解」
反応は早い。
最初から、指示を聞く前提で動いている。
討伐は、問題なく終わった。
負傷者なし。
予定より早い帰還。
「……確かに、違うな」
隊長が、ぽつりと呟く。
「安心して前に出られた」
「無理をしなくていい」
それ以上の言葉はなかった。
称賛も、評価もない。
だが――
最初から“必要な役割”として扱われていた。
ギルドへ戻ると、フィオナがすぐに声をかけてくる。
「お疲れさまでした」
「問題なく終わったようですね」
「はい」
「……やっぱり」
彼女は、依頼報告書に視線を落とす。
「今回の依頼主、次も同条件で来るそうです」
「同条件?」
「はい」
顔を上げて、はっきりと言う。
「**“アレン・クロウを含む編成”**で」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
(……名前が、独り歩きしてる)
だが、俺自身は変わっていない。
やっていることも、学園の頃と同じだ。
「……たまたまですよ」
そう言うと、フィオナは静かに首を振った。
「いいえ」
「もう、条件になっています」
その言葉を、俺は否定しなかった。
否定できなかった。
この日を境に、
依頼票に“補助”ではなく、
俺の名前が書かれることが増えていく。
そして次に起きる出来事が――
それが偶然ではないことを、
誰の目にも明らかにすることになる。
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