第36話 園芸
次の日の放課後。俺は1年1組に、当番十二支である丑理さんを迎えに来ていた。
放課後になったばかりだからか、教室内に生徒たちはたくさんいる。
その中でも、一際目立つ生徒は……なんと、オーバーオールを着ていた。
困惑。しかし彼はいつもの澄まし顔で、おそらくクラスメイトであろうか、人間と話していた。
「牛戸くん、我が園芸部に興味があるなんて嬉しいなあ!」
「む……あちらの生徒も、見学だ」
「えっ」
「あっ! 7組代表の一神くんじゃないか! 何やら凶暴なヒヨコが脱走して大変だったらしいね」
なんでヒヨコの話が広がってるんだ……じゃなくて。
「あはは……えっと、はじめまして。俺は動物愛好部の部長で、1年7組の一神セレンです」
「僕は1組の花出薫。一神くんは有名だから知っているよ。どうぞよろしく!」
「よ、よろしく……」
花出くん、か。丑理さんと会話していることに心配を覚えるが、彼も話題を振ってくれるタイプだろう。気まずい空気は全くない。
「いやあ、それにしても牛戸くんのガーデニングユニフォーム、似合っているね!」
「……ガ……デ……ユニ……?」
丑理さん、困惑しちゃったな……ずっと思ってはいたが、十二支って、少し外国語に弱い気がする。
オーバーオールとか言ったら通じるのかなと、彼の服装を見て思う。
「花出くん。丑理さんが園芸部に興味があるって、本当?」
「本当本当! 僕がこの前花壇の管理をしているとき、熱心に見つめられてね……そういうことができる部活動とやらはあるのか、って聞かれたんだよ」
「へえ……! じゃあ、俺と丑理さん、見学してもいいかな。俺は兼部できないけど、園芸部がどういう活動してるのか知りたいし」
部長は、兼部することができないと校則で決められているらしい。まあ、当たり前のことではあろう。
「歓迎するよ! じゃあ早速行こうか!」
そうして俺たちは、学園のとある一角の……花園に案内されることになった。
丑理さんと横並びになって花出くんを追っていく中、俺はこの状況を意外だと思っていた。
口下手な丑理さん。だけど、彼は自ら花出くんに話しかけ、見学の約束まで取り付けた。
昨日は子音さんに人見知りという設定を付けられていたけど、あれは多分嘘だ。
「丑理さん、園芸に興味があったんですね」
「……土に触れていると、癒される。私が土五行ということもあるだろう」
「なるほど! 子音さんも、水が好きだったり?」
「……アイツは、なぜか剋された水を好む」
「ああ……」
またもや浮かんできた下水とネズミのイメージと、藻の生えまくった水にためらいなく手を突っ込んだ子音さんの姿が、合致してしまった。
水があれば、力を使わずして操れる。子音さんがそう言っていたことを考えると、土のあるところに惹かれる丑理さんにはうなづける。
「あ、そうだ丑理さん。俺、気づいたことがあって」
「む……何だろうか」
五行の話から、俺は昨日ノートに生み出した、例の五行魔法陣について思い出す。
丑理さんは当番だし、見てもらおうとカバンからノートを出す。
「相生相剋の関係って、もしかしてこんな風に魔法陣みたいになるんですか?」
「む……この図は……十二支なりたての時、手元に置いていたな……」
「そうなんですか!?」
どうやら合っているかもしれないという期待が、俺の中に膨らむ。
「……水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り、木は土より養分を吸い取り……土は水を汚しせき止める」
丑理さんが、俺のメモ帳に描かれた魔法陣の矢印をたどる。さながら、解いた問題を教師に採点してもらう時のドキドキがあった。
「……合っているな。それが、五行相剋だ」
「本当ですか……! 嬉しいです……自分で考えたことが合っていたなんて」
「……相生相剋については、大丈夫そうだな」
「はい。とりあえず、陰陽五行の関係性については何となくわかりました。でも……記憶は戻りそうにないですね」
自分が考えていたことが合っていたという喜びも束の間だった。
知識を取り戻したところで、記憶は戻るのか。弱気はやめようと子音さんに示したはずなのに、不安は何度も俺に襲いかかってくる。まるで、呪いのようだ。
「……何事も、急く必要はない。難易な呪いには、根気強く向き合う必要がある……私も、そうだからな」
「え? それってどういう……?」
聞こえるか聞こえないかわからない大きさのその呟きは、丑理さんが前方を指差したことでかき消されてしまった。
「む……セレン、案内人が見えなくなりそうだが……」
「やばっ! い、急ぎましょう」
丑理さんの言葉は、わかりづらいことが多い。子音さんなら、先ほどの言葉の意味がわかるだろうか。
丑理さんの様子は気になる。でも今は、目の前のことに向き合っていこう。何事も急くことはないと、丑理さんも言っていた。
いや……花出くんは見失っちゃダメだから急がないとなんだけど。
「おーい、2人とも! こっちだよー!」
丑理さんと話している間に、目的地には近づいていたようだ。
花出くんの遠い背中を追っていけば、色とりどりの花で飾られたアーチが俺たちを出迎える。
まるで、別世界との境界。というのも、アーチの向こう側が、何というべきか、中世の城にあるような庭園のように見えたからだ。
「……この先が、園芸部の管理する花園なの?」
「そうだよ! 僕も管理してるけど、管轄はまだ小さいんだ。あ、ちなみになんだけど、丑理くんはお花と野菜、どちらを育てたいかい?」
「ふむ……花と野菜……」
「花と野菜、育てる人が分かれてるの?」
「うん。花園部門と菜園部門があるんだ。僕は花園部門で、メインはそのまま、花のお世話。菜園部門は、時期に合わせた野菜を育てて、収穫したものを学園祭で販売したりするよ」
「へえ! 楽しそうだね」
人間の記憶によれば、一般の園芸部も同じような活動をするようだ。
まあ、花園部門とか菜園部門というようには分かれてはいなく、包括的にやるようだけど。
花も野菜も、育てるのに土には触れる。
丑理さんはどちらがやりたいのだろうと思っていたが、彼は迷う様子なく、花出くんの問いに答えた。
「菜園部門だな。畑を耕すのは得意だ」
「オッケー、菜園部門だね。もしかして、ご実家が農家なのかい?」
「…………似たようなものだ」
よかった。丑理さん、馴染んでいる。花出くんと普通に会話していて、彼がウシであるということを微塵も感じさせない。
花出くんからの質問に、子音さんのような当たり障りのない回答もできている。
俺が思うに、丑理さんや子音さんは、他の十二支よりも、見ていて安定感がある。
人間らしくある、という課題は難なくクリアできそうだ。
そうなると必然的に、どうやって人間からの人気を得るかが、やはり問題になってくる。
「……ところでだが、畑に牛を連れてくることは可能か?」
「は!?」
あ、待って。いきなり変なこと言い出した。
「ああ! 牛耕するのかい? さすが動物愛好部! ちょっと部長に聞いてくるよー!」
「ええ……」
花出くんは花園の中へと走っていってしまった……恐ろしいのは、丑理さんの発言が、意外にも通りそうなことだ。
確かに、牛は昔から農家にとって結びつきが強いし、畑を耕すこともできる。
え、丑理さんが畑耕すの得意って言ったの、そういうこと!?
「……セレン、聞きたいことがある」
「えっ、はい。何でしょうか?」
「……人の関心を引く。そのためには、そのものがあるべきだと、私は思う。故に、私は牛を用い、畑を耕すことを思いついた。これは、よくない行動か?」
俺は、ハッとさせられた。丑理さんは真剣に、人間から人気を集めることを考えているのだ。
十二支に1人1人に、真剣に向き合う。俺は、そうするんだ。
「……園芸部の許可が降りればですが、とてもいいと思います。園芸部が牛を使って作物を栽培する。これは目新しいので、人の興味を得られると思います。それに、学園内に牛を飼うということになりますから、それだけでも話題になるかと」
この学園に、なぜか飼育部はない。だからこそ、学園内に動物がいるという事実だけで、気を引ける。
実際、ヒヨコの事件の噂は瞬く間に広がり、意味がわからないが俺の知名度が上がっている。
「丑理さんがやりたいこと、思うがまま、思い切りやってください。俺は部長として、問題が起こったら全力で責任を負いますし、人としての間違いがあれば全力で止めます」
うん、俺ができることはそれだ。
十二支自身がやりたいことをやってもらって、人間としての行動は正す。十二支がやりたいことに全力で応える。
「……ああ。ありがとう、セレン。お前も、もっと自信を持つといい」
「はいっ!」
「おーい! 許可が出たよ! 動物愛好部は、動物に責任を持つことになっているから大丈夫だろうってさ!」
花出くんが戻ってきた。許可が出たことに、改めてこの学園の異質さを思いつつ、丑理さんの要望が叶いそうで良かったという気持ちだ。
「……作物が育ったら、食べてもらおう」
「楽しみにしてます!」
牛戸丑理。やはり、彼は他の動物より先を行く存在だ。
彼の育てる作物と共に、彼の努力が実ることを、心から俺は祈った。




