第9話 王者
十二将学園高等部、グラウンド。ここの一角で、一触即発の空気が流れていた……?
「猫の手も借りたい……か。大型ネコちゃんであるこの俺の手も借りたい、てことやんな?」
「猫は好きじゃねえ。が、トラ。お前はまだマシだ。つーわけで、これにサインして仲間になれ」
子音さんが突き出したのは、入部届と書かれていた紙であった。
ご丁寧に、部名は動物愛好会。その下の名前の欄には、美しい文字で鼠入子音と書かれてある。
「へえ。熱烈な歓迎、珍しいやんけ。そんなに俺がほしいんか?」
「勘違いすんな。お前はこれから仲間に引き入れる10匹のうちの1匹でしかねえよ。俺の目的は、『他の動物の付け入る隙のない、完膚なきまでの十二支の復活』だからな」
「……ふうん。嫌や、て言うたらどうする?」
「お前の手を借りるんじゃなくて、削ぎ落として持ち帰る」
「こっわ〜。リーダーの言うことは違いますわ〜」
「つーか、お前口調どうしたんだよ。いつもの威厳が半減してんぞ」
「……人間界に来たらなっとったんや!」
テンポの速い会話の応酬に目が回る。丑理さんも同じ気持ちだろうか。
一瞥してみると、彼はしゃがんでグラウンドの土いじりを開始していた。な、なんでこの状況で。
「なあ、ネズミ。完膚なきまでの十二支の復活……言うたな。俺はその条件やったら、仲間にはならへん」
「あ?」
「十二支を前と全く同じメンツにする。それには賛成や。せやけど、順番まで一緒なんか? 俺かてかつて十二支トップを目指した身。今度こそ1番は譲らへんで。他のヤツらも同じ考えやと思うけど、お前は仲間の援助もしつつ、仲間が1番になるのを阻止できるんか?」
寅琳さんの余裕たっぷりに笑って子音さんを見下ろす姿から、王者の風格が漂う。辺りの空気すらも支配しているようで、目が釘付けになる。
これが、密林の王者と呼ばれる、トラなのか。
子音さんは幾分か背丈が小さい分、周りから見れば不良にいじめられているようにしか見えない。
しかし、彼はやれやれとでも言いたげな呆れた仕草をし、真っ直ぐ寅琳さんの目を見据え、得意げに笑った。
「……上等。やるからには難しくなきゃつまらねえ。どんな競争でも、お前らを助けながら、お前らを負かしてやるぜ」
寅琳さんはその言葉を受けて、満足げに笑った。まるで、その言葉、待っていた、という風に。
このとき俺は子音さんが、キラキラして見えた。光のような……言うならば暗闇に光る星のような、生まれたばかりの俺の、こうなりたいと思う姿、すなわち道標みたいだと思った。
十二支のリーダー、と呼ばれる彼に、記憶からではなく精霊として初めて抱いた、憧れの感情だったのかもしれない。
「その言葉、どんな競争内容でも忘れるんやないで!」
「当然。んじゃさっさと名前書けよ」
「相変わらず仲間に対して塩やなあ。まあええけど。ところで、ウシは別として、コイツ、ほんまに使えんのか? 雑魚精霊やんけ」
「へ!?」
良かった、うまくまとまりそうだと成り行きを見守っていたのだが、思わぬ飛び火が来た。
でも、たしかに子音さんに全てを頼ってしまった。偶然にも彼がやってこなかったら、寅琳さんを仲間に引き入れることはできなかった。
「ああ。たしかに雑魚だが、片鱗に神の面影が見える。この気に食わねー感じが!」
「い、いたひ。いたひです、ひおんしゃん」
ああ、やはり意地悪だ。今回はたしかに何もできなかったけど、何もほっぺを横につねることもないだろう。
いたいと抗議していると、満足したのか彼は手を放し、未だに土いじりしている丑理さんのほうへと向かっていった。
すれ違いざまに、トラにギャフンと言わせてやれ、と呟いて。
これは、寅琳さんに認めてもらえ、ということか。彼を見ると、興味津々そうなまんまるな目が、俺をジッと捉えていた。猫みたい。だけど、怖い。
「なああんた。なんでタイミングよく俺の前にネズミが現れたのか、理由わかるか?」
「え……えと、ぐ、偶然じゃないんですか?」
「あかんな〜。何も知らんやん」
「へ?」
「あっこで土いじりしとるやつ、いるやろ?」
「あ、はい。丑理さん、ですね」
「ネズミ呼び寄せたの、アイツやで」
「ええっ!? どうやって……」
俺を見つめていた目が、鋭いモノへと変わる。さしずめ俺は、品定めされる獲物だ。
俺は、何も知らない。もらった記憶が、機能しない。どうしてなのかと不甲斐なく思うばかりだ。
「……あの、寅琳さん。俺に、十二支のこと……教えてもらえませんか。俺にあるのは、十二支を支えるという使命からくる熱意だけですが、このままでいたくない」
「なあ、精霊はん。十二支を支える、なんて簡単に言うけど、ソレ、さっきネズミが言うたのとほぼ似たようなことやで。十二支ひとりひとり、考え方は違う。意見は食い違うのは日常茶飯事や。それをひっくるめて受け入れて、みんなが納得する方向へ持っていく、その覚悟があるんか?」
子音さんの言ったこと……十二支を元に戻すことを前提に、己も1番を勝ち取ること。
そうか。例えば、俺が12人のうち1人を優遇してしまったら、他の方達をないがしろにしたことになる……ということか。
平等は、難しいことだ。誰かを上げれば、誰かが下がる。競争とは、当たり前だが勝ち負けがあるのだから。
「なんやかんや、1番残酷なのはネズミやろなあ? アイツ、時がきたら躊躇なく俺らを切り捨てんで。なんせ、ネコを罠に嵌めて、ウシの努力を利用した、卑怯者の1位なんやから」
パチ、と脳内で何かが弾けたような気がした。憤りのような、悲しみのような……形容し難い感情が俺を襲って、その心の勢いのまま、口を開いていた。
「覚悟なら、ありますよ。俺はひとりひとり、助けたいし、守り抜きたい、大事にしたい。たとえ赤ん坊のように無力でも、神様にプログラムされた意志のない精霊でも。だから言わせてください。冗談でも、仲間を貶める言葉を、言ってはダメです」
不意をつかれたのだろうか、彼の鋭い眼差しが、再びまんまるへと変わる。
まただ、この感覚。子音さんや、丑理さんと会ったときも妙に心が昂って、心のままにペラペラと喋ってしまったときがあった。何なのだろう……これは。
俺が自分の行動に自分で驚いて固まっていると、寅琳さんは呑み込み顔でうなづいて、誰に向かって話しているのやら、独り言のように呟いた。
「へえ、おもろいやんけ……これがネズミのいう神の片鱗。五行術は使えんにしても、神通力なら可能性はあるんかなあ」
また、業界用語だ。五行? 神通力? やっぱりさっぱりわからない。
恨めしげに寅琳さんを見ていると、彼はフッとこちらをあしらうかのように鼻で笑った。
「しゃあないから、かわいそーな精霊はんのために、トラさんがいっこ教えたるわ。実戦でな」
「じ、じっせん?」
「おう、一石二鳥やで〜。お前は知らんこと知れて、上手くいけば仲間も増える。俺はお前が役に立つかどうか知れる〜ってことで」
「え、ええ!? は、話が見えないんですが……」
知らないことを教えてくれるのはありがたいけど、まんまと罠に引っかかった、いや……引っかけられた、というか。
不敵に笑う王者の前ではなす術もなく、こうなったらもう、ギャフンと言わせてやるぞ、と闘志を燃やすのであった。




