表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

【第002話】未知への招待状

この世界には、科学では説明できない力が存在する。


古の時代より、それは歴史の影でうごめき、時には時代を動かし、運命をねじ曲げてきた。


現代に生きる者の多くは、それに気づかない。

だが、その力は今も息づいており、人知の隙間へと侵入する。


これは、そんな“異能”に魅入られ呑まれていく者たち、そして、それを解き明かす探偵たちの物語。


今日もまた、悩みを抱えた一人の少年が、異能探偵と出会う。

その出会いが、少年の運命を大きく変えていくことになろうとは、今は誰も知らない。



20xx年、東京

高校二年の冬――第1話から遡ること2ヶ月前


冬の夕暮れ。

西の空へ沈みかけた太陽が、街を朱に染めている。

冷たい風が頬をかすめ、マフラーの隙間から体温を奪っていく。


気がつけば、もう12月。

期末テストの補習を終えた通学路には、大人たちの足音だけがせわしなく響いている。


「......はぁ」


頭に残る答案用紙の記憶が、ため息を誘う。

赤点は数学の一教科だけ。

ほかは何とか踏みとどまった。


普段なら、こんな結果を取るはずがない。

だが最近は、文字を読もうとしても視界の端で影が揺れ、内容が頭に入らなかった。

夜も眠れず、影に飲み込まれる夢ばかり見る。


それでも必死に机に向かい、他の教科は何とか踏ん張った。

補習という結果は悔しい。

けれど、完全に押し潰されたわけじゃない――それだけが唯一の救いだった。


影の問題は、日に日に大きくなっている。

夕暮れになると、決まって自分の影がこちらを見つめている気がした。


影に呼ばれていると思う瞬間もある。

気のせいだ、と笑い飛ばそうとするたび、心に冷たい波紋が静かに広がっていく。


相談ができない悩み――

友達に話せば、冗談だと笑われるに決まっている。

両親にだって、心配をかけるだけで何の解決にもならない。

一人でなんとかするしかないんだ。


心を落ち着けるため、毎日、影の状況をノートに記録する。

日時、状況、気持ち。

そこに何か法則があると信じて。


学校に行くことも、調べることも止めない。

影に邪魔されても、自分なりに抗い続けてきた。


(......俺はまだ、負けない)


意思を確認し、人の波を避けるように帰路につく。


自分の住む街は、都心から少し外れた場所にある。

駅前にはビルが立ち並ぶが、一本路地を入れば、一気に人影はまばらになる。


まるで、自分の心の中みたいだ――

外側は明るく取り繕っても、奥に入れば闇ばかりだ。


慣れ親しんだ通学路。

いつもの道。

いつもの風景。


だが、その日は違った。


角を曲がると、通りの向こうから一人の男が歩いてくるのが見えた。

白髪に、薄い色のサングラス、そして、全身黒ずくめ。

その風貌は、街の景色にはあまりに不釣り合いだった。


(......この辺じゃ見ない人だな)


目を合わせないように、その男とすれ違おうとした。


「君、この辺りにある古書店がどこか知らないか?」


唐突な問いかけに驚きながらも、反射的に答える。


「この先の大通りに出て、すぐ左にありますよ」


男の方へ向き直った瞬間、目が合った。

ぞくり、と背中を冷たいものが走る。

その目は、鋭く、何かを見透かすようだった。


「ありがとう、助かったよ」


男は薄く笑うと、ゆっくりと背を向けて歩き出す。

自分も再び、歩を進めようとした、その時――


「ああ、影には気をつけることだ」


振り向いた時には、もう姿は消えていた。


「......いない?」


男がいた場所まで駆け寄るが、周囲には人の気配すらない。

この辺りは住宅が密集しており、路地があるのはもう少し先だ。

どこかの家に入るにしても、そんな一瞬で、物音を立てずに入れるわけがない。


鼓動が早まり、背筋を冷たい感覚が流れる。


気づけば、夕陽は地平へと沈もうとしており、自分の影が街路へ濃く、長く伸びていた。

それは、生き物のように自分を誘ってくる。


(――まずい)


胸の奥に眠る不安が目を覚ます。

無理やり思考を断ち切り、足早に自宅へと向かった。



無心で歩き、家に着いた頃には、街は闇に包まれていた。


両親は共働きで、いつもこの時間は家にはいない。

リビングの明かりを点け、ソファーへと沈み込む。


「......ふぅ」


束の間の安堵の後、再び寒気が戻ってくる。


一見、見ず知らずの人に道を聞かれて、それに答えただけの、たった、30秒ほどの出来事である。


(この違和感は何だ?)


あのタイミング、あの言葉、あの目。

あれは偶然ではない。

むしろ、意図的に仕組まれた何か――


だとすれば、あの男は自分に何を求めていた?


――分からない。

でも、あの男は何かを知っている。


(......)


影への対処も、現状は頭打ちで、不安を加速させるばかりだ。

限界は近い。


いずれ破滅するのなら――危険を承知で、打開の糸口を探すしかない。


とはいっても、いきなり、あの男に接触するのはリスキーだ。

まずは、情報を集めよう。


だが――どうやって?


天井を見上げてみたが、そこに答えはなかった。



翌日


学校を出た足は、迷いなく、駅前通りを交差する大通りへ向かっていた。

いつもの“Go Home Quickly”のスローガンは、今日に限り、適用外だ。


目指すは、古書店。


昨日、あの男が尋ねた場所。

今の自分には、それしか手がかりがない。


冬の冷たい空気が頬を打つ。

不安のせいなのか、期待のせいなのか、自分の足を急かさせる。


その古書店は、駅前通りを交差する幹線道路沿いにある。

駅前にも全国チェーンの店はあるが、ここは古い出版物や稀覯本を揃える隠れた聖地。


扉を潜ると、昔ながらの入店チャイムが鳴り、乾いた電子音が店内に響く。

帰宅ラッシュの時間には、まだ早いから、店内に客の気配はない。


「やあ、真ちゃん。明は今日はいないよ」


奥から現れたのは、この古書店の主。

細身の白髪の紳士で、街でも一目置かれる知識人だ。


“明”とは、店長の孫で、幼馴染であり同級生だ。

いつもなら顔を合わせて他愛のない話をするところだが――今日は違う。


「こんにちは。今日は明じゃなくて、店長に聞きたいことがあって来ました」


「ん?何だい?」


「人を探しています」


「人?」


「白髪で、薄い色のサングラスをかけた、全身黒装束の長身の男性なんですが、昨日、お店に来ませんでしたか?」


店長は顎に手を当て、数秒考える素振りをしたが、すぐに思い当たったようだ。


「......哲ちゃん、かな?」


「哲ちゃん?」


「ああ、哲ちゃんと何かあったのかい?」


う~ん、何かあったといえばあるし、ないといえばない。


「その人に道を聞かれたんです。このお店の場所を」


「ふむ......」


店長はしばし沈黙し、ふっと笑った。


「なるほどな」


「......?」


意味深な言葉。


「真ちゃん、“アイリス”って喫茶店を知ってるかい?」


「いえ、初めて聞きました」


「この通りを向こうへ、駅前通りを越えて行くと、左側に古い喫茶店がある」


「はぁ......。その喫茶店がどうかしたんですか?」


まったく話が見えない。


「そこに行けば、哲ちゃんに会えるかもしれない」


何を言ってるんだ?


「あの、別に、会いたいわけじゃ......」


「そうかな?君のことだから、情報収集をしてからとか思ったんだろうけど、俺から言えることはないかな」


あっさりと魂胆を見破られ、快く道を閉じられた。


「なんでって?顔してるね。行けば分かるよ」


店長はいたずらっぽく笑い、自分の肩をポンと叩いた。


その言葉が、まだ見ぬ扉の取っ手に手をかけさせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ