―水平線の記憶 ― 夜明けに目覚めて ―
Interlude「― 私は虚像じゃない ―」に続く短い物語です。
環が子どものころの記憶と、
“今ここにある静かなぬくもり”を重ねる章になります。
昔見た夢は、もう環を傷つけません。
柊と出会ったあとに訪れた“心の夜明け”のお話しです。
夕暮れの海に置き去りにした痛みは、
いつの間にか波に溶けて、過去の記憶へと変わっていた。
目を覚ましたときにそばにあるぬくもりが、
“もう一人じゃない”と教えてくれる。
夜明けの静かな風とともに、
環はようやく気づく。
――あの出会いは偶然じゃなかった。
私の中にいたヒーローたちが、
光のかけらを運んできてくれたんだ、と。
◇◇◇
――波の音が聞こえる。
目の前に広がるのは、夕暮れの海。
子どものころ、イヤなことがあるといつもここへ来ていた。
砂浜に座って、ただ波を見つめていた。
寄せては返す波を見ていると、自分の悩みなんて泡みたいに小さく思えた。
“私なんでここにいるんだろう”って、何度も思っていた。
そのたび胸がぎゅっとした。
あの水平線の向こうから誰か迎えに来てくれたらいいのに――
そう願いながら、日が暮れるまで海を見ていた。
……ふっと、目が覚めた。
まだ夜が明けきらない明け方。
カーテンのすき間から、淡い光がこぼれている。
環はゆっくりと起き上がり、ベランダのドアを開けた。
冷たい風が頬をなでていく。
その音に気づいたのか、寝室のドアがそっと開く。
「環、どうした? 眠れなかったのか?」
柊の声がした。
「あ、柊……そうじゃないの。
子どものころの夢を見たの。海を見ていた時の……」
「そうか……大丈夫か?」
「うん。
あの頃、イヤなことがあると海へ行ってたの。
私はなんでここにいるんだろうって思って、
胸がぎゅっとして……
あの水平線の向こうから迎えがきて、
このままいなくなっても誰も探さないんだろうな……って、そんなこと考えてた時の夢。」
柊は少し黙ってから、
そっと環の隣に立った。
「環……今は俺が隣にいる。
だから安心していい。
イヤなことがあったら話せばいい。
俺は、環の話を全部聞くから。」
環は小さくうなずいて、空を見上げた。
東の空が、少しずつ明るくなっていく。
夜が終わり、朝が始まる。
「ありがとう、柊。」
その言葉に、柊は静かに微笑んだ。
――あの町で見た海。
あのときの夢。
そして、いま。
すべてがゆっくりとつながっていく。
朝の光の中で、環は静かに微笑んだ。
ずっと後になって気づいた。
あの出会いは偶然じゃなかったんだ。
あの時すでに、私の中にいたヒーローたちが
光のかけらを運んできてくれていたんだって。
もう、一人じゃない。
ヒーローは、私の中にいる。
だから、これからも前を向いて歩いていける。
――あなたの中にも、きっとヒーローがいる。
この「水平線の記憶」は、
私自身の子どものころの記憶をもとに書いた物語です。
嫌なことがあると、静かな海へ行って、
寄せて返す波をぼんやり眺めていました。
あの水平線の向こうに行けたら、
何かが変わるんじゃないか。
誰かが、私を迎えに来てくれないかな――
そんなことを思いながら、ずっと一人で海を見ていました。
大人になってからも、海を見ると
同じような気持ちになることがあります。
逃げたい、消えたい、誰かに助けてほしい……。
その気持ちは、子どものころの私と変わらないままでした。
でも、マライア・キャリーの「Hero」の話をして、
“私の中にヒーローがいるんだ”と気づいたとき、
少しだけ心が軽くなりました。
誰かに助けてもらわなきゃ生きられないと思っていたけれど、
本当はずっと、自分で立って、
自分で戦ってきたんだってわかったから。
そんなふうに思えたことは、
今まで一度もありませんでした。
だからこの物語は、
海に置き去りにしてきた痛みが、
少しずつ光に変わっていく瞬間を書いたものです。
もし、このあとがきを読んだ誰かが、
「私にもヒーローがいるのかもしれない」
そう思ってくれたら、とても嬉しいです。
読んでくださってありがとうございました。
あなたの心にも、やさしい夜明けが訪れますように。




