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トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第1章 十二支結集編
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第5話 丑

――元十二支第2位、(うし)。自らの足の遅さから夜中に出発して、1番早く神様のところへ到着するはずだった。


 しかし、背に乗っていたネズミが、夜明けがきた瞬間飛び出し、首位を掻っ攫っていった。


 ウシは怒ることもなく、ただ一言いっただけ。


「いたのか、ネズミ」


 そう……本当にこれだけ。寛容すぎてもはや怖い。2位で十分だという始末なのだ。

 神の記憶からも、とても真面目に、地道に、十二支として仕事をこなしていた。効率を求めるネズミとは正反対だった。


 なのに、そのウシと会う事を覚悟しておいた方がいいとはこれいかに? 正直、子音さんと会う方が覚悟が必要だと思う。


 それにしてもさっきからずっと歩き続けているのに、一向に1組に着かない。ひたすら階段を下っている。


「結構遠いんですね……1年1組……」


「学園の造りは把握してみたが、独特だった上に、高等部1年生だけでデカい校舎が与えられてる。金かけてんだな」


 造りを把握した……? どうやって。

 たしかに円形校舎で、今の日本では珍しいのかもしれない。螺旋階段が設置されていて、4階建て。

 2階から4階までに、様々な教室が割り当てられているらしい。

 4階に7組、2階に1組の教室があるから、そこそこの距離がある。単に自分に体力がなさ過ぎるだけかもしれないというのは……ありえるのだけど。


「はあっ……はあ、やっと着いた……」


 子音さんは全く息を切らしていなかった。1組の教室の扉を開けると、ズカズカと中へ入っていく。


 部活動見学の時間のためか、ほとんど生徒はいなかった。ただやけに目立つ生徒がいた。艶やかで長い黒髪と、吸い込まれそうな漆黒の瞳に、座っていてもわかる背の高さ。


 子音さんを初めて見た時と同じように、この世のものとは思えない麗しさがあった。


「……その者は」


「顔合わせの時にいただろ。十干(じっかん)どもとは違って、陰陽五行(いんようごぎょう)を使わない雑用するための精霊だ」


「え? 言い方酷くないですか? えっと……1年7組の、一神セレンといいます。よろしくお願いします」


 いきなり専門用語らしき単語を発してきた子音さんに困惑するし、元十二支の手足になるとは自分で言ったものの、紹介の仕方がひどい。


 ウシさんはといえば、こちらをじーっと見続けている。そうして何十秒たっただろうか。彼はやっと話し始めた。


「そうか。私は十二支第2位、(うし)。人間名は…………」


牛戸丑理(うしどちゅうり)、だろ?」


「ああ。人間名は牛戸丑理だ……よろしく頼む」


「あ、はい……よろしくお願いします」


 な、何だろう。この一連の流れ。

 というか気まずい。とにかく気まずい。会話の間の沈黙が絶妙な空気をもたらしていて、俺は発言するべきか、いや、否か……戸惑う。


 ウシ、もとい丑理さんに会う時は覚悟しろということは、もしかしたら、もしかすれば……調子が、狂わされる……?


「えっ……と、子音さん」


「何」


「……丑理さんとはどのような関係で」


「同僚」


 い、居た堪れない。子音さんに助けを求めるように質問してもかわされる! 絶対わかってやってるだろ。

 なんかちょっとニヤついてるし。彼は根本が意地悪なんだ!


「はは! ウシと接するやつの大半は、こうして勝手に気まずくなって、どうにか話そうとするんだ。当の本人は、全く話を聞いていないのにな!」


「ぐうっ……」


「む……今のは聞いていたぞ」


 やはりからかわれていた。ケラケラ笑う子音さんが恨めしい。性格に難ありだ。丑理さんもどこかズレている。


「さて、お遊びはこれくらいにして、本題に移る。まず俺たちの最初の目標は、来る競争に備えるため、残りの十二支を全員見つけ、一箇所に集まれる場を用意する事だ」


 急に真剣になった。丑理さんのことをよくわかっていないけど、とにかく子音さんの話を聞いていこう。


「そういえば……見当はついていると言ってましたよね」


「ああ。まず1組に俺とウシがいる。つまり、単純に順番に組み合わせたのか、もしくは……」


支合(しごう)、か」


「しごう……?」


 単純に考えれば、1組に十二支のワンツーがいるならば、2組には3番の寅、4番の卯がいるということか。丑理さんもしっかり話を聞いていたみたいだ。


 だが、彼らの言う「支合」とは何だかわからない。首を傾げている自分に気付いたのか、子音さんがこちらをジト目で見ている。


「セレン。もしかしてお前、支合が何だかわかんねえのか?」


「はい、一応神様の記憶の断片と、人間の男女の記憶を頂いたはずなんですけど、さっぱりわかりません……」


 支合……何となく聞いたことがある気がするのだが、記憶にモヤがかかっているかのようで、思い出せない。


 先ほど神の記憶で十二支が仕事をしている様子はハッキリ見えた。

 だけど、それすらも曖昧になってきている……なぜだろう。


「神は当てにならねーな。じゃあまずは、場所の確保からにするか。12人もいれば、集まるところがねえと面倒だからな」


 子音さんはそう言うと、制服のポケットから紙切れのようなものを取り出し、机の上に広げた。


「十二将学園高等部校内図……」


「できれば高等部だけでなく、学園の全体を把握したかったんだがな。さすがに広すぎた」


 悔しそうに子音さんがそう言うが、人間になったばかりでこうも先を見通した行動ができることに驚く。


 どこでも適応できてしまうネズミの性というべきか。さっきまで仲間を蹴落とすなどと言っていたとは思えない。


 一方、丑理さんは一切口を挟まない。しかし、どこかその姿が、子音さんへの絶対的な信頼を感じさせるような気もするから、不思議だ。


「それでこの校内図には、いくつかの空白がある。聞けば授業で使用するか、新しく部活動を創りたい人向けの空き教室らしい。こいつを利用する」


「部活動を俺たちで一から創る……ということですか?」


「ああ。適当に……動物愛好部、とかな」


「もし、十二支のみなさんが入部してくれないって場合になることは……」


「アイツらがどうしたいのかは俺にもわからねえ。だが、長年積み上げてきたものを崩される屈辱がわからないほどバカじゃねえ……と思いたいが」


 子音さんが苦々しい顔をしながら、すくと座っていた椅子から立ち上がる。何かを決意した顔にも見える。


「俺は早速だが、部活動創設の手続きをする。お前らは部活動の見学ついでに十二支探しでもしてろ。セレンが俺らの鍵なら、十二支について知ってもらわなければならねえし、ウシに色々聞いとくといい!」


 仕事が早い。言葉を捲し立てたかと思えば、姿はすでに見えず。返事をする間も与えてくれない。そして丑理さんは何の反応も見せない。


 この人の表情筋は生きているのだろうか。再び沈黙による気まずさが戻る、かと思った。


「……少し、額を貸してくれるか?」


「え……?」


 額……? おでこのことだよな。突飛な言動に困惑して固まっていると、自分のよりも大きく骨張った手が額に当てられる。

 同時に彼は目を閉じて、何かを思案しているかのようだった。


「えっと、丑理さん……?」 


「む……」


 先ほどは無表情であった顔がわずかに歪められる。何をしているのかはわからなかったが、何かを探っている。そんな感じがした。

 緩やかに目が開かれるが、眉間のシワはそのままであった。


「……何か、怪しげなモノに接触しなかったか?」


「怪しげな……? 特にしてないと思いますが……えっと、何かあるんですか?」


「……いや……杞憂……か?」


 杞憂……? 何か心配なことでもあったのだろうか。まあ自分は神に造られて、神と人間の記憶の入った妙な存在であることは間違いない。


 丑理さんは俺の額に当てていた手を離し、再び目を瞑る。目を開ける気配がない。

 まさか寝てしまったのではないかと、彼の顔の前で手を振るも、反応はない。


 せっかくなので、この機に自分が仕えるべき元No.2を観察してみることにする。


 ウシ、と聞いて記憶から思い浮かぶのは、牧場にいる白黒……だが、人間となった姿は髪も瞳も黒。白の要素が見当たらない。

 種類が違うのかな、黒毛和牛……? などとぼんやり考える。


 そうして何分過ぎただろうか、俺は眠くなってきた。窓から吹き込む春風が丑理さんの髪を靡かせて、和やかだなあ、と思った瞬間、勢いよくカッと開いたのだ。


 何がというと、目の前の漆黒の瞳が、だ。


 当然、生まれたての幼い精霊は大変デリケートなので、びっくり仰天、小さな悲鳴を上げて教室の床に尻から激突する。


「やはり……鈍っているな。人間になるというのも、考えものだ……む、精霊……なぜ地べたに」


「い、いえ……何でもないです……」


 なるほど。子音さん並みに厄介なのかもしれない。


 牧場でゆったりのんびりと暮らす、マイペースな牛のイメージが、俺の脳内を駆け巡ったのであった。

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