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第7話:勝ちを知る_2


 隼人は手に取ったカードから、二枚揃ったものを抜いていき、カードの載っていたトレーに載せた。幸いババは入っておらず、思ったよりも揃わなかった枚数が少なかったこともあり、幸先が良いのではとホッと胸を撫で下ろした。


「……普通にカード引いていけばいいんだよね?」

「そうだよ。順番は……隼人から時計回りに引いていく、でいい?」

「了解」

「わかった!」

「じゃ、じゃあ、お願いします」


 ただのババ抜きなのに、隼人は手に汗をかいていた。ただのババ抜きに、四万円分のコインが賭けられている。もし勝つことができれば、自分が賭けた一万以外に、三万増えるのだ。ババ抜きに勝つだけで。


 四人いれば、それなりに時間もかかると思われていたが、全員調子が良かったのか、サクサクと手持ちのカードがなくなっていっている。気が付けばあっという間に、隼人のカードは残り一枚となっていた。


「うおっ、隼人早いな。俺まだこんなに残ってんのに」

「め、めちゃくちゃ緊張してきた」

「そんな緊張すんなよ。ほら、引けって」


 楓は隼人にカードを引くよう促した。


「……これ!」


 残った楓のカードの中から、隼人は一枚引き抜いた。


「いっ……? や、やったぁ! 上がり‼︎」

「ビギナーズラック? すごいね」

「おめでとう!」

「あー、やるなぁ隼人。これでコインは全部隼人のもんだな。俺たちも一応終わらせるから。ちょっと待ってろ。……あ。デバイス忘れんなよ」


 隼人はエースを2枚揃えて捨てたカードの一番上に置くと、丁寧に向きを整えて真ん中へまとめた。デバイスをすぐそこの機械にかざすと、ピッと音が鳴る。手持ち無沙汰になった両手は膝の上に置いて、残った三人の勝負を見守る。目線はじっと勝負の行方を追っていたが、内心もうこの勝負の結果はどうでも良かった。自分は既に一位で抜けたからだ。ゲームが始まるまではコイン一枚の値段とそれを賭けるということに抵抗もあったが、あっさり一勝してしまった結果その抵抗感はすっかり薄れていた。

 嬉しさからにやけそうになるものの、グッと堪えて手を握り締める。


 ピッ。――ピッ、ピッ。


 人数の減ったゲームは決着がつくまで時間はかからなかった。


「うわー! 負けた負けた!」

「……楓、ババ抜き弱いの?」

「弱かねぇよ。ただちょっと、手持ちのカードと順番が悪かったな。隼人の勝ち! 全員順位登録し終わったら、あっちの機械に戻るぞ」


 全員で席を立ち、最初にゲームを登録した機械の前へと移動する。画面には【ゲームが終了しました。結果を表示します】の文言が追加で表示されていた。


「『はい』……と」


 画面の【はい】の文字をタップすると、内容が切り替わり全員の名前と順位が表示された。更に順位の横には賭けたコインの枚数とゲームの結果変動したコインの枚数が表示されていた。隼人は一位、その横には【1COIN→4COIN】と書かれている。そして、一番下の【END】のアイコンをタップすると、一番最初に見た画面へと戻った。


「おふたりさん、一緒にゲームしてくれてありがとなー!」

「いやいや、全然いいよ。ちょっとでも慣れてくれて、一緒に楽しめる人が増えたら嬉しいし」

「良かったら、またゲームしよう。俺たちは結構ここにくるし、コイン大量に賭けたりしないから、遊びやすいと思うよ」

「あ、ありがとう」


 ゲームを受けてくれたふたりは、それじゃと手を振って別のテーブルへと移動していった。


「良い人たちだったなー」

「楓も全然知らない人?」

「あぁ。たまに見かけるような気もしてたけど、人も多いし明るい場所じゃないだろ? だから絶対かと言われると自信ないなー」

「……こう、もっとピリピリするかと思ってた。……お金、かかってるし」

「そんなこと全然。みんな笑ってるだろ? 確かにコイン多いときゃみんな一生懸命になってるけどな」

「大金かかってるもんね」

「ただのゲームでもそうじゃないか? 『これだけつぎ込んだんだから絶対取る!』って、クレーンゲームとかムキになったりしない?」

「……する。あとちょっとで取れそうだから! って、ついやっちゃう」

「あんまかわんねぇの。だって、それでお金使い果たすこともないし、なんだかんだダメだわってやめたりするだろ? あくまでも遊びなんだよ。だから、楽しんでやってる」


 改めて辺りを見てみると、どの場所でも笑っている顔が見られた。雰囲気にのまれ、もっと怖い場所だと思っていた隼人は、不安感も薄れその辺にあるゲームセンターにいるのと変わらないという気持ちになっていた。


「意外と、面白い、かも」


 ぼそっと隼人は呟いた。


「え? なに?」

「いや、なんでもない」

「もう反映されたと思うから、デバイス見てみて?」

「反映? なにが?」

「見たらわかる」


 隼人が自分のデバイスを見てみると、表示されていた自分のコインの枚数が、三十枚から三十三枚に増えていることに気が付いた。


「増えてる!」

「一枚賭けて二十九枚になって、そこに四人分のコインが追加されて三十三枚。たかだかババ抜きの一位でコイン四枚、四万円だぜ?」

「ただのババ抜きで、四万が……」

「今回勝ったぶん、隼人が賭けたコイン一枚除いた三枚、現金に交換したら? そっちのほうが、やりすぎなくて安心じゃね?」

「確かに」

「俺も結構こまめに引き出すんだよね。ついあるぶんだけやっちゃうからさ」

「わかる。それが賢明だよな」

「ちょっと小遣いにいいだろ? ちょっとずつ貯めていって、おっきな買い物もできるし」

「……」


 隼人の心は揺れていた。今自分が持っているコインは楓からもらったものだ。全額自分が出したものではない。つまり、一円も自分のお金を使っていないのだ。もし、この三十枚を上手く使って、さらに大きな額にすることが出来たのなら。


「……これって税金かかる?」

「申告しなきゃいいだろそんなの。……みんなパチンコで勝っても、税金の申告なんかしないだろ?」

「俺、パチンコしないからわかんないんだよな」

「ないない。それにここではコインは現金に換えられるし、それ以外の使い方も……あー……、ちょっと向こう行ってみようぜ!」

「え、なになに?」


 楓が先を歩き、隼人が後をついて行く。辺りは最初この部屋に入ったときよりもクリアになっていて、ひとりひとりの表情と感情が良く見えるようになっていた。もしかしたら、見ない振りをしていたのかもしれない。


「空いてる?」

「えぇ、空いていますよ。おふたりですか? どうぞ、こちらへ」


 不意に立ち止まった楓は、また誰かに話しかけていた。


「最初に言っただろ? 女の子もいるって。いきなり連れてきたからまだ緊張してんだろ? ちょっと息抜きしようぜ!」

「え、え?」

「オレンジジュースふたつ!」

「かしこまりました」

「えええ?」

「俺も今日は車だし、酒は飲まない。お前もあんまり飲まないし、オレンジで良いだろ?」

「オレンジで良いけど……え?」

「ちょっと喋るだけだよ。 そこで座って待ってようぜ」

「喋るだけって……」


 黒い革張りのソファへふたりで座る。疑問は感じたものの、もう聞くことはなかった。


「――お待たせいたしました。オレンジジュースふたつお持ちしました」

「ありがとう」

「あ、ありがとう」


 自分よりも年上だろうか。黒いロングのドレスが良く似合っている。黒髪に、カラーのコンタクトレンズを入れているのだろうか。明るい緑色の目をしている。赤みの強いリップが目を惹いており、表情に妖艶さと力強さを与えている。そんなことを隼人は考えていた。


「……あなたは……何度か見かけたことがあるわ」

「俺? あぁ、ここにはよく来るけど、この席に座ったのは初めてかな?」

「ふふふ、そうみたいね。そちらのかたは……初めてかしら……?」

「は、はい。今日初めて来ました」

「ようこそ。緊張しないでくださいな? ……まだ緊張なさってる?」

「そう見えますか?」

「表情が硬くて、笑ってくれているけれど、どこかぎこちない。それに……ずっと目が泳いでるわ」

「あっ」


 言われて気が付いた。落ち着きなく目は動いていたかもしれない。隼人は今この部屋すべてでなにをやっているのか、余すところなく知りたいと思っていたのだ。だが、あからさまにキョロキョロと周りを見るのは気が引ける。なにか悪いことをしているみたいで。だから視線だけ気になるところへ送っていた。

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