第30話 結集
ネズミと龍。十二支でなければ、なかなか見られない組み合わせだ。
それにしても、体格差がありすぎる。座っていたときから圧倒されてはいた。
立ち姿を見ると、2メートル近くはあると思う。対して俺より小さい子音さん。彼の視点を考えただけで、身震いする。
「……ヒツジのところには行かないのかよ。お前の大好きな未知なる呪いだぞ」
「今は不必要だ。貴様の支合がいれば事足りる」
「そーかよ。じゃあそこまでの呪いじゃねーんだな」
「クク、貴様なら一瞬にして全ての記憶が失われるだろうな。呪い耐性という点では、この精霊の方がまだマシだ」
子音さんは無視を決め込み、落としたホワイトボードのマーカーを拾って、こちらを睨む。そしてボードへの書き込みを再開した。
やめてくれ辰幻さん。彼は負けず嫌いなのだから、俺と比較するのはやめてほしい。
彼らは相性が悪いのだろうか。
しかし辰幻さんはそれ以上子音さんを揶揄う様子は見せず、ただ愉快げに子音さんを見ているだけだった。
一方、子音さんは最初から辰幻さんなどいなかったかのようにボードの白い部分を次々と文字で埋めていく。
むしろ何故か、何もしていない俺がこの場の異分子であるようで、居た堪れなくなってきた。
「戻ったで〜って……あーっ!? 辰ぅ!? おまえ今までどこ行ってたんや!」
救世主が部室に入ってきた。気まずい雰囲気を打ち破ってくれ寅琳さん。
「トラか。ほう、貴様も呪いにかかっているな。声帯から発せられる言語が……関西風になる、と……クッ……ククク、実に興味深い呪いだ」
「出会い頭に失礼なやっちゃな! おまえのイタズラなんやったらさっさと解けや!」
「残念だが吾輩のイタズラではない。貴様らが吾輩に疑いを
抱くのは当然だが、此度は全て神の独断。吾輩は一切、関与しておらぬ」
「……やっぱし、おまえやないよな」
(…………何だ? この雰囲気)
キュッと、子音さんの書き込みが止まる音が聞こえた。
寅琳さんは険しい表情になり、この場の雰囲気が一変したようだった。
「……ハッキリして良かったぜ。他のヤツらにも伝えてくれよ」
子音さんは安堵したように見えた。きっと、彼らの中で通じ合う何かがあったんだろう。
理解できないのは寂しい。だけど、俺のせいではなく呪いによる記憶操作のせいとわかった今、焦燥感はあまり抱かなくなった。
「そうだな。今伝えるとしよう」
「は? おい、お前何を」
突如、彼の目の前に水晶玉が現れ、辰幻さんが両手をかざす。すると、水晶が意思を持ったかのようにひとりでに飛び出した。
飛行する軌跡は、キラキラ輝きメルヘンチックだ。まるで下敷きの座布団が魔法の絨毯のようであった。
やがて水晶は円卓のど真ん中に着地しては、仄かに点滅している。
疑問に思うのは、まじないにしては濁っていて、呪いにしては明るすぎる光色をしていたことだった。
「さあ、座るがよい。ネズミ、トラ」
「……なるほどな」
「えー……これ、大丈夫なんやろうな?」
俺の心境を、訝しげにしている寅琳さんが代弁する。
しかし子音さんは納得した様子で、そのまま辰幻さんに促されるままアッサリ座った。
彼に対抗するためか、結局、渋々寅琳さんは子音さんとひとつ席を空けて座る。
そして辰幻さんも椅子に座った。彼も寅琳さんと席をひとつ空けていた。
「俺も座った方がいいですか?」
「ああ、貴様はその白い板の横に立ち、吾輩がすることを見ていればよい」
「そ、そうですか……」
仲間外れみたいで寂しいな。てっきり俺も椅子に座った方がいいのかと思ってしまった。
でもよく考えれば、円卓に隙間なく並べられた椅子は12脚。明らかに十二支用だった……え? 俺部長なのに席無いの?
色々気になるところはあるけど、言われたとおり俺はホワイトボードの横に立つ。
「クッ、そう気落ちするでない。解呪の礼として、貴様の望みを叶えてやるのだから」
「は、はあ……?」
よくわからないことをいいながら、辰幻さんは中央の水晶に向けて手を伸ばす。他2人はふんぞり返って、彼の動向を見ていた。
「我が同朋たちよ! 今ここに、結集せよ!」
水晶は辰幻さんの言葉に応えるように、宿す微光をどんどん強めたかと思えば、ふっと灯が消えてしまう。
消えたかと思えば、代わりにどう見ても怪しすぎる黒いオーラを纏い始めた。
ああ、また……呪いなのかと、絶望感が俺を襲う。
「うぷっ……きもちわり……」
「ネズミィ! おい辰、早よ発動せえや! うっ……あかん……きもちわるぅ……」
「えっ!? 子音さん、寅琳さん!?」
陽は呪いに弱い。巳乃さんの言葉が正しく事実だということを目の前の状況が表していた。
2人は吐き気を催したのか手を口元に当て、テーブルに伏してグッタリとしている。
ただ、この呪いの発生源は、陽であるはずの辰。何故呪いを使えているのか。
「ちょっと、辰幻さんこれって何の呪い……で……」
話すはずの言葉は、辰幻さんを目の前にして消え失せた。彼の頭に生えた2本の鹿のようなツノ。
頬の一部には魚の鱗のようなものが浮き出て、蛇のような尾は、俺の身長をゆうに超えている長さだった。
伝説の生き物に相応しい神々しい姿。
人間というのは、美しく高次な存在を目にすると、何も言えなくなってしまうのだと理解した。
「龍式呪法、逆鱗天化・解鱗」
黒いオーラが霧散し、一気に鮮烈な光が部室全体を覆った。その光で目が眩み、状況が把握できない。
しばらく目を開けられないでいた。しかし俺の耳には、聞き覚えのある声が次々に聞こえてきていた。
「ちょっと辰! アンタ今までどこにいたわけ!?」
李卯さんだ。辰幻さんを真剣に探していたわけだから、怒っているのだろう。
「おお、辰! 見つかって良かった!」
一方で、辰幻さんが見つかったことを喜んでいるのは、健午さんだ。
「ま、辰さんが見つかったなら、こうなりますよね」
続いて聞こえてきたのは申弥さんだ。呆れたような声だけど、少し嬉しさが滲んでいるような気がした。
「セレン様は……! あっ、良かった。ご無事のようですね! 今はお休みになられているので……?」
この優しい声色は、戌慈さんだ。実のところ、目が眩んで無事ではない。
だけど、ついさっき捕食されそうになっていた身としては、十二支の中で唯一俺を心配してくれる彼に涙が出そうだ。
「辰……後で相談がある。精霊の呪いの件について」
あっ、亜未さんの声が聞こえた。
辰幻さんが丑理さんに任せておけばいいと言っていたことから、もしかしたら彼の苦しみを解くことができたのかもしれない。
ひとまずは良かった。でも、そうか。俺にかかった呪いは解決していないんだ。
「喜んで聞くとしよう!」
「おまえ、ほんま呪い好きやな……」
辰幻さんは陽でありつつ、呪いの双璧の片割れとされる亜未さんに相談を持ちかけられる。
寅琳さんが言う「呪い好き」という言葉が引っかかった。
「わはっ! やった! 十二支みんな一緒だね! 辰くんありがとう! あっ、ねえトリくん元気戻った? おれをシマエナガにしてよ!」
「……ええ、お安い御用ですよっ! しかし、凍える北の大地で、雪の妖精と称されるべき可愛らしいあのお姿。完璧に変化させたいので少しお時間を!」
見えなくても誰かわかりやすすぎる。亥寧さんと酉奈さんに挟まれた戌慈さんが、今することじゃないだろと声を上げていた。
「ふふ、何だか面白いことになってきちゃったね」
あ、背筋に悪寒が走った。巳乃さんの声だよな。周りがザワザワと騒がしいのに、何故か今の一瞬だけ鮮明に彼の声が聞こえた。
俺にとっては、彼が今1番よくわからない十二支だ。
「うるせえぞお前ら!」
ああ……子音さんが騒がしい彼らに痺れを切らした。
あれ、そういえば丑理さん、喋っていないだけでこの場にいるよな……うん、いると信じたい。
この場に、十二支が集まっている。辰幻さんは俺の望みを叶えると言っていた。
十二支に会わずして、俺の使命は果たせない。だから彼は、この場に十二支全員を集めようとしていた、ということだろうか。
(ありがとうございます、辰幻さん。俺、精霊として、必ず使命を果たします)
彼は俺の心を読んでいた。今はどうかわからないけど、何となく届くような気がして、俺は心の中で感謝の念を送った。
やがて眩しい感覚が消えたので、騒がしい中、目を開ける。
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。綺麗に順番通り、12人が円卓に並んでいる姿は圧巻だった。
何故か俺はどこか懐かしくて、愛おしく思うような心地がして……胸がいっぱいになっていた。
「十二支のみなさん! 俺は一神セレン! あなた方を導き、支えるために生まれた精霊です! 改めてよろしくお願いします!」
俺という精霊は、感情に突き動かされやすいのだと思う。
もはや何回目かわからない意思表明だが、全員揃った今、どうしてもやらなければと思っていた。
十二支は多種多様な反応をしていた。応援するように拍手をしてくれたり、静かに見守ってくれていたり……呆れていたり。
どんな反応でも、俺は確実に十二支に存在を示せたのだ。その事実が、感無量だった。
「うんうん。1番最初につくったからどうかなーって思ってたけど、ちゃんと機能してるね。元十二支を集められて偉い偉い」
「……えっ? 神様?」
どこからともなく、声が聞こえる。姿は見えないのに、神様の声だとすぐにわかった。
そして、子音さんは一瞬で反応していた。椅子から勢いよく立ち上がり、天井に向けてこう言い放ったのだ。
「おい、邪神に成り下がったのか? 十二支を変えるなんざ、ふざけたこと言いやがって」
「僕は本気だよ。君たちが真に動物の大将に相応しいのならば、取り戻すことだって簡単だろう?」
「チッ……正気の沙汰じゃねーぞ」
天界での神様は、もっと柔らかく話すイメージがあった。
十二支に向ける慈愛は深く、生まれたての俺でさえ、彼らを大切にしていると理解できていた。
なのに、今は冷たく突き放しているように感じる。俺が神様からつくられているから、何となくわかるのだろうか。
「あ、そうだ。セレン、君の体を借りるね。ちょっと神託しなきゃいけなくてさ!」
「え」
肩に手を置かれる感覚がして、急に力が抜ける。
まるで、魂を抜かれたようだ。話そうとしても、口が動かない。手足が動かせない。ただ人形のように、操られる。
『やあ、動物の諸君。元気にしていたかい?』
俺の意思に関わらず、勝手に口が動く。口ぶりから動物全体に話しかけているとして、俺の体を使う理由がわからない。
『急に人間界に降ろされて大変だっただろう? でも大丈夫。選抜はまだ始まっていないんだ。だから人間界で問題を起こしても、今のところ減点にはならないよ』
ああ、人間界で問題起こしたらやっぱりダメなんだ。
俺が元十二支の奇行を見る度に感じる焦りは、やはり正しく、精霊としてプログラムされたものだったのだと腑に落ちる。
『気になる選抜の詳細は、選抜運営陣が手紙を届けに行くから、そこに書いてあるよ。前回と違ってルールが複雑だから、しっかり読んでね! じゃないとすぐ失格になっちゃうから!』
運営に回ると宣言していた鼬雲さんのような動物が、運営陣ということだろう。
鼬雲さんが十二支付きの郵便屋と自称していたことから、運営側の動物も、相当の数がいるのではと考える。
『そうそう、それと、人間からの人気を集める。前提はそうだけど、加点するお題を追加で出す予定だから、安心してね。そうじゃないと文句言われちゃうからね』
俺の身体が子音さんの方向に向けられる。そして俺は彼からピリピリとした殺意のようなものを向けられる……言ってるの、俺じゃないんだけどな……
『では始めよう。第2回十二支選抜、トゥエルブ・セレクションを!』
神が高らかに宣言し終わると、自分の身体の感覚が徐々に戻ってくる。既に神の気配は無し。神出鬼没とはこのことか。
元十二支が揃って、時計の針は動き出す。
俺に突き刺さる12の視線が、何を思い、何を成したいのか。選抜が始まってこそ、俺はより一層覚悟を決めて向き合わなければならない。
彼らを導き、彼らの望みを叶える。元十二支を、あるべき姿に。
それが俺の、精霊一神セレンの、果たすべき使命なのだから。




