伝説の錬金術師の秘蔵っ子
1
師匠は神だった。
もちろん比喩表現なんだけど、決して言い過ぎってわけでもなかった。
魔物を討伐するための道具を錬金し、病気の人を救うために薬を錬金し、生活を豊かにするための道具を錬金し、そして、それらの仕事で得た報酬で飢えている人に食事を与えていた。
僕もそんな師匠に救われた一人の人間だった。
そして、それ以降、彼女の下で弟子として働くことになったのだけど……。
『しばらく店は閉めます。店にあるものは自由に使っていいです。足りないものは自分でどうにかするように』
「は?」
朝起きて、師匠からの置手紙を見た僕は思わずそうつぶやいていた。
間違いなく師匠の筆跡だった。だけど、店を閉めるなんて話は一度も聞いてないし、そんな素振りさえ無かった。
とにかく、師匠を探さないと。
もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないし、どこに向かったか見た人もいるかもしれない。
そうして、慌てて出かけようとしたところだった。
ガンガンガン、と強く玄関が叩かれる。
師匠? 帰ってきたのか?
いや、そうだよな。弟子に何も言うことなく出て行くもんか。……いや、そうしかねない人ではあるけれども。
ほっとしながら、僕は玄関を開けた。
「師匠。すごい焦りました……よ」
しかし、そこに居たのは師匠ではなかった。
「ここに凄腕の錬金術師が居るって聞いて来たんですが、あなたですかっ?」
切羽詰まった口調で言うのは、すごく可愛らしい女の子だった。それは子猫のような可愛らしさで、思わずふわふわと揺れる金色の髪を撫でようと手を伸ばしてみたくなる。
だけど、僕は彼女の表情を見てはっと現実に引き戻された。
ぎゅっと口を引き結び、瞳には涙が浮かんでいた。
涙の原因はすぐに見つかった。
彼女はその小さな肩を、もう一人の女性に貸していた。
長い銀髪が顔にかかったその人は、目を伏せて、辛そうに肩で息をしていた。
きっと師匠に助けを求めに来たのだろう。だが、その人物は、あろうことかこんな時に限って、店を閉めてどこかに行ってしまった。
「僕は、その弟子です」
「あなたのお師匠様はどこにっ?」
希望を見出したように目を輝かせた彼女に、僕は首を振ることしかできなかった。
「すみません。今日は……。いえ、しばらくは用事があって、戻られないんです」
「そ、そんな……。あ、作り置きの薬などは」
「すみません。それも、ないんです。師匠は、基本的に仕事が入ってからしか錬金されなくて」
彼女の表情が絶望に染まり、ひざをついた。そして、涙がぼろぼろと溢れだしてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。アリア。私が、私が弱いせいで……」
「何があったんですか?」と僕は聞いた。
「ブラックヴァイパーの毒にやられたんです。私をかばって、腕を牙で引き裂かれて……」
「ブラックヴァイパー!? 傷を見せてもらってもいいですかっ?」
腕を見ると、紫色の太い傷跡があった。血は止まっていたから気付かなかった。
ブラックヴァイパーの毒は、魔力のない人ならほぼ即死だが、逆に、魔力が多い人は数時間は耐えられるという。
毒を受けて、ここまで来られたというなら、アリアさんはかなりの実力者なのだろう。だが、とても危険な状態には違いない。
「時間がないな。とにかく、入ってもらっていいですか?」
「え?」
それがどういう意味なのか、と困惑する少女。
自分も慌てすぎて、説明不足になってしまったと気づく。
「師匠を尋ねて来たのに、申し訳ありません。もし、あなたさえよければ、僕に薬を錬金させてくれませんか」
「出来るの、ですか?」
「絶対とは言えません。でも、全力は尽くします」
その言葉に、彼女は少し迷った。しかし、すぐに僕は彼女のまっすぐな視線に射られた。
「どうか、よろしくお願いします」
「では中にどうぞ」
二人を家にいれ、錬金素材の保管されている倉庫まで案内する。
そこには大量の棚が置かれ、どの棚にもびっしりと錬金素材が保管されている。
「す、すごい……。こんなに素材が……」
大量の素材を見た少女の声色には少しだけ期待の色が増していた。
「こっちです。確か、このあたりに……。あった」
僕は棚から黄金色の液体の入った瓶を取った。
「……だ、ダメです」
「アリアっ!?」
うめくような声が聞こえた。それは少女が背負う女性の声だった。アリアと呼ばれた彼女は苦しそうに片目だけを開けて、瓶を見つめていた。
「それは、もしや、Sランク素材の『月花の雫』、では?」
「はい。強力な魔力毒の解毒には、必要な素材ですが、何か気になることがありますか?」
何か見落としがあったのか?
「いえ、そうでは、ありま、せん。ただ、そのような高級な素材を、私なんかのために使ってはなりません」
ああ、なんだ。そんなことか。と僕はほっと胸をなでおろした。
「アリアさん。素材は、取っておいてもただの素材です。僕は、こんなものを取っておくくらいなら、あなたを救いたい」
「お嬢、様……。お願い、します。どうか、再考してください」
アリアさんは僕を説得するのはあきらめて、『お嬢様』にそうお願いした。
「いいえ。しません。私には、あなたが必要です」
お嬢様が考えを変えたところで、僕としてはもう治すつもりしかなかったけど、思いは一緒のようで良かった。
そして、僕がもう一つの素材を探していた時のことだ。
「……っ。は……。はぁ……」
アリアさんが激しく震え出した。それはもうアリアの命が尽きかけているという合図だった。
「アリア! 大丈夫ですかっ?」
「ふ、ふふ。良かった。どうやら、間に合わないよう、です。貴重な素材を無駄にさせずに、すみました、ね」
「どうしましょうっ!」
お嬢様が、まるで乞うような視線を僕に投げかける。その時、僕はもう一つの素材『白雲茸』を見つけていた。
「大丈夫です。助けますよ」
「やめ、なさい。もう、間に合いません」
僕は、常に携帯している小さな筒に、二つの素材を少しずつ入れて、ふたを閉める。そして、魔力を込めて、錬金をしていく。
「間に合わせます。『即席錬金』」
筒が、光に包まれる。
「何をやっているのですか? それは、錬金術、なのですか?」
とお嬢様が言う。
「はい。錬金術です」
「錬金術は、錬金釜を使うのではないのですか?」
「一般的には。でも、今は時間がありません。この筒は、小さな錬金釜だと思ってください」
「その筒が、錬金釜?」
「はい。錬金釜の役割は、素材を魔力によってエレメンツに分解し、そのエレメンツを保持や合成をすることです。つまり、それが出来れば、釜の形にこだわる必要はありません」
と講釈を垂れるが、全て師匠の受け売りなのは黙っておこう。
「そして、釜を小さくする利点は……」
筒の光が静かに収束していく。僕は確かな手ごたえを得た。
「完成までが、早くなることです」
「も、もうできたのですかっ?」
お嬢様の瞳が光る。アリアさんも、苦しそうな表情だったが、驚きの目で僕を見ていた。
「あ、ありえない……」
「と言っても、これで作った薬は、とりあえず現状の毒を抑えるくらいの効力しかありません。デメリットとして、効果が薄くなるんです。ですが、これで、普通に錬金術をする時間は作れました。さあ、飲んでください」
僕は筒をアリアさんの唇にあてがう。しかし、彼女はまだ抵抗した。
「ですが……」
「飲んでもらえないと、それこそ、素材が無駄になってしまいますね」
笑顔でそう言うと、ようやく屈したのか、彼女は唇を開いた。そこに、ゆっくりと流し込んでいく。次第に、アリアさんの呼吸は静かになっていき、体の震えも止まっていた。
「すみません。この恩は必ず――」
言い終える前に、アリアさんは眠りについてしまった。それを見て、安心したのか、お嬢様の方もふらついて倒れかけた。
僕は慌てて二人の身体を支えた。
「ごめんなさい。力が抜けてしまって」
「空き部屋が一つあります」もちろん師匠のだ。帰ってこないなら空き部屋だろう。「そこで休んでください。僕は、しっかり解毒するための薬を錬金してきますので」
お嬢様に代わってアリアさんを背負い師匠の部屋に向かう。
その部屋に入った時、僕は驚いた。いつも散らかっていた師匠の部屋から、大きな家具を残して、ほとんど全ての物が無くなっていたからだ。まるで、元から本当に空き部屋だったみたいに。
しかし、今はそんなことにいちいち動揺している場合じゃない。
アリアさんをベッドに寝かせ、椅子を引っ張ってきて、お嬢様に差し出す。
「お嬢様もどうぞ」
お嬢様はにこりと笑った。心を優しく包むような、暖かな笑顔だった。僕は少なからず、その笑顔にどきりと胸の鼓動を鳴らせた。
「失礼しました。自己紹介もしていませんでしたね。私はリリーと言います。アリアを救っていただき、本当にありがとうございました」
「僕はカイです。錬金術師シフの不肖の弟子です。さっきも言いましたが、まだ完全に解毒は出来ていません。お礼の言葉は、そのあとにいただきます」
「ごめんなさい。浮かれてしまって」
「いえ。気持ちは分かりますよ。それでは、僕は錬金に戻ります。何もないですけど、この部屋は自由に使ってください」
リリーさんはお礼を述べて、アリアさんに寄り添うようにベッドを座り、彼女の銀髪を撫でていた。
僕は部屋を出て、錬金釜のある部屋に入った。そこでは、さっきの『即席錬金』ではない、しっかりとした錬金が行える。
僕は錬金を進めながら、居なくなった師匠について考えていた。
一体、どこに行ってしまったのだろうか? それに、大量の荷物を持って。そして、なぜ自分は連れて行ってもらえなかったのだろう?
足りないものは自分で何とかするように。とメモにはあった。
僕は一体、何を求められているのだろうか?
師匠は無駄を嫌う人だった。それを思えば、今のこの状況にも、意味があるのだとは思うけど……。
だけど、考えても考えても、その答えにはたどり着けない。ゴールの無い迷路ではない。ただ、ゴールにたどり着くための一歩目を踏み出せないのだ。
僕が無事に錬金を終えたのは、三時間後だった。
白金色の液体が入った瓶を持って、二人の待つ部屋に戻る。部屋では、リリーが心配そうに、アリアさんを見つめていた。ずっとそうしていたのだろうか?
それはそれで、彼女の体調の方も不安だ。
「お待たせしました。アリアさんの様子はどうですか?」
「カイさん。あれから変化はありません。あの、薬は……」
不安そうに聞く彼女に、僕は瓶を渡す。
「出来ましたよ。飲ませてあげてください」
そっと受け取ったリリーさんは、優しくアリアさんの身体をゆすった。
「アリア、起きてください」
「……お嬢様」
「薬が出来ました。飲んでください」
言われるがままに、口に流し込まれた薬を飲んでいく。飲み干した後、アリアさんの目がとろんとゆるんだ。
「高価な薬を作ってもらったのに、申し訳ありません。少し、眠ります」
彼女は僕に向かってそう言った。ゆっくり休んでほしいから、値段のことなんて気にしなくていいと言ったって無理だろう。僕だって気にするだろうから。
「はい。ゆっくり休んでください」
そう答えると、彼女はすぐに寝息を立てた。それを見て、リリーさんも深いため息をついた。それから、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
「リリーさんも、少し休んだ方がいいですよ。僕のベッドか、それかソファもありますけど、どうしますか?」
「ありがとうございます。でも、少し、ここに居させてください」
なんとなくだが、そう言うような気がしていた。
彼女のために、毛布を一枚渡した。食事がいるかも聞いてみたけど、あまり食欲は無いらしい。というところで、僕に出来ることは終わった。
時刻は正午を過ぎていた。師匠の足取りはもう掴めないだろう。いや、僕に黙って出て行ったのだ。そもそも、足取りを掴ませるつもりもあるまい。リリーたちが来るかどうかに関わらず、追いつくことなんて出来なかっただろう。
騒がしい師匠もいなくなり、リリーとアリアは静かに眠っている。ひと騒動を終えたことで、静寂の音がより強く耳に響いた。
僕はとりあえず倉庫の確認に行くことにした。師匠が持って行ったものもあるだろう、と思ったが、倉庫の中は昨日と何も変わっていなかった。
昼食を食べ、錬金術に関する本を読んで、二人が起きてくるのを待った。
二人が起きてきたのは、夕日が沈む頃だった。
2
「本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げたのは、アリアさんだった。
「無事でよかったです。何か違和感などはありますか?」
「むしろ、毒を受ける前より、調子が良いくらいです」
「ふふ。カイさんがいてくれて助かりましたね」とリリーさんが朗らかに笑う。
しかし、アリアさんのほうはというと、少しだけ複雑そうな表情を見せた。
「お嬢様、浮かれている場合でもありませんよ」
「どうしてですか? 何か問題が?」
「ええ。大ありです。薬を作るために使われた材料『月花の雫』と『白雲茸』はどちらもSランクの素材です。加えて、それらを適切に扱える技量に加え、『即席錬金』という特殊な錬金術も扱える。低く見積もっても彼はAランク以上の錬金術師でしょう」
な、なんかすごい褒められてるな。むずがゆくなってくる。
「えっと、それがどうかしたのでしょうか? 優秀な方がいてくださって助かった、ということではないですか?」
「もちろんそうです。ですが、問題はそこではありません」
「では、なにが……?」
「ずばり、お金です。さっき説明したことから考えると、少なくとも、百万ゴルにはなるかと。いえ、彼がSランクの錬金術師なら、その倍も」
「ひゃ、ひゃく……。そ、それは……」
「はい。今の私たちに払える金額ではございません。ですので」
とアリアさんは僕に向かって深々と頭を下げた。それこそ、額と机がくっつくんじゃないかと思うほど。
「支払いを待っていただけませんでしょうか? この身に誓って必ず返済しますので、どうかこの通り」
そんなアリアさんに、僕は即答した。
「いえ、お金は要りませんよ」
「え?」と二人は声をそろえていった。
「いやいや。カイ様。それはいけません。報酬は正当に支払われるべきです。第一、それでは、私の気が収まりません」とアリアさんが言った。
まあ、その通りだと僕も思う。報酬は正当に支払われるべきだ。そして、そう思っているからこそ、僕も報酬を断ったのだ。
「僕、報酬を頂けないんですよ」
「それは、どういうことですか?」とリリーさんが不思議がる。
「さっきアリアさんが言ってましたよね。僕がSランクの錬金術師なら、報酬は倍になるって」
「え、ええ。言いましたが」
「それはつまりランクが下がれば、報酬の相場も下がるわけです」
「それでも、あれだけの高価な素材を使って、お金が要らないというのは」
「僕、実はランクがないんですよ」
「ランクが……ない?」
「はい。ずっと師匠の弟子として錬金術師をしてきたので、錬金術師ギルドに所属していないんです。ランクのない錬金術師は錬金術の練習や個人的利用は認められていますが、報酬をもらってはいけません。違反すれば、厳しく罰せられることになります。なので、お二人から報酬はもらえません」
そう。正当に報酬を貰うとするなら、僕の報酬はゼロということになるのだ。
「あ、あなたほどの錬金術師が、ノーランクですか?」とリリーさん。
「あはは。師匠のお手伝いが忙しくて、ギルドのランク審査を受けれてなかったんですよ」
「はあ……。そういえば、そのお師匠様はどちらに行かれたのですか?」
「あー……。それは……」
と僕はことの経緯を説明した。すると、またアリアさんが勢い良く頭を下げた。
「それは、本っ当に申し訳ない! まさか、私のせいでお師匠を探せなくなったなんて。なんとお詫びすればいいか」
「気にしないでください。何も言わずに出て行ったってことは、多分、探させるつもりもなかったでしょうから。それに、僕だけでも残っていたことで、アリアさんを救うこともできましたし」
「そう言っていただけると心温まります」
「ここを教えてくれた、あの方にも感謝しないといけませんね。またお礼を言いに行きましょう」
「どんな方でしたか? ここら辺に住んでいる方なら大体知っているので、場所をお教えしますよ」
「えっと、少し不思議な雰囲気の方でした。えーと、長い黒髪の女性で、眼鏡で、ああ、そういえば、額に一文字の大きな古傷がありました」
「え?」と僕のほほがひきつる。
同時に、よく、本当に、よく知った顔が脳裏に浮かんできた。
「どうかされましたか?」
僕は震える声で言った。
「それ……。僕の師匠です」
「ええええええええええええ!」
二人の絶叫が響く。
「まさか、そんな偶然があったなんて」とリリーさんが唖然としている。
「偶然、ですかね……。なんだか、師匠が絡んでくると、必然のように感じてきました」
「だが、なら君は、そのお師匠に、すごく信頼されているのだな」とアリアさん。
「そうでしょうか? こうやって置いていかれてる程度の弟子ですし、何とも思われていないと思いますけど」
「いえ。そんなことはないと思いますよ」
とリリーさんが僕の手を取って言った。その掌の温かさに僕の心臓はどきりとはねた。
「だって、そのお師匠様が、『凄腕の錬金術師がここにいる』と教えてくれたんですから。きっとあなたを信頼して、出かけられたのですよ」
少しだけ、胸の中に風が吹いたような気がした。もやもやした気持ちが晴れていく。
「そうだとしたら、いいな」
「きっとそうですよ」
吸い込まれそうなほどきれいな青い瞳に僕は見惚れていた。この瞳が、涙にくれるようなことがなくて本当に良かった。
「ごほん」とアリアさんがわざとらしく咳払いをした。
僕たちは、慌てて手を放した。
「ところで、カイ様はこれからどうするおつもりですか?」
「どうって?」
「いえ。普通に考えて、ノーランクのままだと、生活できないのでは? それとも、ほかに何か収入源があるのでしょうか?」
「あ……」
と僕は一番大事なことを思い出した。今までは師匠が仕事を受けていたから報酬も受け取れた。でも、僕の今の状態だと、報酬は受け取れない。そして、アリアさんが言うような別の収入源なんてものは当然僕にはない。
このままではどう考えたってまずい。
「とりあえず、錬金術師ギルドに行ってみたいと思います」
「はい。それが賢明かと思います。それで、独り立ちなさるのですか?」
「うーん。はっきりとは決めてないですけど。ただ、なにか仕事はしないと、ですよね」
「なるほど。では、お願いがあるのですが、しばらくカイ様と同行させていただけないでしょうか?」
「え? 僕と、ですか?」
僕が不思議がると、リリーさんも首を傾げた。
「アリア。私にも説明をお願いします」
「もちろんです。今回、私はカイ様に命を救われました。しかし、ノーランクのためカイ様は報酬を受け取ることが出来ません。私たちにも実は支払い能力がありません。なので報酬の代わりに、恩を返させていただけないでしょうか? これからギルドに所属するとなると、色々と人手も必要になるでしょう。なんでもしますので、ぜひ、この身を使っていただきたいです」
「それはいい案ですね。報酬を払えないからと言って、このまま帰るようでは、一生の恥です。カイ様。ぜひ、私たちをこき使いください」
なぜかノリノリなリリーさん。
僕は慌てて、首を振った。
「いやいや、できないですよ。こき使うなんて」
「では錬金術師は、普通素材の収集を冒険者に頼みますが、そのあたりはどうするつもりですか? 倉庫に色々な素材があるのはちらりと見ましたが、それでも無限ではないですよ」
うっ。まあ、その通りだ。
必要になる素材によってはすぐに在庫が尽きるものだってあるだろう。その時は、彼女の言うように誰かに頼まなければいけない。
「だとしても、その時はちゃんと報酬を払います」
「それを、私たちは前払いで受け取りました。どうかお願いしますカイ様。私たちに、仕事を回してください」
「う、うーん……。強情だね……」
「すみません。こちらも折れるわけにはいかないんです」
「本当に、お金のことなら気にしなくていいんですよ?」
「いえ……。それだけではないんです」
「どういうこと?」
「それは……」とアリアさんはリリーさんに目配せをした。
すると、リリーさんの表情が少しだけ曇った。思い出したくないことを思い出した時のような、そんな表情だった。
「あの事ですか」
「はい。カイ様を素晴らしい錬金術師だと見込んで頼みたいことがあるのです」
「なんですか?」
「それは、今は言えません」
「どうして?」
「借りがある状態で、頼めるようなことは一つもないからです」
確かに……。と僕はため息をついた。
「だから、どうでしょう? 私たちのためと思って、力を貸させてください」
「わかりました。では、しばらくの間、力を貸していただいてもいいですか?」
そう言った瞬間、二人の顔がぱっと華やいだ。
「もちろんです」とアリアさん。
「しばらくと言わず、ずっとでもいいですよ、カイ様!」とめちゃくちゃ言ったのはリリーさんだ。
「ずっとはさすがに……。あ、あと、一緒に仕事をしてもらえるなら硬いのはやめませんか? 僕のことはカイでいいですよ」
「では、私のこともリリーと」
「私もアリアとお呼びください」
「はい。ではこれからよろしくお願いします」
こうして、僕の新しい生活が始まることになった。
やらないといけないことがたくさんある。ギルドへの登録。素材の確保。生活費も必要だから、依頼も受けないといけない。リリーとアリアが僕に頼みたいこと、というのも気になる。それに、余裕があれば、いつか師匠のことも探したい。
そして、師匠が二人に、『凄腕の錬金術師』と紹介してくれたように、本当にすごい錬金術師になって、一人前と認めてもらうのだ。
「あ、そうだ」とリリーさんがつぶやいた。
「どうしましたか?」
「お金が少々心もとないので、宿を払って、こちらに住まわせていただきますね」
にこりとほほ笑むリリーに、僕の思考はフリーズした。
い、一緒に住む? こんな美少女と?
「え、えええええええええ!?」
師匠。どうやら僕は、すごい錬金術師になる前に、人の道を踏み外さないように気を付けないといけないみたいです。