第4話 子
鼠色の短髪に、空色の瞳が美しい。ああたしかに、彼は人外と言ってもいいくらいの容貌だ。
俺は今、その子音という青年と共に、校内を歩いているのだが。
「なるほどな。人間の世界を知らない十二支が、人間界で暴走しねえように手助けしてやれってことか。ふうん、災難だなお前も」
「はい……そうなんです」
散々質問攻めにされた。十二支選抜はどうやってするのか。何故精霊が創られているのか。
そもそも何故人間界に飛ばしたのか知っているのか、とか……疲れた。全部わかりませんって答えちゃった。
――十二支第1位、子ことネズミ。ネコを騙し、ウシの背に乗り、楽して1番になった、狡いと評される十二支。今は鼠入子音という人間名で、人間界にいる。
「俺も色々聞きたいことがあるんですけど……ネズミさんは、もう一度十二支になりたいんですか?」
「……当たり前だろ」
質問をした瞬間に表情を歪め、また真顔に戻る。静かに怒りを堪えているような気もした。無神経だったかもしれない。俺には、動物の大将という地位の重みは計り知れない。
彼にとっては、苦労して手に入れたものが、一瞬で奪われてしまったのだ。
いや。苦労、してないか……?
まあとりあえず謝っておこう。後が怖いし。
「すみません……無神経でしたね」
「……俺はまた首位を目指す。手段を問わず、必ず勝つ。そのために手掛かりを探してたんだが、神の使いが何も知らない時点で拍子抜けだ」
「何も知らなくてすみませんね……!」
ため息をつかれた上に物言いがチクチクする。これが噂の十二支首位かっ……!
「そういえば、他の元十二支さんの行方については知っているんですか?」
「ああ。大方見当はついてるが、特に手を貸す予定も、借りる予定もない」
「え。何でですか? 仲間は多い方がいいんじゃないんですか?」
「……元の仲間も敵だ。蹴落とさなければならない。情なんかかけて、碌な事にはならねえ」
他の元十二支たちを敵だと言う。しかし、その姿に迷いが浮かんでいるような気がするのは気のせいだろうか。
神が与えた記憶には、十二支たちが仕事をする様子もあった。ネズミは働き者で、意外にも世話焼きだった。絵本の中だけでは、打算的な考え方をするイメージが強かった。
しかし神の記憶のネズミは、十二支首位として、天界で問題ごとが起きればすぐさま行動し、他の十二支と連携を取り合うなど、まさしくリーダーの鑑であった。
また好奇心も強く、下界のことを積極的に知ろうとしていた。人間になっても仕草にあまり違和感がないのは、そのおかげなのだろう。
「俺は、あなたがかつての仲間を見捨てるとは思えません」
「はあ? 何故そう思う。お前に俺の何がわかるってんだ」
「あなたは意外にも、仲間思いのはずだ。元十二支以外の動物が新十二支になれば、何もかもが変わってしまう。たとえあなたがまた十二支になれたとしても、他の動物と、前と同じように仕事ができますか?」
「…………チッ」
舌打ちが響く。苛立っている様子だ。でもこれは、俺が言っていることが図星ということで合ってるのかな。
「ネズミさん。あなたが望むままに、行動していい。俺は、神様がお与えになった役目の通り、十二支に力の限り尽くし、選抜が終わるまで、あなたたちの手足となって働いてみせる!」
きっと、彼は……この異様な事態に、どうすればいいかわからなくなって、長年大事にしていた地位が壊れるのが怖くて、仲間を切り捨てるなんて考えにまで至ってしまったんだ。
まあ完全に……憶測と言わざるを得ないけど。
だけど、どうしても、伝えたいと思った。ネズミさんが苦しそうに見えて、支えてあげたいと、突き動かされるように発言したのだ。
ネズミさんは、一瞬目を丸くしたと思えば、ため息つきながら俯き、頭を掻いていた。
「生まれたての雑魚精霊が偉そうに……はぁ、これだからあの神は嫌なんだ」
「ざ、雑魚!? え、ちょっと。どこ行くんです、ネズミさん!?」
「……ネズミさんって呼ぶのやめろ。今は人間なんだからよ。セレン、ついてこい」
「……はいっ! 子音さん!」
顔を上げたネズミさんの空色の瞳に、もう迷いは浮かんでいなかった。ついてこいという強気な口調に、弾んだ声で俺は答える。
ああ、よかった。思いが通じたのかもしれない。こうやって、少しでも元十二支の役に立っていけたら……
追う背中は小さい。なのに、頼もしく見えて、不思議だ。ネズミさん……子音さんについていけば、全てうまく行きそうな気すらする。
どこに向かっているのだろう。他の元十二支のところだろうか。それとも、部活動見学だろうか。
「ところで子音さん。今って部活動見学の時間ですけど、どこに行くんですか?」
意を決して聞いてみる。子音さんは歩む足の速度をまったく緩めないし、こちらを振り向く気配もない。だけど、しっかり返答はしてくれた。
「あー、見学は後々だ。これからの方針をお前に話す。だからまずは、1組の教室に来てもらう。お前に会わせるべき者がいるからな」
「会わせるべき者……!」
もしかしてまた、元十二支に会えるのかもしれないと嬉しく思って、期待に満ちた声を出す。
しかし子音さんは鼻で笑った後こちらを振り返り、意地の悪い笑みを浮かべ、こう言ったのである。
「十二支第2位、丑だ。覚悟しといた方がいいぜ」




