第33話 相生
残念ながら、教室に戻ったら全部授業は終わっていた。
いったいどれだけの時間を俺は気絶していたのやら、不安でたまらない。
クラスメイトは、心配して俺に駆け寄ってくれた。
しかし、ヒヨコの化け物に追いかけられたとかいう妙な話を広めているのはやめていただきたい。
さあ、放課後だと思って気合いを入れて部室に行った。
しかしあろうことか、部室内にいたのは鼠入子音、彼1人であったのだ。
「……さて、お前が十二支について、知りたいことは何だ?」
「えっと……何で俺は今、子音さんと一対一でお話ししているんですかね?」
「さっき言っただろ? お前の記憶を戻していくって。今日は俺が当番だ」
え、当番って何。会合の記録を見たはずなのに、知らないところで話が進んでいる!
「……それはありがたいんですけど。他の十二支のみなさんは……部室に来ないんですか?」
やはり、正式に全員が入部したわけではないのかと不安が募る。しかし子音さんは俺の不安をよそに、別の話をし始めた。
「セレン、邪神からの手紙を見たよな?」
「え? 見ましたけど……」
「2枚目の加点条件、人間らしくいろ、学生らしくしろ、人助けをしろの3つ。俺はこれらを全て満たすのに、お前に聞くまでもなくいいことを思いついた!」
さらっと邪神扱いされている神様はともかく、子音さんは自信満々に指をビシリと俺に突きつける。「お前に聞くまでもなく」を強調しているし、彼の競争心は相変わらずのようだ。
「それすなわち」
「それすなわち……?」
「兼部だ!」
「はい?」
兼部。複数の部活動に所属することだ。メリットとしては、人脈や視点が広がることだろうか。しかし、動物愛好部を疎かにしては元も子もない。
「この学園は、兼部を推奨している。優秀かつ多彩な才能の教育を重んじているわけだ。学生らしさをここで満たす」
「そんな無茶な……」
「外を見てみろ」
子音さんに言われるまま、部室の窓から外を見る。視界に映ったのは……多分、陸上部の活動風景。
問題なのは、そこに健午さんと亥寧さんがいたことだった。
「うおーーっ!!」
「わはーーっ!!」
「え……速っ!? ってか、何してるんですか!?」
「体験入部だ」
2人は凄まじい速さでグラウンドを走っていき、周りの生徒の視線を一気に浴びていた。あ、寒気してきた。
「え……じゃあまさか他の十二支も……?」
「そうだぜ。もう入部する部活動を決めてるやつもいるかもな」
「子音さん……一言言わせてもらっていいですか?」
「ん、なんだ?」
人間界での振る舞いが、選抜の評価に影響する。当然、人との関わりがあればあるほど、トラブルというものは起こりやすい。
だからこそ十二支が問題を起こすという、嫌な想像ばかりが脳にちらついて、俺は焦ってしまったのだと思う。
「……兼部については、動物愛好部を疎かにしなければいい案だと思います。ですが! 人間離れした能力を見せていいんですか? 人間にバレたら失格ですよね? そもそも十二支全員、動物愛好会に入部できているんですか!?」
「お前俺を舐めるなよ。とっくに入部届は書かせた。ばれる云々は失格にならないよう加減しろと言っているし、陰陽力の行使の一切を人間にするなと命じてある」
俺が取り乱しても、子音さんは至極冷静だ。影響されて、俺も感情的になってはダメだと、落ち着きを取り戻しては疑問を口にする。
「……あの方たち、言うこと聞きます?」
「さあな。だがある程度は自由にした方がいいんだ。最初はな」
「どういうことです?」
「人間界でアイツらがどう動くのか、人間に対してどう接するのか、まずは見極めるんだ。最初に俺に泣きついてくるのは誰だろうなあ」
子音さんは本当に全員を十二支に戻す気があるのだろうか。悪い顔とその言動が、仲間を思うものとは思えない。
会合の記録から、彼が十二支を思っていることは確かなのだろうが。
「お前は当面、当番の十二支に接触し、監視と助言。役目を果たしてもらうぜ。部活動としての活動は、授業のない土日に定期的に会合を行う予定だ」
「急に部活動っぽいですね……!」
俺がちょっと声を弾ませて言うと、子音さんはそうだろうと言わんばかりに誇らしげだった。
「アイツらの本心はアイツらと向き合わねえと見えてこない。会合で言ったことも、本当のところはどうかわかんねえぞ」
「なるほど……まずは、みなさんの心からの願いを聞き出すことが任務ですね!」
「簡単に言えばな。ちなみにだが、俺の望みは変わらねえ」
「『完膚なきまでの十二支の復活』ですよね。言い換えれば、子音さんは1位を目指すことになりますね」
「ああ。だからお前に問う。最初の仕事として、俺に助言をしてみろ」
「……はいっ! わかりました!」
なるほど。十二支の望みの形に合わせ、助言なり協力をするようになるんだ。
いくら十二支の記憶が抜け落ちているとはいえ、人間の記憶がある。
やはり人間らしさを求められる今選抜において、役立てることには違いないのだ。
「ネズミが人間に人気を得るためには……人間の視点から見てどうすればいいと思う?」
「…………」
だが、人間だって万能ではない。
「おいっ! 無言になるなよ!」
ダメだ。どうしても屋根裏部屋だとか、下水道だとか、薄暗い空間で活動しているイメージしか想像できない。
しかし、某夢の国のキャラクターとか、某有名ゲームの看板キャラクターとかは、ネズミがモチーフになっている。
創作物においては、ネズミという動物は親しまれやすいと思う。
「子音さん……ネズミが人間に少々嫌われがちな理由、それは何だと思います?」
「人間に、古来から害を与えてきた動物だからだろ? 人間っつうものは害をなそうものなら、生態系構わずなんだって排除しようとする生き物だからな」
人間に対してそういう考え方をするのか……確かに、いわゆる「害獣」とされる動物は、人間に害を与えるからそう言われている。
でも、どんなものにだって、熱心なファンは存在するものだ。
「俺はですね、ネズミは一定層好きな人がいると思ってます」
ペンをとって、俺はホワイトボードに可愛くデフォルメされた、幼児でも描けるであろう、簡易的なネズミを描いた。
「このように、丸い大きな耳、つぶらな瞳、ヒゲなど、可愛らしい要素はあるんですよ。実際、人気を確立しているネズミのキャラクターは人間界に多数存在しています」
「お前は……俺がかわいいと思ってんのか……?」
「え? かわいいと思いますけど。あ、でも毛のない長い尻尾はちょっとゾワッとしちゃうかも……」
子音さんには非常に申し訳ないが、精霊とはいえ、俺も思考はほぼ人間のようなものである。
動物の尻尾に毛が生えていた方がかわいいと思う人間の方が、多数なのではないのだろうか。
子音さんは俺のかわいいという言葉にギョッとしたと思えば、尻尾について触れると少しムッとして、
「この尻尾のどこが気持ち悪いんだよ」
と言って俺に詰め寄った。頭に特徴的な丸い耳、ヒゲと、争点となっている例の尻尾を生やして。
「子音さんっ!? 何ですかその姿!」
「イタチと同じだろ。そんな驚くか? それより、どうなんだよ」
「い、いえ……ほぼ人間の姿なので、大丈夫です……」
「はあ? 完全な動物だとダメなのか? 意味わかんねえ」
俺もよくわからない。ただ、人の形であればネズミのようにカサカサと素早く動くわけでもない。基本的に二足歩行であるから親しみがもてるのだろうか。
それに、人間の容姿が優れているためか、いくら毛のない尻尾が付いていようが気にならない。
むしろ特徴的な丸い耳やヒゲが、彼のかわいさを引き立てている。こう、つい撫でたくなってしまうような。
「おいっ、触んな!」
「すみません! つい!」
いけない。好奇心で彼の耳に手が吸い寄せられていってしまう。嫌がった子音さんにより尻尾で叩かれた。毛がない分ちょっと痛いぞ。
「それにしても、どうして少しだけ動物に戻れるんですかね?」
「……この半端な姿になると、力が若干だが戻った気がする。人間に目立つのと引き換えに、力を得るっつうことかもな」
思えば、辰幻さんも龍の姿になって術を発動していた。そうなると、子音さんの説は正しいのかもしれない。
ただ、この姿は人間界では目立ってしまう。
「なるほど……でも、あまりその姿ではいない方がいいですね」
「そうだな。ま、人気云々の話は今日はこれくらいにして、お前の記憶戻しのために、見せておくべきものを見せる」
「見せておくべきもの……?」
「今日俺がお前に教えるのは、五行術だ。あくまで陽の使う、陽式五行だけどな。陰式は明日、ウシにでも教えてもらえ」
「よろしくお願いします!」
明日は丑理さんが当番ということか。となると、十二支の順番どおりに回るのか、それともクラス順なのか。
「よし。んじゃ、どっか水辺に行くぞ」
「み、水辺に?」
「俺は今、膨大な水がないと五行を使えねえ」
と、いうわけで……学校内にある水辺なんて、1つしか思いつかない。それすなわち、プールである。
子音さんの持っていた校内図のおかげで、すぐ場所を特定することができた。
だが今は4月で、プール開きにはまだ早い。繁殖しにしまくった藻は、見事にプールを緑色に染め上げていた。
「子音さん……勝手に入っていいんですか?」
よく考えたらこれって非行じゃないか。だいたいオフシーズンの学校のプールは、生徒は立入禁止だ。
「大丈夫だ。許可は得ている」
「そ、そうですか」
いったい何の許可だろうか。怖いので触れるのはやめた。それに彼が言うならば、本当に許可を取っている気がしてしまう。
「水質は悪いが、水量があるからいけんな」
そう言って子音さんは緑の水に手を入れた。全くためらいがなかった。
「子音さん……その水に触るの、抵抗はないんですか……?」
「ない」
即答しちゃったよ。普通の人間は、藻の繁殖した水に触りたくないと教えるべきか。
いや、きっと五行術とやらに関係するから、水に手を入れてるわけだし……
どうすべきか悶々としていると、何かが水から上がる音がした。
「え」
顔を上げるとそこには無色透明な水が……ネズミの形を成し、意思を持ったようにプールサイドを二足歩行していた。
「五行とは、水・木・火・土・金の5つの属性のことだ。そんで俺が属するのは水。水であれば操れるわけだ」
「えーと、こちらのネズミは」
「俺の五行術の一種で、分身みたいなものだ。ある程度の知能を持って、俺のために働いてくれる」
子音さんがそう言うと、水のネズミは小さな手を上げて敬礼した。かわいい。
「五行相生・水生木」
何やら呪文のようなものを子音さんが唱えれば、水は別の物質へと変容した。
「こ、今度は木彫りのネズミ……?」
心なしか、先ほどより一回り小さい気がする。
「水は木を生む。そして木は火を生み、火は灰となって土となる。土は地中で金属を育み、金属は表面に水を生む。こうして循環するんだ」
子音さんの言葉に合わせて、木彫りのネズミは燃え、すぐ土人形へと変わり、またその土から金属を生み出した。
メタルフィギュアのネズミになる頃には、水だった頃よりだいぶ小さくなっていた。
「す、すごい……!」
「これが基本の陽式五行術、相生だ。どうだ、何か思い出せそうか?」
「う、すみません。俺の記憶としては何も……」
「ま、そりゃそうだよな。五行は実戦じゃなきゃわかりづれえし。俺も本来は、こんなもんじゃねえしな」
「やっぱり、十二支は弱体化してしまったんですか?」
「まあな。今じゃ1匹分身を作るだけで、千匹作るくらい疲れるぜ……」
「せ、千匹!?」
「ちなみに分身は、自分の意思で状況に合わせて相生し、五行を変える。例えば、猫の頭上でいきなり燃えるとかな」
「何ですかそのイタズラ……」
きっと他の十二支も、子音さんのように五行術を使いこなしていたのだろう。
「思い出したいなあ……記憶。役立たずのままでいたくない……って、重いっ!?」
いつの間にやら例の金属のネズミが俺の手によじ登っていた。子音さんは鼻先で笑い、冷淡な声でこう言った。
「役立たずだの存在意義がないだの、自分が思っていたらその通りになるぜ。わかってんだろ? 自分を1番信じられるのは自分だけだ」
やはり彼はカッコいい。己に芯があって、ブレない。
俺は自分というものが、どうしても想像つかない。そのためか、すぐに弱気になってしまう。
ただ人間の記憶を入れられた、空っぽの器。そこに知識を注ぎ込んでくれるのが、子音さんたちなのだ。
「……子音さん。俺、あなたのこと、絶対に1位にします」
「トラのことはいいのか? アイツも1位になりてえだろうし、他のヤツらも何だかんだ上を目指すと思うが」
十二支の誰かの望みを優先して、他の誰かの望みを切り捨てるなんてことは、俺にはできない。
俺の考えは、狡いのかもしれない。多分、寅琳さんを目の前にしても、同じことを言ってしまうと思う。
でも、彼らは本気なのだ。だから俺だって、遠慮することなく全力で、できるだけの力を貸してあげたい。
「あくまで子音さんといるときは、子音さんの願いに注力するという意味です。もちろん、寅琳さんたちの番のときは、そちらに全力で力を貸しますよ」
「はっ、浮気者め」
「決意表明なので何とでも。そういえば、丑理さんは2位になりたいそうですよ。聞きましたか?」
「へえ。アイツがそんなこと言ったのか。十二支に入れれば何でもいいと思ってたが」
プールサイドで学生が2人会話をしている。
この光景は側から見れば、青春の1ページみたいなものだろう。ただ、目の前の水が汚くて台無しであるが。
しかし、子音さんが水をいじれば、きれいな無色透明の水柱が上がる。不思議だ。
「そうだ。そこまで協力的なら、お前に付き合ってもらいたいことがある」
「えっ、いいですけど。どちらに?」
「高等部2・3年校舎の視察」
「はい? 冗談ですよね!?」
「冗談じゃ……あ?」
子音さんの頭から急に丸耳が生えた。ピクピクと動かして、何かを探っているようだった。
「子音さん? どうかしましたか」
彼は、震えていた。先ほどまで堂々としていたのが嘘のように、捕食者に怯える小動物のようだった。
「ああ、本能的なもんだから気にすんな。それより、実戦できそうだぜ?」
カシャン、プールを囲うフェンスに、何かが当たったような音。
そちらを見れば、フェンスによじ登る奇妙な人間と、宙に浮いてフェンスを飛び越える変な人間がいた。
「玉置くん、いくら何でも仕掛けるのは早いと僕は思いますよ。まー何言ったって聞かないネコちゃんでしょうけど」
「うるさい! オレは一刻も早くアイツと戦わないと気がすまにゃい!」
「はいはい……突然のお邪魔失礼いたします。お兄様と、『元』十二支首位様」
「お、お兄様……?」
様子のおかしい来訪者に、戸惑う他ない。
急に現れて、俺のことをお兄様とか言う人間。制服はこの高校のものではないから、他校の生徒だ。
そして、睨み合う子音さんと、耳と尻尾の生えた三毛の青年。彼の正体は、間違いなく確信が持てた。
「ネ〜ズ〜ミ〜ィ! ここで会ったが百年目! 倒す!」
「好奇心はお前を何とやら、だったか。その通りになるぜ」
挑発する子音さんに、青年は飛びかかっていった。




