第23話:沼へはまる_4
「お前のこのフロアでの初戦にピッタリだろ? 初めてのゲームが知り合いで、しかも自分が負かしたヤツ! めちゃくちゃ痺れんじゃん!」
「何言ってんだよ楓……人間に賭けるってそういう意味だったのか……?」
「え? わかってなかったの?」
「もっと……こう! 健全なゲームだと思ってたんだよ!」
「はぁ? 人間でやるゲームなんかに、健全もクソもないだろ? その時点で不健全なんて、わかりきったことじゃん。大体この建物に、健全なモノなんて一個もないのに」
『隼人がおかしなことを言っている』と言わんばかりに、楓はあっけらかんと笑って見せた。
「ホラ、取り敢えず誰かに賭けてみろって。別にシナガワに賭けなくても良いんだぞ? アイツ根性なさそうだし。このゲームは……あー、複数は賭けられないから、誰かよく選んで一人に賭けないと。複数賭けられるゲームもあるんだけどなー。で、隼人は誰にする?」
当たり前のように楓は隼人へ聞いた。確かに賭ける対象は人だと聞いてはいたが、こんなに残酷だとは聞いていない。そう言い放ってしまいたかったが隼人はその言葉たちを飲み込んだ。詳しく話を聞かなかったのも、興味を持ってここまでやってきたのも自分なのだ。引き返すタイミングはあったはずなのに、一度も振り返りも立ち止まりもしなかった。流されてここまで来たのは確かだが、好奇心とお金に負けてついてきたのは自分である。
その責任から目を背けるように、一人だけいた女性へ隼人はコインを十枚賭けた。残りの枚数はタブレットに【30SPC】と表示されていた。【SPC】、スペシャルコインがこのフロアでの単位だ。
「ほぉ、女性ね。良いんじゃない? 女の人のほうが、痛みにも血にも強いって言うし」
「まぁ、別に、深い意味はない、よ」
「勝ちゃ良いんだからな。よし、じゃ、早速あっちの部屋に行こうぜ! 部屋は【C】だろ? もう一分で始まるぞ!」
隼人は楓について行った。特に断る気力もなかった。
――楓には『深い意味はない』と言ったが、意味はあった。彼女が女性で、プロフィール欄に『子ども有』と書かれていたからだ。だから隼人は彼女を選んでいた。自分と、そしてリコと被るような気がして。子どもがいるのに、どうしてこんなところまで落ちるのかがわからない。が、子どもがいるなら無事に帰ってきてほしい。そんな祈りを込めて。
【C】と書かれた扉を開けると、既にたくさんの人が中のソファに座っていた。外側とそう変わらない造りで、広さも十分にある。大きな壁にはモニタがいくつか用意してあり、ソファーはすべてそちらを向けて設置されていた。二人掛けのソファに、四人掛けのソファ。間隔を空けて、お互いが空取れるにならないよう配慮されている。サイドテーブルも置いてあり、食事とドリンクを注文できるように、それ専用のタブレットも置かれていた。ソファ自体もゆったりとした造りになっており、楓と隼人はふたりで空いていた二人掛けのソファに腰かけた。
「間に合ってよかった! あ、隼人なんか飲む? 俺のおごり」
「……じゃあ、ウーロン茶を……」
「おっけ」
慣れた手つきで楓はドリンクを注文した。
「……もう、始まるの?」
「あぁ……もうすぐに始まるさ」
――一分は経過しただろうか。そんな時、画面がパッと明るくなり【中継開始】の文字が表示された。そしてすぐに画面が切り替わると、参加者として名を連ねていた四人が、殺風景な部屋にいるシーンが映し出された。
「お、きたきた! そっか、なるほど……。今回は全員同じ部屋なんだな。別室より煽れそうではあるけど……」
楓がモニタを見てなにやらブツブツ言っている。壁に設置されたモニタは、どうやらそれぞれ別のアングルからの映像を流しているようだった。
『――皆さま、本日はこちらのゲームへのご参加、誠にありがとうございます。本日、この時間この会場で開催いたしますのは、四人の男女が身体とお金をかけて競い合うゲーム。名前を付けるならば……そう。【一ポンドの肉】です!』
隼人はモニタと手元のタブレットを交互に見た。すっかり忘れていたが、ゲーム名は確かに【一ポンドの肉】と書いてある。
「……楓、一ポンドの肉って知ってる?」
「しらね。でもポンドって重さとかそういうのの単位だろ? それだけの肉ってことじゃないの?」
「……っ」
なにか言おうとして、隼人は言葉を飲み込んだ。正確には言おうと思ったが現状に疑問をなにも持っていない楓を見て、背筋が寒くなり言うのをやめた。
『さて。名前からゲームの内容を察したかた、いらっしゃいましたらその通りでございます! 今回は、四名の参加者に文字通り身体を削っていただきます。必要な量は最低一ポンド。およそ四百五十グラムでしょうか。実際はもう少し多いのですが、今回はそれなりにキリの良い数字にさせていただきました。まずはこちらのルーレットをご覧ください!』
司会がそう言うと、カメラがルーレットへと切り替わった。ルーレットにはそれぞれ数字が書かれており、おそらくグラム数を表しているのだろう。司会者がボタンを二度推して見せると、一度目でルーレットが回り、二度目でルーレットが止まった。
『ルーレットは順に回していただきますので、ボタンを押す部分はどこでも良いので残しておいてくださいね? 今回は【350】と書いてありますので、みなさまには三百五十グラム身体の一部をその秤に置いていただき、提出していただきます。こちらのゲームでは、血でも構いません。そのグラム数を超えた人は先へと進むことが出来ます。次のルーレットを回すまでは三十分。それよりも先にどなたかひとりでもクリアした場合は、速やかに次のルーレットを回させていただきます。……なぜ一ポンドなのかと申し上げますと、このゲーム、ギブアップが設けられております。その必要グラム数が四百五十グラムなのです。だから最低必要になるのが一ポンドなんですね。それ以下でのギブアップは認められておりません。しかし、ルーレットを回す回数自体は決められております。それは、ひとり二回回していただき計八回。八回終了の時点で一番グラム数の多い人が優勝となります。計四時間は、参加者のかたは最大でこのゲームをしていただくことになりますね? ご観覧の皆様は、どうぞ、休憩を挟みながらお過ごしください。……さぁ、先ほど出たグラム数を、削ってみましょうか?』
司会者がそう言うと、参加者がいる場所へ生きた豚が運ばれてきた。運んでいた人のうちのひとりが、他三人に豚を押さえてもらい刃物を突き立てて、実際にその肉を切って秤の上に乗ったボウルへと入れる。ブタの叫び声が聞こえているのに、切っている本人は気にしている様子はない。反対に隼人の言う会場では『おぉ』と言った感嘆の声や『ふふふ』と言った笑い声が聞こえてきた。秤はデジタル表示になっており、ピッタリ三百五十グラムになるまで微調整して入れた結果、細かな肉片が幾つもボウルの中へと転がり、辺りには血を飛ばしながらグラム数をクリアしていた。ボウルの中には当然血も含まれており『生きているブタを切ったらこうなりました』という、この後のゲームの惨状を予想させるようにも見えた。部屋の中と参加者の衣服が白で統一されているのは、このためとも言えそうだ。
『はい! このような形で、皆様には削っていただきます! ブタちゃんに関しましては、食用ブタですのでこのあとスタッフで美味しくいただく予定でございます! どうかご安心ください! ちなみに、一人が表示されたグラム数をクリアしましたら、その後すぐに次のルーレットを回していただきます。ですので、重さは累積式となっております。ただし、最終回のみ、三十分全て使わせていただきます。……この回で、巻き返すかたがいらっしゃるかもしれませんからね。一人を除いて他全員がギブアップした場合は、その時点でゲーム終了となります。また、四時間経過した時点でどなたもクリアグラム数に達していない場合は、一ポンドに満たない参加者は全員ペナルティとなりますので、どうぞご了承くださいませ』
用は済んだと言わんばかりに、ブタを連れた人たちはともに帰っていった。
『最後に、観客の皆様には誰が優勝するかを賭けていただいております。ありがとうございます。救済措置として、自分で思い切って傷をつけられない方向けに、こちらでヘルパーを用意しております。遠慮なくお申し付けください。止血も同時にいたします。また、重ね重ねではありますが、最後の時点で一ポンドに満たない方へはペナルティを用意しておりますので、それではどうぞ、ゲームをお楽しみください』
先ほどとは別のスタッフが、ルーレットを動かすためのボタンを参加者へ手渡した。躊躇いながらも、手渡された男はボタンを二度押した。




