第8話 寅
――元十二支第3位、寅。圧倒的なスピードをもって、神様の元へと辿り着いた。ある意味正規ルートを外れていたといえる子と丑がいなければ、十二支の首位となっていただろう。
「はあ、トラ……? 誰のこと言うとるかわからんけど、人違いやないの?」
「む? おまえは人間ではないだろう」
「……なあ、あんた。この様子のおかしい男、ツレなんやったらどうにかしてくれへん? なんや馴れ馴れしくて怖いわあ」
「え、ええっ!? で、でも。あなたって元十二支じゃないんですか!? 本当にわかりませんか、この人、2番の丑ですよ!」
「じゅうにし? 何やのそれ。危ない組織? この男も知らんわ。もう戻ってええかな?」
「わー! すみません! ちょっと待ってください」
今、何が起きているのかと言うと……ボールが勢いよく飛んできたところを、金髪の青年が助けてくれた。
そして、丑理さんは彼を、十二支第3位の寅だと言うのだ。
ところがどっこい、彼は完全否認である。
十二支の方ではないのでは、と俺は小声で丑理さんに尋ねる。
しかし頑なに彼を寅である、長年苦楽を共にした仲間を間違えるはずがないと、かっこいい感じで意見している。
しかし根拠はただの勘らしいので、彼が寅であるということを認めない限り、決着はつかない。
本当に彼が寅だとしても、そのことを隠す理由も皆目見当がつかない。
「……ど、どうするんですか、丑理さん」
「む……今は、やむを得まい。寅、お前が何を考えているかはともかく……私たちは再び、十二支の座を取り戻す。これだけは、言っておこう」
「……へえ、せいぜい頑張りや」
十二支元3位の寅……と思わしき金髪の男子生徒は、丑理さんの言葉にも興味なさげで、すぐにこの場を去っていこうとする。
このまま、彼を見逃してしまっていいのだろうか。
せめて何か、できないか。そう思ったら、自然と足は彼を目掛けて走り出していた。
「あのっ、すみません!」
「ん?」
「その、お名前……聞いてもいいでしょうか?」
「それを聞いて、どないするん?」
柔らかい口調なのに、凄まじい圧を感じる。捕食者に見つかった小動物の心地だ。身がすくむ。
だけど、ここで負けてはいられない。
「鼠入子音、牛戸丑理……元々十二支だった方の人間名です。よく考えてみれば、あからさまだ。現状、俺たちにはあなたを元十二支No.3の寅と断定するには、丑理さんの勘しかない。だけど、もし……あなたの名に『トラ』に関わる文字があったとしたら?」
「………ほーん」
追い詰めた、と思った。だけど、目の前の彼は、余裕たっぷりに口角を上げた後、大口を開けて笑った。
「あはは! アホやなあ。そんなもん、俺が口割らなきゃ意味あらへんやろ! なんや、お前俺を拷問でもするんか?」
「あっ……」
「まあ、良い手掛かりは見つけたんとちゃう? 生徒名簿、って言うやつか? 持って来られたらバレバレやしなあ。褒めてはあげるで、赤んぼ精霊はん」
「そ、それはもはや口を割ったも同然では……!」
「いやあ? 少なくとも今この場で、俺は寅やあらへんし〜」
「ご、強情な……」
何となく、遊ばれている気がする。わざとらしく口笛を吹いて、猫のような金色の吊り目が愉快げに細められる。
ああ、この人、絶対寅だ。今度こそさいなら〜と軽く手を振る後ろ姿を、次は覚えてろよ、と悔しげに眺めることしかできなかった。
落胆しながら、そうだ、丑理さんは……と後ろを振り向く。
丑理さんは俺と目が合うと、何も喋らないものの、よく頑張った、という感じでだろうか。
真顔で親指を立てた後、視線をトラさんのいる方へと移した。
何だろう、と思いつられてそちらを見る。
驚くことに、そこには同じく出会いは良い印象ではなかった、かのトラと同じ、もはやそれ以上の意地の悪さを持っているであろう、鼠色の人物がいたのである。
「え……子音さん!?」
「1年2組、虎城寅琳! これで、文句はないだろう?」
寅琳、と呼ばれた例の人は、スタスタと歩いていた足を止め、振り返る。
生徒名簿……? のような物を持っていた子音さんを認めて、好戦的に光った瞳が、どこか嬉しそうにも見えた。
「ハッ! なんや、元十二支トップ様のお出ましか。ノロマなウシと間抜けな精霊を従えてご苦労さまやなあ!」
「どーも。俺は今、猫の手も借りたいくらいなんでね!」
「む…………馬鹿にされているな」
「…………ですね」
元十二支のトップスリーが揃うグラウンド。一筋縄では行かなそうな展開に、先が思いやられる。胃に穴が開きそうだ。




