第7話 グラウンド
「……これは、何をやっているのだろうか」
「えっと……野球……というスポーツですね」
「やきゅう……?」
丑理さんと俺は、部活動見学のため校庭、いわばグラウンドへと来ていた。
とりあえずよく音の聞こえる方へと歩いて行って、たどり着いたのがここだった。
「……人間は球遊びが好きだな」
「あはは……ボールを使う運動をまとめて『球技』と呼ぶくらいですから、たしかにそうなのかもしれませんね」
丑理さんはどこか遠い目をして、球場や向こうにあるテニスコートを見ている。
足が遅いと言われていたことから、運動がそこまで好きではないのだろうか。
「あ。そういえば子音さん、部活動の見学ついでに十二支も探せって言ってましたよね。難題だなあ……」
「……私たちは、良くも悪くも、好奇心が旺盛だ。このような場に、いてもおかしくはない」
「へえ、そうなんですね。俺、何故か記憶が曖昧で……断片的にしか十二支のことがわからないので、ぜひ色々教えて欲しいです」
「む……私でよければ、だが」
丑理さんとは、会話が続くようになってきた。彼の生み出す独特な気まずさは、会話の返答の間にあるのだと思う。
穏やかで真面目な気質だから、聞かれたことや、会話の内容をじっくり吟味してから話し始めるのだろう。
正直、会話のテンポが速い子音さんとは相性が悪そうだ。
「では、ひとつ聞いてもいいですか。俺の中の記憶の人間が、どうしても気になることがあるみたいなんです」
「む……? 何だろうか」
「えっと、丑理さんは子音さんのこと、恨んではいないんですか? 自分が頑張った成果を横取りされたようなものですよね」
十二支の絵本の中で、ネズミはウシの背に乗り、苦労することなく1番を手にした。なのに全く怒らず、今も親しげな様子ですらある。
先ほどから脳内で聞いてほしいとこだましているのだ。なるほど、記憶の中の2人は十二支の絵本が好きらしい。
それは良いことだと思うけれど、少々やかましい。
「……ああ。未だによく聞かれることだな」
「え?」
「……皆が言うには、私はネズミに怒るべきらしい。そう思うか?」
「えっと……俺の意見ですけど、誰だって努力したことを横取りされたら、悔しいし、許せないと思うのは、当然あるものかな、と」
「…………私はな、歩みが鈍い。そのような動物が、競争に参加して、勝てると思うだろうか?」
「たしかに、足が速い動物の方が有利ですもんね」
「……だから私は、夜通し長い道のりを歩くことにした。私はそのことを、誰にも話していない。ネズミにも」
「つ、つまり……?」
「……結論から言うと、私はネズミのことを恨んではいない。あいつは、私のことを信じていた。恨むどころか……むしろ、嬉しかったのかもしれない」
「わ、わあ……丑理さんって、本当に懐が深いんですね」
「……む? そうなのだろうか」
思わぬ裏話が聞けた。要するに、丑理さんが地道な努力をする、生真面目な性格であったことを、子音さんだけが見抜いていた、ということだろうか。
だが、自分だったら、それで首位を奪われたことを許せるとは思えないな、と彼の器の大きさを実感する。
子音さんと丑理さん。十二支のワンツー。正反対な性格っぽいけど、案外いいバランスが保ててるのかもしれないなあ、と思う。
こうやって、少しずつみんなのことが知れたらいいな。
青い空に、痛快な音を立ててボールが飛んでいく。春の陽気な暖かさが身を包んで、心地よい気分だ。隣にいた丑理さんも、和やかな空気を感じ取っているのか、気づけば目を閉じていた。
「平和だなあ……」
ピッチャーがボールを放って、バッターが打つ。カキンと小気味良い音が鳴って、ボールが飛んでいく。勢いよく、こちらの方に……?
「あっ! 丑理さん、危ないです!」
「む…………?」
声をかけた時には、速度のある球体がこちらの方へと迫っていた。避けられない、そう思った瞬間、ボールは当たることなく、とある何者かによって素手でキャッチされていた。
「あ……ありがとうございま、す……?」
助けてくれた誰かにお礼を言おうとして、目が合う。少し黒の混じった金髪に……金の瞳。
丑理さんまでとはいかないが、高身長で、威圧感がある。この人は、いわゆる不良……なのでは……?
そう思ったのとは裏腹に、彼はニカッと笑い、独特な口調で俺たちに話しかけたのであった。
「おふたりさん、気ぃつけんと危ないで! 見学するならもうちょい安全な場所に行きや!」
「あ……はいっ! 助けていただきありがとうございます!」
「おう、ほなな〜」
人は見かけによらない。不良だなんて思ったのを少し反省した。あらためて俺がお礼を言うと、彼は軽く挨拶をして、立ち去ろうとする。
その時、静かに黙っていたはずの丑理さんが、やにわに口をひらいたのであった。
「まずは……助けてくれた礼を言おう、寅」
「……え? 寅?」
途端、金色が振り向く。再び交わった視線は、先ほどのような友好的なものとは程遠い。
虎視眈々という言葉が存在するのに相応しく、こちらを見定めるかのような視線であった。




