第32話 通達
「……情報量が多すぎるっ!」
俺は保健室のベッドから勢いよく飛び起きた。
何が原因かといえば、己の頭の中で流れていた、子音さん視点の十二支会合の記録によるものである。
(落ち着け、落ち着いて整理しよう……)
手慣れた様子で進行する子音さんに、順番に、思うがままに発言していく十二支。その様子に、既視感だけはあった。
そう、既視感だけ。いまだ十二支に関する詳しい記憶が思い出せないことに、呪いの存在があることを確かに感じてしまう。
だけど十二支はともかく、俺に関してはどうにも、神様が呪いをかけたようには思えないのだ。
十二支を支え導く役目のために、生まれたとき記憶を貰ったのだから。
俺の記憶については、子音さんたちが取り戻すのに協力してくれる。
いずれにせよ俺ができることは、彼らに人間らしい行動を取らせることだ。
幸い会合では、俺がこれから活動しやすいように、子音さんと健午さん……すなわち先導の双璧とやらが、命令を出してくれていた。
その期待に、報いる他あるまい。
よし、こっちも結論は出た。とりあえず教室に戻ろうと、カーテンを開ける。保健の先生はいないようだ。
学校の保健室というのはそこまで広くないイメージがある。
だけど、この学園は保健室もしっかりスペースを確保できていた。
薬を飲んだら戻るとは伝えたし、先生には何も言わないで戻っていいだろう。
さて、保健室を出ようと思ったとき、カーテンが閉まっているのが目に留まる。
待てよ。そういえば十二支会合内で、具合の悪そうな人がいたぞ。
もし違かったら謝ろう。よくないことをしている自覚はあったが、カーテンに近づき、少しめくって中を覗いた。
「あ、やっぱり丑理さんだ……!」
「……む。セレンか……」
思ったとおり、カーテンの向こうには横になっている丑理さんがいた。少し気怠げそうにしながら、ゆっくりと彼は起き上がる。
「すみません、丑理さんや亜未さんが具合が悪くなったのって、俺の呪いのせいなんですよね……」
「……私とヒツジが独断で行ったことだ。お前が案ずる必要はない」
「それでも、俺にかかっている呪いのせいなので……」
会合での彼の姿を思い出す。目をつぶって腕を組み、ぴくりとも動かず、子音さんからは疲労困憊していると言われていた。
また気になることは、亜未さんの言っていた鈴の件。たしか反呪の鈴……とか言われていたし、呪いに関係するものだろう。
「……あの、いきなり何って感じだとは思うんですけど、聞いてもいいですか? 丑理さんって、亜未さんのように鈴を持っているんですか?」
「…………鈴、だと」
丑理さんが何かに気づいたようにハッと目を見開く。そして、首元を自らの手でペタペタと忙しなく触り、ベッドから立ち上がる。明らかに挙動不審だ。
「だ、大丈夫ですか……?」
「む……セレン、私の立場の人間は、通常何をすべきだ」
あれ、鈴の件は……? 何だったのだろうと思いながらも、俺は丑理さんの質問に返答する。
「ええと……具合が悪ければここで休んでいてもいいですが、授業に出れそうなら、教室に戻った方がいいと思います」
「……わかった。教室に戻ろう」
「あ、俺も行きます!」
とりあえず先生への書き置きを置いておき、丑理さんと保健室を出る。
彼の挙動に疑問点はあるが、ひとまずは人間としての行動を優先しよう。
放課後になれば、いくらでも聞くことはできるし……結局のところ、十二支全員が動物愛好部の部員になったのかどうなのかわからないけど。
俺、子音さん、丑理さん、寅琳さん、亥寧さんが結成時点のメンバー。
巳乃さんが入部届を書いているところはちょうど見たけど、戌慈さんって問題なく加入できていただろうか?
あらためて気づく。入部届を取りまとめていたのは部長の俺ではなく子音さんだ。
俺は部活動のことも、それ以外のことも、やはり彼に任せすぎなのだ。
「……どうかしたか。まさか、記憶が……」
「い、いえ。記憶は大丈夫です……あ、いや。記憶は戻ってないですけど、子音さんのことを考えていたんです」
「ネズミ……?」
「はい。彼って、俺よりずっと部長らしくて……周りがしっかり見えていて、見習わなきゃと思うんです。会合でも、中心に立っていましたし」
「……お前はネズミにはなれない。ネズミもお前にはなれない。唯一無二の存在であることを……忘れてはいけない」
「は、はい……ありがとうございます」
彼なりに励ましてくれたのだろうか。あまりにもまっすぐな目が俺を射抜くから、たじろいでしまう。
「む……セレン、5秒後にイタチが来る」
「へっ!?」
とまあ、その黒い瞳は今度は廊下の床を見つめ、例の穴が現れるのであった。鼬雲さん、ということは、選抜に関する通達だろうか。
それにしても急すぎるが……
「ちぃーす。元次席の丑理さん」
「……イタチ。何用か」
「元十二支担当になったからには、この手紙は速達すべきだと思いまして」
そう言ってカバンから1通の封書を出し、鼬雲さんは丑理さんに手渡した。
「はい、今選抜の詳細な決め事が書かれている重要書類なので、無くさないでくださいね。じゃ、俺は人間に見つからないうちに次の配達先に行きますんで」
「待て」
丑理さんが穴に入っていく途中の鼬雲さんを引き留める。その場で動きを封じ込めたようにも見えた。
鼬雲さんは穴から上半身を出したままだ。
「……知りたいことは手紙に書いてありますよ。丑理さん、相方に似ちゃって、せっかちになりました?」
「む……私はもとより、一足先に物事を進めたい性分だが」
「じゃあこれだけは言っておきますよ……言ったら解呪してくださいね」
鼬雲さんは穴から半分体を出したまま、恨めしそうに丑理さんを見ては話を続ける。
「神様は確実に、今選抜であんたら元十二支を落としにきている。ご存知かもしれませんけど、丑理さんにもかかってますよ。あるべきものが……」
「え」
鼬雲さんが首元を触りながら、話を続けようとした。
しかしまるで落下スイッチを押されたかのように、固定されていたはずの彼の身体は穴の中に吸い込まれていき、この場からいなくなってしまった。
「……行っちゃいましたね」
「……セレン、これを渡しておこう」
丑理さんは鼬雲さんが消えたことに動揺もせず、俺に封書を渡してくる。
「え。これ、丑理さんのでは……」
「……おまえの分がない。私はネズミの分を見る。イタチの口ぶりだと、あいつには渡っているだろう」
「丑理さん……ありがとうございます。では、ありがたく受け取りますね」
よく考えると、元十二支のサポート役なのに、どうして俺自身には手紙がもらえないのか不可解だ。
元十二支を落とそうとしている。それは、飽きたから十二支を変えるという神様の言動には合致する。
でも、何だろう。俺が神様に意識を乗っ取られたときの、あの声。十二支への慈愛に満ちた、優しげなあの声が、俺の頭から離れてくれない。
「……セレン。手を繋いでみてくれ」
「あ、はい……はい?」
急によくわからない指示をしてきた隣を見れば、丑理さんは片手で俺の手をつかみ、もう片方はこめかみに当てていた。
あ、なんか。流れ込んでくる。
『おい! 届いたか手紙!』
『ああ……届いたが』
『今すぐに内容を確認しろ! 今すぐにだ!』
『……なぜそんなに切迫つまって……』
『いいから開封して中身を確認しろ! そして教室にすぐ戻ってこい! じゃあな!』
どうやら子音さんからの思念伝達だったようだ。
丑理さん、李卯さんにも同じ扱いされていたなあ。せっかちな人が多くて可哀想だ。
「…………む」
「切れちゃいましたね……って、どうして俺、思念伝達の内容が聞けたんですか!?」
「む。詳しい説明は…………」
ああ、丑理さんがフリーズしてしまった。李卯さんの時にもあったこの思念伝達の同期、複雑な仕組みなのかな。
「とりあえず、手紙……見ちゃいましょうか」
「……そうだな」
とりあえず、今は手紙だ。子音さんの焦りようからして、良いことは書いていないのだろう。
封を切ると、中には三つ折りにされたA4サイズの用紙が3枚入っていた。
1枚目はだいぶ余白があり、大きめの文字で『人間からの人気を集めた動物、上位12位を次の十二支とする』とだけ書かれていた。
1枚目は、今選抜の課題。じゃあ、2枚目と3枚目には何がと思い、すぐに次の紙を前に持ってくる。
2枚目には、『加点条件』、3枚目には『失格・減点条件』と書かれていた。
2枚目にはこう書かれていた。
――――――――――――――――
本書により、本選抜における課題とは他に追加点を設ける。トゥエルブ・セレクションを全ての動物にとって公平な選抜とするものである。
次の条件を満たした者を大きく評価し、追加点を付す。
一、人間らしくあった者
二、学生としての本分を全うした者
三、人間を導き助けた者
――――――――――――――――
3枚目にはこう書かれていた。
――――――――――――――――
本書により、選抜対象者を失格及び減点とする条件を設ける。
次の条件を満たした者を、失格とする。
一、高等学校を退学になった者。
二、人間に、人間でないことを知られた者
三、呪い等を行使し、人間に危害を加えた者
なお、人間界において悪目立ちし、素行不良等とされた場合は減点とする。
★ポイント:人間からの評価によって、選抜の評価も変動することを念頭に置くことがオススメだよ。
――――――――――――――――
「な、な……ななな」
「む……なかなか複雑だな……」
複雑どころではない。もうすでに、元十二支は人間界で問題を起こしてしまって……いや。
神様が正式に選抜開始の宣言をしたのは今さっきだから、まだ減点ではないのだった。
ならば、やっぱり俺たちはこんな保健室前の廊下で油を売っている場合ではないのだろうか。
「丑理さん。俺たちも、すぐに教室に戻りましょう!」
「……その前に、紙を貸してくれるか?」
丑理さんに言われるまま、手紙3枚を渡す。すると彼は、どういうわけか手紙の文字の上を指の腹でゆっくりとなぞり始めた。
「丑理さん……? 何をして……?」
俺は彼の行動の意図を聞く。しかし、返答してくれない。彼と初めて会ったときの子音さんの言葉が、今活きてくるとは。
スルーされてしまったので、周りを気にしつつ彼の動向を見守るしかない。何で文字をなぞっているんだろう。じっくり読みたいのかな。
でも、それにしては文字を読むスピードが遅すぎる。
しばらくして1枚目を読み終わる頃だろうか、丑理さんは俺に、紙を1枚こちらに向けて見せてきた。
ちなみに、紙は真っ白だったのに真っ黒になっていた。
亜未さんの呪いを解呪したときに貰ったあの黒いお札のようだ。違うとすれば、白い文字が書かれていることだった。
「……『よく見つけられたね! あなたには特別な加点条件を教えちゃう! 元十二支に戦いを挑んで、勝利した動物には追加点をあげちゃうよ。ただし、必ず精霊に立ち会ってもらってね! これ破ったら減点だよ』……はあっ!?」
「……ネズミの様子にようやく納得がいった」
神様は確実に元十二支を落とそうとしている。鼬雲さんの言ったことが、現実味を帯びて目の前に現れた。
元十二支に戦いを挑み、勝利すれば加点……? それってつまり、選抜に参加する全ての動物が、元十二支を狙って勝負を挑みにくるということ。
すなわち、元十二支にとっては全ての動物が……敵!?
俺は落ち着き払って、むしろスッキリしたような顔をしている丑理さんが、不思議でたまらなかった。
「む……これは陰陽力を流し込むと、隠された文字が浮かび上がる仕様だ……神様が悪戯によく使われる」
「え。そ、そうなんですね……?」
俺が不思議そうに見ていたからか、丑理さんが紙の仕様を説明してくれる。
すみません。俺はあなたが動揺しないのを不思議に思っていただけなんです。紙の仕様については面白いと思ったけど。
場に満ちる沈黙。居心地が悪いわけじゃないけど、丑理さんが何を考えているかは読めない。
会合の記録でも、彼がこれからどうしていきたいのか、聞くことはできていなかったし。
「じゃあ…………教室に、戻りましょうか」
「……ああ」
とりあえず今は、早く戻りたい。丑理さん、子音さんにも早く教室に戻るよう言われていたし。
保健室は1階……1組が2階にあるのが大変羨ましい。俺は4階まで行かなきゃならないしなあ……
「では、丑理さん。また放課後に!」
「……セレン」
「はい? 何でしょう?」
2階に差し掛かり、さて丑理さんとはここでさよならというところ。俺が引き続き上に登っていこうとするところを、彼に呼び止められる。
「……伝えるのを忘れていた。私の望みは『2位になること』だ。今後も……よろしく頼む」
淡々とそう言って、丑理さんは1組の教室へと向かって行ってしまった。
(は……はは。それって、1位になるより難しくね……?)
でも、俺を頼ってくれる。神様の手紙がどうであろうが、俺の記憶が操作されようが、俺は俺の役目を果たすだけなんだって。
それだけは、永遠に。忘れないようにしよう。
少し心が満たされたような気がして、階段を2段飛ばしで登って、俺は7組を目指して行った。




