第34話 相剋
十二将学園屋外プール。シーズンオフのため生徒が立ち寄ることはない。
なのに、自校の生徒どころか、他校の生徒がここにいる。
「あちらはネコちゃん。人間名は猫口玉置。どうしてもネズミくんを倒したいそうで。あ、僕は6番目の神の分身、六神ドレン。とある高校で、動物の面倒見てるんですよ」
「は、はあ……?」
ただでさえ異常な状況で理解が追いつかない。この人間は何を言っている? 俺と同じ、神様からの分身の精霊だって?
俺が十二支を担当するように、彼は他の動物の導き手としてこの世界に存在しているということなのか?
「セレン! 何ボサっとしてんだ! そいつに懐柔されんなよ! 情報を引き出せ!」
「い、いや、そんなこと言われましても!?」
思索の海から引き上げてくれるのは、いつだって彼の声だ。 しかし、目の前に当の本人がいるのに、情報を引き出せなどと大声で言うものではない。
「よそ見して余裕ぶるな! ネズミィ!」
「余裕だけどな」
子音さんは自ら攻撃するというわけでもなく、猫口さんの拳なら連撃を見切り、かわす。
猫口さんをおちょくっているのだろうか、彼に隙が生じるごとに、子音さんは彼の背中をつついてみたり、足を引っ掛けて転ばせたりと、遊んでいる。
「はは、お兄様が仕える動物は利口そうで羨ましい」
さて、子音さんのことは心配ない。俺はこの、自分の兄弟精霊とやらに向き合わねば。
「えーと……ドレンさん、でしたね」
「ドレンでいいですよ、お兄様。敬語も要りません」
柔和な笑み、好意的。でも、底が知れない。眼鏡をかけていることがイメージに影響しているのだけど、策を巡らせることが得意そうに見える。
「……ドレン、くんも、神様から使命を与えられて、この世に生まれたってこと、だよね?」
だからこそ、情報を引き出すなんて、安易にできる気がしない。そう思って、ダメ元で質問をぶつけた。しかし、彼は意外にもおしゃべりであった。
「そうですね。お兄様と同じく、人間2人分の記憶を与えられました。そして、こう命令されましたよ。『元十二支に対抗できる12人を揃え、元十二支を打ち破れるほどの十二支候補を作れ』と」
「……あの、俺が言うのもだけど、それ言っていいの?」
「ええ。どうせ他のお兄様たちも同じ使命なので」
驚きで、すぐには言葉が出なかった。俺以外の精霊が全て、新十二支の育成を命じられているというのか。
神様は、元十二支が再び十二支になることを望んでいない。その事実が、目の前に提示されてしまったのだ。
「神様は、元十二支がお嫌いで……?」
「いいえ。嫌いというよりは、いわゆる歪んだ愛というものでは? 気持ちは全然わかりませんけど」
「歪んだ愛……?」
まったくもって意味がわからない。意味深に笑うドレンという精霊の底知れなさが気味悪い。
「まあ僕は、ネコ、猫口玉置が元十二支に対抗できる可能性があるか、検証しに来ました。本題では圧倒的な人気で勝てるとはいえ、策士が元側にいる以上、油断できませんから」
この際、神様がどう思うとかは関係ないな。
それぞれに思うことはあれど、元十二支たちは、再びその座に戻ることを望んでいるのだから。
「なら……俺たちは敵同士になるね。俺は、絶対に十二支を全員元に戻すから」
ドレンという精霊は、俺が敵意を表明しても、余裕ありげに微笑むだけだ。何だか相手にされていないようで、悔しかった。
「あーっ! ネコちゃんが水に落ちちゃった! きったないですねえ!」
「うるさいドレン!」
いつも間にやらネコ……猫口さんはプールに浸かっていた。子音さんは対比的に水面に立ち、自らの宿敵を見下ろしている。
「お前は十二支になれねえよ」
先ほど遊んでいたと思えないほど、何の温度もない一言が、刺すように放たれる。
猫口さんが悔しげに唇を噛み、子音さんを睨む。隣からため息が聞こえて、精霊は猫口さんの方に近づいた。
「玉置くん。頭に血が昇っていては何もできません。闇雲に殴り合ったって今まで通り。せっかく五行を頂いたのですから、使わずして何になるというのです?」
「はっ、そうだったにゃ!」
俺はこのとき、俺が理想とする精霊の姿を見た。窮地に陥った猫口さんに、的確な助言をする。
今の俺に、彼のようなことができるだろうか。
「へえ、セレンも記憶操作されてなきゃ、お前みたいだったのかもな。俺らが元十二支とはいえ、仕える精霊まで呪うのはやりすぎじゃねえか?」
「子音さん……」
「はて、記憶操作……ですか」
ドレンは子音さんの言葉に思うことがあるのか、眼鏡のブリッジ部分を押さえたまま、考え込んでいた。
そして隣にいる俺に、背を向け距離を空けた瞬間、大量の水飛沫が襲いかかってきた。
この精霊、水飛沫が来るのをわかって距離を取ったのか。
プールの水位は半分くらい下がり、猫の手のような形を成して、水は子音さんへと向かっていく。
しかし彼はひらりと身軽にかわす。攻撃対象にかわされてしまった水は、そのまま後ろの更衣室らしき小さな建物目掛け、勢いよくぶつかり破壊した。ネコパンチの破壊力じゃない。
「壊した!? ちょっと、ドレンくん! これって減点じゃ!」
「大丈夫大丈夫、後で勝手に直りますから」
「は!?」
「陰式の水五行ねえ。水嫌いのくせに? なあ、五行もらっただの云々言ってたが。もしかして、十二支以外の動物は陰陽五行って選べんのか?」
子音さんは建物が壊れたことに全く動揺せず、ドレンに向かって問いかけていた。
「……ええ。多少決まり事はあれど、選択できますよ。あなた方は前任なので多大なハンデがありますが、こちらは有利に進められます」
「ふーん。陰式の土五行にしてりゃ、勝機はあったかもなあ?」
「いえ、元首位様。まだ勝てますよ」
「あ?」
「よく言うでしょう? 猫は七代祟るって」
ドレンがそう言ったとき、場の空気の温度が下がった気がした。どうしようもなく嫌な予感がし、それはすぐに的中してしまった。
子音さんの足元がふらついて、そのままプールサイドに片足をついたのだ。
「……チッ。よりによって……純粋呪いかよ」
「やはり本当なんですね。元十二支首位・子は、呪いへの耐性が無いって話は!」
「子音さんっ!」
「おっと、ダメですよ。動物間の決闘に干渉しては。僕たちは神の目として見届けるのが使命です」
「何を言って……!」
「……そいつの言うとおりだ。俺とネコの戦いに、水を差すな。だが、しっかり見ておけ……俺とネコ、どちらが勝つかをな」
だいぶ苦しげな表情なのに、どうして勝気でいられるのだろうか。手を出すなと言われた以上、俺は見守る他ない。
「強い呪いほどその身に還ってくる。お前、苦しいだろ? 今日は随分と静かじゃねえーか。ネコ被ってんのか?」
対して猫口さんは、子音さんの煽りにも反応せず、緑色の水に半身浸かっては彼を睨み続けている。
その様子は確かに、先ほどよりも元気がないように見えた。
「何もせず、待っていりゃ勝てるくせに……お前は自ら精霊に利用されにいっては、苦しんでいる……違うか?」
「もう騙されたりはしない。おまえを十二支にしないことがオレの復讐になる」
猫口さんが手を上げれば連動するように、水は先ほどと同じく子音さんに襲いかかる。
未だ膝をついている子音さんが、避けられるとは思わない。更衣室を破壊するほどの威力のネコパンチを、彼が受ける……?
どうすればいい? 俺はどうしたら、彼を助けることができる?
もうダメだと思った。しかし水は、子音さんへと届かなかったのだ。
「んにゃ!?」
「はあ……土五行ですか」
土が壁となり水を堰き止めた。猫パンチは土壁により形を崩し、水飛沫となって分散する。
「……玉置さん。たった今、勝率は0%になりましたが。どうします?」
「はあ? 何で勝てなくにゃるんだ?」
「……ご覧ください。あちらを」
「む……」
「えっ、丑理さん……?」
土壁からひょこりと顔を出し、こちらを伺う丑理さんがいた。
その姿には、頭から立派なツノが生え、その下あたりには牛の耳があった。
「ウシ、邪魔するにゃ! オレはネズミに用がある」
「ならば……私が相手をしよう」
「おまえ、昔からずっとおかしなやつにゃ。どうしてネズミなんか庇う」
「相手するのは俺とウシだ」
「「え」」
あ、ドレンくんとハモってしまった。猫口さんは口を開けて絶句していた……ネコ科ということもあってか、寅琳さんの驚いた顔にちょっと似てる。
「一対一で戦えなんて、そんな決まりないだろ? なあ?」
「……ああ」
「コイツら……卑怯にゃあ! なあドレン!」
「ふむ……残念ですが、確かにそんなルールはありませんねえ。頑張れ、玉置さん!」
「どっちの味方にゃおまえぇ!」
さすが伊達に正規ルートを外れて1位2位になっていない。ルールの抜け穴というものを、彼らはもう見つけているということなのか。
「セレン、授業の続きだ。いいもの見せてやるよ」
「は、はい」
さっきと打って変わって、子音さんはすっかり元気を取り戻していた。
「俺はさっきお前に『相生』を見せたが、『相剋』とは何を指すのかわかるか?」
「……そうこく? わ、わかりません」
「えっ、相剋をご存知でないのですか!?」
わ、ドレンが詰め寄って来る。相剋というものを知らないことは、彼にとってはあり得ないことなのか?
「おいネコ、陰力もらってるってことは、相剋くらいわかんだろ?」
「んにゃことくらいわかる!」
「じゃあお前、ウシに勝てるわけないよな?」
子音さんが笑うと、丑理さんがプールサイドから飛び出し、水の中へと飛び込んでいく。
「土すなわち、水を汚し水をせき止め、水の性質を失わせるってな」
「五行相剋・土剋水」
丑理さんが水に触れた瞬間一気に土で濁る。流動性が失われ、土によって水は、どんどん泥へと変化していった。
「玉置くんっ! 引いてください!」
ドレンは猫口さんを助けに行こうとしているのか、彼の方に飛び立っていこうとした。
しかし、いつの間にやらこちらに移動していた子音さんに、引き止められる。
「動物の決闘に干渉するな、じゃねえのか?」
「……あなた、呪いは解けたのですか?」
「あいにくアイツは俺と違って、十二支いち呪いに強いもんでね。共有した上で打ち消しちまうのさ。なんせ俺ら、支合だからな」
「なるほど、支合……! あはっ、失念していました」
「……ネズミ、ネコを拘束したが」
「そのまま置いておけ」
「うにゃああ!! 抜けないにゃあああ!」
猫口さんは泥まみれになって暴れていた。とはいえ、やはり気持ちが悪いのは六神ドレン。
この状況でもニコニコと笑っていて、何を考えているのやら。
「……僕たちの負けですね。大変勉強になりました。ありがとうございます。大人しく帰りますので、ネコちゃんを解放していただけます?」
「色々情報をくれたらいいぜ?」
抜け目なく交換条件を要求する子音さんだが、ドレンは曖昧に笑って、その場からプール内まで一瞬で移動した。
「チッ、神通力か……! ウシ!」
「む……すまない。抜けん」
「何でお前まで泥にハマってんだよ!」
ドレンくんは、ぬかるみにハマってしまった猫口さんを引き上げ、そのまま飛び去っていってしまった。
「記憶操作の件、僕にも協力させてください。あなたは、精霊の中で最も大事な存在ですから」
帰る寸前、ドレンくんは俺にこう、耳打ちをしていった。
六神ドレンという精霊。俺は「一神」だから、少なくともあと精霊は4人はいるはず。二神、三神、四神、五神、といったところだろうか。
きっと、猫口さんが子音さんを追い詰めることができたのは、彼のアドバイスのおかげだった。
これから先、精霊が動物を連れて俺たちを攻撃してきたとき、俺はどうすればいいんだろうか。
ドレンくんの言うことが本当であれば、彼らのように、俺たちを襲ってくるはず。ただ見ているだけでは、いたくない。
「あーあ。逃げられちまった。またごちゃごちゃ考えてんのか? セレン」
「子音さん……」
「で、どうだ? 見ただろ? ウシの相剋」
「む……私は陰式土五行。水の勢いを弱め、打ち消すことができる」
そうだった。俺は記憶を戻すことが先決。十二支の記憶を補完できれば、ドレンに追いつけるはず。
彼らが協力してくれることが1番ありがたいのだ。
「相生とは反対に、生み出すのではなく、壊す能力……ってことですね。あ、子音さんが猫口さんに、陰式の土五行だったら勝てるかも、と言ったのは」
「俺が水五行だからだ。とはいえ、土五行だろうと、水五行が勝つ方法はいくらでもあるけどな」
「そうなんですか?」
「……陰式は五行のうち、1つの属性しか使えない。だが、陽式は相生がある以上、全ての属性を扱える」
「なるほど……」
「陰式ほど火力は出ねえけどな。陰式の攻撃を、後ろの建物みてえにまともに食らえばひとたまりも……あ?」
「どうかしまし……え。更衣室が直ってる!?」
「む……私が剋した水も戻っているが……」
「え……緑じゃない!?」
ドレンが、更衣室が破壊されてしまったことに気を留めていなかったのは、こうなることを知っていた?
思うことがある。
修復がされてない場合、俺たちは更衣室を壊し、プールを汚した責任を問われる。
実際壊したのは猫口さんだから、ある意味責任をなすりつけられることになり、俺たちは不利になる。
猫口さんが来なければ、生まれなかった損害。
そして、動物同士の戦いの間に精霊が立ち会わなければならないという規定。
「君たち、何やら騒がしいようだけど何して……えっ、プールが緑じゃない!」
そう、こんな風にいつ誰が現れるのかわからない。更衣室を破壊なんて大きい音を出しといて、教師がやってきたのは今更だ。
神通力がどういうものかはわからないが、ドレンの何らかの力が働き、人払いや修復を行ったと考えるのが自然じゃないだろうか。
あ、待って……教師がやって来たってことは。
「子音さん、丑理さん! 耳とかツノ! 戻してください!」
子音さんはとっくに戻していたようだが、丑理さんがツノを触りながら首を傾げている。
ああまずい。教師の視線がこっちに……! 何とかごまかさなければ!
「ウシっ! 早くしろ」
「……どうやって戻した?」
「なんでお前は毎回! こういうとき鈍くせえんだ! とにかく人間に戻ると強く念じろ!」
「あれ、7組の一神と、うちの凸凹コンビじゃないか。お前らって仲良かったんだなあ」
「……凸凹コンビ?」
「そう、凸凹コンビ! 小柄でお喋りな鼠入と、長身で寡黙な牛戸。正反対なのに一緒にいるの、面白くてなあ。で、何で牛戸は隠れているんだ?」
「それは……」
子音さんが丑理さんをしゃがませ、隠してくれたおかげで、牛の耳やらツノやら生えていたことには気づいていない。
そのことに安堵しながらも、どうごまかすかで頭がいっぱいになっていた。
「白水先生は生徒をよく見ていらっしゃるから、丑理が人見知りなことはご存知でしょう? ここにやって来たのが先生かどうかわからなくて、驚いてしまったんですよ。な?」
「む……」
子音さんの呼びかけに立ち上がると、彼は完全な人間に戻っていた。ひとまず良かったと胸を撫で下ろす。
「そうかそうか! 牛戸、俺だ。白水だ。お前の担任だから怖がらなくて大丈夫だぞー」
丑理さんは白水先生に対し、こくりとうなづく。
丑理さんが人見知りというのは真実かはわからないが、彼の反応に先生は満足していたようで、朗らかに笑っていた。
「鼠入がプールを見学したいというのは事前に聞いていたが、いったいここで何をしていたんだ?」
第2ラウンド開始。白水先生はすっかり綺麗になってしまったプールの水に触れながら、子音さんに問いかける。
快活に笑うだけの先生の質問が、どのような意図を含んでいるかは読めない。
だけど、子音さんは胡散臭い笑みを崩さず、なんてことないように先生へと向き合ったのである。




