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君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~  作者: A08_Studio
【序章】母と子

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【第009話】小さな一歩


「いや~、よく似合ってるじゃない」


「ふっ、馬子にも衣装とはよくいったものだ」


久川さんと雪峰さんは、込み上げる笑いを必死にこらえている。


自分は今、店員の制服を着せられ、二人の視線に晒されていた。


「かおりにも見せてあげよ~っと」


空かさずスマホを取り出し、パシャリ。


(......どうしてこんなことに)



遡ること2日前


「バイト......ですか?」


「そっ」


いつものカウンター席でココアをすする。


「先月、この近くに大きなビルが建ったの知ってる?」


「ええ、遠くからでも見えてました」


「それでね、ありがたいことにお客さんが増えたのよ。この辺りって意外とお店が少ないでしょ?」


「そうですね」


「そんなこんなで、最近は二人じゃ回しきれなくて......困ってるのよ」


珍しく、久川さんが切実な顔をしていた。

どうやら演技ではないらしい。


「一先ず、冬休み中だけでいいから、お願い!」


そう言って、自分に手を合わせてくる。


「う~ん、自分はいいですけど。母さんに聞いてみないと......」


「それは大丈夫!私に任せておきなさい!」


そう言うや否や、彼女はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

しばらくの沈黙の後、どうやら相手につながったようだ。


「もしもし、かおり?」


「え~と、真也くん、借りていいかしら?」


「うんうん、そうそう、バイトバイト」


「えっ!いいの~」


「分かった!じゃあ、伝えとくね~」


「は~い、また電話する~」


あっけなく通話が終わる。

どうやら、当事者に一切、意思を確認することなく、運命は決まったようだ。


「いいってさ!」


「そんなことってあります?」


久川さんは得意げに微笑むが、自分は苦笑いを返すしかなかった。


「じゃあ、明後日からお願い。それまでに準備しておくから。」


(......準備?)



そして、現在に至るというわけだ。


(“準備”とは制服のことだったのか......)


「この店の女性陣にかかれば、すべては掌の上ってわけだな」


雪峰さんが遠い目をする。


「彼女たちの方が一枚も二枚も上手だ。あきらめろ」


肩を軽く叩かれる。


「よし!送信完了ッと!午後も張り切っていくわよ!」


「イエス・サ~」


「お願いします」


久川さんの掛け声に、それぞれが応じる。


「じゃあ、哲。真也くんにフロア対応を一通り教えてあげて」


「了解だ。まずは、やる事と流れの確認だな」


「分かりました。よろしくお願いします」


「今日は最低限だ。細かいことは明日以降にやる。分からないことは俺か藍にすぐ聞け。分からないことは恥ではない」


「はい」


「大丈夫よ。少しずつでいいから」


さりげない励ましに、胸の奥が少し軽くなる。

不安と期待が入り混じる中、Irisでの初バイトが始まった。



「ありがとうございました」


最後のお客を三人で見送る。

静かな店内に、エスプレッソの香りと夜の冷気が混じる。


「ふぅ~、今日も無事に乗り切ったわね」


背伸びをしながら久川さんがこちらを見る。


「なかなか良かったんじゃない? 丁寧に対応しようというのがちゃんと伝わってきたわ」


「ああ、初日としては上々だろう。少なくとも違和感はなかった」


「ありがとうございます」


褒められると、やっぱり照れくさい。


「どこで覚えたの? バイト、初めてなんでしょ?」


「はい。でも、二週間以上、久川さんの仕事を見てきましたから」


二人が目を合わせ、同時にこちらへ視線を向ける。


「これは......見込みがありそうね」


「そうだな」


(な、なんだその含みのある言い方......)


久川さんがカウンター内のノートPCに視線を落とす。


「それにしても、最近、軽食の注文が増えたわね」


「確かに」


「オフィスビルの影響か、スーツ姿のお客さんも多いわ」


「そうだな」


「食事メニュー、見直した方がいいかもね」


彼女は唇に指先を当てて考え込む。

女性客の割合は依然として多いが、確かに、スーツ姿の客もちらほら見かける。


「どうして見直すんですか?」


素朴な疑問を口にすると、久川さんは迷いなく答えた。


「お客さんの層が変わってきているからよ。このお店自体のテーマがあるとはいえ、それを壊さない範囲でニーズには応えていく必要があるわ」


「なるほど」


「ただ、無暗に変えればいいというものでもないわ。お店の雰囲気にどう影響するかも考えなければならない。このお店は、雰囲気を気に入って来てくれているお客さんが多いから」


「そうですね......」


(この店の雰囲気に合うメニューか......)


「......オムハヤシとか?」


「オムハヤシ??」


「ごめんなさい。ただ、パッと思い浮かんだだけで......」


「いや、アリかもしれない!」


「えっ?」


「哲、先代の頃、オムハヤシって、確かメニューにあったわよね?」


「そういえば、そんなものもあったな」


「これだったら、店の雰囲気も壊さないし、復刻っていうネタにもなる。......ねえ、どうして、オムハヤシが出てきたわけ?」


久川さんはまっすぐな視線を自分へ向けてきた。


「う~ん......母さんがたまに作ってくれるんですよね。自分は、結構、それが好きで」


「なるほど~、かおりかぁ」


彼女は髪をさらりと払った。


「今となってはレシピも分からないから、彼女に聞くのが良さそうね」


「だな」


「そうなれば善は急げ!さっそく招集することにするわ!」


「えっ!?」


雪峰さんと同時に声が出た。

胸の奥に、説明しづらいざわつきが広がる。


(母さんが来る......?)


来てほしいような、来てほしくないような、胸の中で相反する感情が渦を巻く。

それがいったい何を予感しているのか、自分でも分からなかった。

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