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君の闇、光へと通ず ~現代異能探偵青春譚~  作者: A08_Studio
【序章】母と子

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【第010話】母の面影


「なんだか感慨深いものがあるわね」


久川さんが、カウンターの中で小さくつぶやいた。


「何がですか?」


「この店に、君たち親子がそろうってことよ」


そんなに不思議なことだろうか?


「だだ、親子で店に来たってだけですよ」


「まあ、君にとってはそうかもしれないけどさ......生きているのが長くなると、思うところもあるのよ」


そう言って、彼女は自分の額を軽くつついた。


結局、母は仕事を終え次第、Irisに来ることになった。

終業後の片づけと翌日の準備を済ませ、今はそれぞれ作業をしながら、その到着を待っている。


母は精神科医だ。

駅前のクリニックで非常勤医をしている。


自分が知っているのは、それくらい。

過去を含め、母が自分のことを語ることはほとんどない。

父から聞くのは、たいてい父の主観たっぷりののろけ話で、真偽は定かでない。


この店に通い始めてから、知らない母の面影に触れることが増えた。

この空間には、自分の知らない母の記憶が、確かに染みついている。


母のことは知りたい。

でも、知ることで見方が変わってしまうのが、少し怖い。


信じてはいる。

親としての愛情は、確かに感じているからだ。


それでも、母がこの空間、この人たちと交わったとき、どんな化学反応が起こるのか......想像がつかない。

この緊張は、その心境の現れかもしれない。


――チリン。


店内の静寂を破って、ベルの澄んだ音が響く。


黒いロングコートに黒髪を揺らし、背筋の伸びた細身の女性が入ってきた。

入口からカウンター席まで、一切迷いのない足取り。

その席は、いつもなら自分が座っている場所だった。


「ごめんね、急に呼び出しちゃって......」


「構わない」


母は澄んだ声で短く応じる。


「何か飲む?」


「では、ココアを」


久川さんが静かにうなずき、カウンター奥で準備を始めた。

母はバッグから手帳を取り出し、ペンを走らせる。


やがて、器具の音にまじって甘い香りが漂う。


「おまたせ」


ココアの湯気がふわりと立ちのぼり、母は両手でカップを支える。

ひと口含み、そっと目を閉じる。

そして、やさしくソーサーへ戻した。


自宅で見慣れた仕草のはずなのに、今日は一つひとつの動作が印象に残る。


「おいしい」


その一言で、店内の空気が少しやわらぐ。

久川さんも、静かに笑みを返した。


この二人の間には言葉がなくとも通じ合う何かがあるのだろう。


「それで、オムハヤシだっけ?」


「そうなの。お店のメニューに復活させようと思って」


「負担にはならない?」


「今なら、何とかなると思う」


母は少し考え、やがて言った。


「書斎にレシピのノートがあったはず。探してきてもいい?」


「うん」


母はゆっくりと立ち上がり、雪峰さんの横を通りすがる。


「哲也、書斎に入ってもいい?」


「ああ、一緒に行った方がいいか?」


「たぶん大丈夫」


そう言って母は奥の扉へ消えていった。


「母さん、いつもあんな感じなんですか?」


「そうだけど......どうかした?」


「なんだか、今日の母さん、子供っぽく見えます」


久川さんと雪峰さんは顔を見合わせ、目を細めた。


「私、もう見てられないわ......」


そう言うと彼女は涙をこらえるようにうつむき、目元に手を当てた。

雪峰さんも神妙な表情で、それを見つめている。


「もう......いいんじゃないかしら?」


「う~ん......」


雪峰さんは険しい表情で腕を組む。

久川さんはそっと目尻をなでた。


「あなたたちの想いも分かる。......でも、この子は聡いから、そのうち気づくわよ」


(何の話を......?)


二人の会話は、自分だけ聞き取れない言語で進んでいるようだった。

言葉は耳に届いているはずなのに、頭の中をすり抜けていく。


「それに、ここまで事態が進んでいる。もう、この子を遠ざける理由もないでしょう」


久川さんがやわらかくたしなめた。


タイミングを見計らったかのように、カウンター奥の扉がそっと開く。


「まあ、頃合いでしょうね......」


そこへ、母がノートを抱えて戻ってきた。


「姉さん......」


(姉さん!?)


「あくまで、人間の浅知恵にすぎなかったということね」


母は寂しげに笑った。

けれど、そこにはいつもの緊張感はない。


「藍、ありがとう。やっと決心がついたよ」


久川さんはゆっくりとうなずく。


「この子の親として、私が話します」


その表情には、強い決意が宿っていた。


「藍、二階のリビングを借りていいかな?」


「何言ってるの。あなたの家じゃない」


「......そうだったわね」


そして母は、自分の方へまっすぐ向き直った。


「真也」


「?」


「あなたにね、伝えなければならないことがあるの」


その瞳に込められた意味を、自分は受け止められるのだろうか――。

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