第28話 双璧
十二将学園3階。俺は今、家庭科室へと向かっていた。元十二支第4位、李卯さんの左肩に、俺はヒヨコの姿でちょこんと乗っていた。
「……あの、李卯さん。どうして俺、ヒヨコの姿から戻らなかったのでしょう?」
「さあ? 僕は解呪に強くないから仮説だけど、アンタには複数の呪いの跡が見える。その呪いの解呪条件が混線して、解けなくなっちゃったのかもしれないね」
「なるほど……難しいですね……」
呪い。陰陽のうちが陰が用いる、悪意を源に、対象に害を与える術。例えば、鎖で拘束したり、空中に転送して落としたり……巳乃さんのイメージが強すぎるな。
丑理さんが解呪したらしい、亜未さんの呪い。あれはいったい、どういう仕組みだったのだろう。
「亥寧さんが亜未さんの呪いにかかって眠ってしまったこと、あったじゃないですか。あれって、どういう仕組みなんですか?」
「ヒツジの、対象を眠らせる強力な呪いだね。耐えられるのは、ウシくらいかな」
「丑理さん……?」
「……呪いについては学んだようだけど、まだ知らないことがありすぎるみたいだね」
「うっ……」
こちらを小馬鹿にするように、李卯さんは笑う。だけど、こういう態度取ってくれるところに、以前は空いていた距離が少し近づいた気がして、嬉しかった。
「ま、いいや。僕も頭の中を整理したいし、教えてあげる」
「お、お願いします!」
「……向かい干支。僕と酉のように、十二支を並べたとき反対にくる十二支を、そう呼ぶ」
向かい干支は、人間の記憶にある。正反対の性質を持っていて、互いを成長させるという。
「裏干支」とも呼ばれている。卯年の人間なら、酉をモチーフにした物を身につけ、運気を高めるということもするらしい。
「はい、それは知っています!」
「じゃ、向かい干支が負わされている役目、これについてはわかる?」
「や、役目……?」
「問題ごとに立ち向かうための『双璧』。僕とあのやかまし鶏が担当していたのは、争いごとを鎮める『和の双璧』だった」
「双璧……?」
双璧、その言葉は、するりと俺の心に入ってきた。初めて聞く、そのはずなのに聞き覚えがあって。
ある言葉が、俺の頭に浮かんだ。その言葉がどうしても気になって、李卯さんにこう問いかけていた。
「あの、呪いの……双璧……って、あったりします?」
「あれ、知ってるじゃん。丑と未だね。呪いに対抗するための『呪いの双璧』。だから呪いで困ったことがあれば、どっちかに対応してもらえばいいわけ。今ヒツジに会いに行く理由でもあるよ」
心臓が、ドクリと脈打つ。どうして、俺はこの言葉を知っている?
何か……大事なことを忘れている、そんな気が。
「あった。ここだね、家庭科室は」
顔を上げれば、家庭科室の表示プレート。新学期早々ということもあって、まだ使われてはいないのだろう。室内から声がする様子はなかった。
よく考えてみれば……今は授業中。亜未さんがこの中にいるという確信はない。
ただ、俺が放課後に会いに行く、と言っただけで、時間は指定していない。
この中にいるという可能性も、完全には否定できなかった。
――明日、家庭科室。ウマくんと一緒に来て。ただし、他の十二支連れてきたら、一切話さない。
あ。やばい。時間とかの問題じゃないかも。条件破ってる。李卯さんを連れてきてはいけなかったのでは?
「何さっきから震えてんの?」
「り、李卯さん。俺、亜未さんに言われていたんです。会いに来るとき、健午さん以外の十二支を連れてこないで、と」
「へえ……ヒツジらしいこと」
李卯さんはなんてことないように、穏やかに笑った。そして、家庭科室の扉に手をかけ、勢いよくあけたのだ。
「邪魔するよ!」
「し、失礼します」
肩口にいるから、李卯さんが息を呑んだのが伝わる。
亜未さんが、机に伏して眠っていた。問題は、亜未さんが苦しげな呻き声をあげていることだった。
健午さんが俺らの姿を認めると、椅子から勢いよく立ち上がり、李卯さんと距離を詰めた。
「う、ウサギ〜! 助けてくれっ!」
「わっ、わかったから、それ以上近づかないで! 暑苦しい!」
「ヒツジがな、具合が悪そうで今朝からずっとこんな感じなんだ。俺は呪いに関しては門外漢だし、何もしてやれなくて……」
「まずは落ち着け。僕が探って、まず呪いが原因なのか判断する。場合によってはウシを呼ぶから」
「わかった! 頼む!」
健午さんの取り乱した姿から、亜未さんを心から心配していることが伝わる。
李卯さんは寝ている亜未さんに近寄り、背中に触れて目をつぶった。しかしすぐに目を開けて、ギョッとしたような表情で、彼から距離を取った。
俺は振り落とされないように、李卯さんの肩にしがみつく。
「り、李卯さん?」
「…………ウシ案件」
「大丈夫か!? ウサギ!」
「静かに! 集中する」
顔面蒼白のまま、李卯さんはこめかみ付近に人差し指を当てる。間違いない、思念伝達だ。
『ウシ……ウシ……! 緊急事態。今すぐ家庭科室に来て』
『む……ウサギか。何があったのだ?』
『とにかく緊急! 早くこっちに来て!』
『……家庭科室、とはどこに?』
『あーっ、もう! ネズミに言えばわかる! じゃ!』
『……承知し』
ツー、ツー……あちらが電話だったらこんな感じだろう。李卯さん、丑理さんの返事を待たずに受話器を置いたな。
いや、何で俺は、彼らの思念伝達を聞くことができるんだ。
亥寧さんのように、喋って筒抜けというわけでもなかったはず。
「……一刻も早く診てもらうのがいいんだけど、ウシのヤツ……大丈夫かな」
「安心しろ、ウサギ! ウシを連れてくればいいのだろう? 手っ取り早い方法がある!」
「なに、アンタのまじないで連れてくるわけじゃないよね? 目立つからダメだけど」
「違うぞ? まあ任せてくれ!」
再び、思念伝達のポーズが視界に入る。しかし今度は、彼の会話の内容を受信することはできなかった。
彼が指を下ろした瞬間、健午さんの横から白線が円を描き、そこからある人物がひょこりと顔を出した。
「いや〜、イタチのまじないってホント便利っすね。あ、しばらくぶりっす、ウサギさん」
「サル……? あっ、そういうことね! ウマ、アンタやるじゃん!」
「え? 褒めるべきはウシさんを連れてきた俺では?」
「む……むむ、穴から出られないのだが……」
得意げな健午さんが、手だけ出ている丑理さんを引き上げる。
なるほど。健午さんは申弥さんのまじないによって、丑理さんを一瞬で連れてこられると気づいたわけだ。
この部屋にいる元十二支、計6名……賑やかになってきたな。
「ウシ、猶予はない。早くヒツジを診て!」
「……ああ。その前に」
丑理さんと目が合う。パチリ、彼が瞬きすると、俺は体が伸ばされるような、酉奈さんの呪いにかかったときとは、逆の感覚に襲われた。
そしてポンッという音がすると、俺は元の姿に戻っていた。李卯さんの肩口に、居たまま。
当然、李卯さんを下敷きにした状態になってしまう。
「李卯さんっ! すみません。大丈夫ですか?」
「……ちょっと、解くなら言ってよ! 僕が潰れるでしょうが!」
「む……すまん」
「おお!? ウサギに何かついているとは思っていたが、一神セレン、君だったのか!」
「あー、トリの呪いっすか……」
解呪とも言わず、俺を一瞥しただけでヒヨコの状態を解いた。やはり、呪いに強いのだろう。
彼は李卯さんに言われたとおり、苦しげな亜未さんに近づいては手をかざし、目をつぶる。
思えば、丑理さんと初めて出会ったときも、俺の額に手を当てて、同じような動作をしていた。
「…………む!」
「何かわかった?」
李卯さんが問えば、丑理さんは眉間に皺を寄せて答えた。
「反発だ。ヒツジは何らかの呪いを解呪しようとしたが……」
「そんな……ヒツジに限って……」
目を伏して静かに放たれた言葉が、この場に緊張を走らせる。
「……私が解こうにも、まずは解析が必要だ。時間がかかる。辰がいれば……手間がかからないだろうが……」
「辰は……昨日1日探したけど、見つからなかった。とりあえず、僕が解析手伝うから」
「……頼む」
苦しむ亜未さんを見ていると、心が酷く痛む。
丑理さんや李卯さんが亜未さんのために動いているのに、何もしないままではいたくない。
辰……龍堂辰幻さん。あなたはどうして仲間が探しているのに、現れてくれないんだ。
李卯さんや酉奈さんは、あなたに会うことを「望み」とするほどだというのに。
「俺が、辰さんを連れてきます!」
見つけられる確証はない。でも、俺だって探すことはできる。
突拍子もなく言い放った俺の言葉で、この場に沈黙が訪れる。
お前に何ができるのか、そう言いたげな眼差しをされようとも、できることはやるんだ。
十二支の願いを叶えるのは、俺の役目なのだから。
この気まずい空気を破ったのは、意外にも俺の背後にいた陽2人だった。
申弥さんが俺の肩に手を置いて、ニヤリと笑った。
「いいっすね。どうせ呪いに関しちゃ陽は役立たず。辰さんを探すのに徹した方がいいや。ウマさんも行くでしょう?」
申弥さんの問いかけに、健午さんは眩しい笑顔で返答する。
「ああ! ヒツジのためなら何だってしよう! ヒツジを頼むぞ、ウシ、ウサギ!」
「申弥さん、健午さん……!」
さすが、幸福を祈る者というべきか、陽は重苦しい空気を振り払い、勇気を与えてくれる。
悪く言えば楽観的とも思えるが、陽の明るさは陰にも影響を及ぼすらしい。
現に、李卯さんと丑理さんの深刻な表情が、少し和らいだ気がした。
「……イヌとトリ、イノシシが辰を探してる。合流するかしないかはアンタたち次第」
「……ネズミとトラに用があれば、部室にいるぞ」
「うぇ……ヘビさん何してんのかわかんねえの、気がかりだな……」
誰1人真面目に授業を受けていない。まあ、そんなこと言っていられる状況ではないのだけど。
「よし、わかった! しかし、どうやって探す?」
そう、問題は辰幻さんを探す方法だ。李卯さんが昨日1日かけても見つけられなかった。
がむしゃらに校内を捜索したとして、見つけるのは至難の業だろう。
ただ、俺は思う。十二支の特殊な能力は、このときのためにあるのではないかと。
「あの、戌慈さんのまじない。彼のって、呼びたい相手を呼び出すものですよね? 辰幻さんを呼び出せないんですか?」
「あー、アイツのはダメっすよ。今の辰さんの姿形を記憶してないと。それに、心から再会を望んでないと……まあ、試しては見たんでしょう? ウサギさん」
「うん。呼び出せたのは……これだよ」
李卯さんは、剣に巻き付いた龍のキーホルダーを出した。ああ……観光地とかで定番のお土産の、アレだ。
「おお、カッケーすね」
「カッコいいな! 御利益がありそうだ!」
「……アンタらの感性、疑う」
俺もカッコいいと思ったり……思わなかったり。記憶が2人分あるだけ、複雑な気持ちだ。
申弥さんがキーホルダーを手に取って、室内の照明に当てる。大きく口を開き、メタリックに輝く龍の姿は、俺たちを嘲笑っているかのようだった。
心なしか、申弥さんまで半笑いな気がする。
「俺ら全員、心のどこかで辰さんに会うこと嫌がってるでしょう? だからまじないも働くもんも働かない。純粋に、心から辰さんに会いたいと思うヤツがいれば、まだ可能性はあるんじゃないか……」
申弥さんと目が合う。目を見開いて、だんだんと彼の言葉が尻すぼみになっていく。何か思うことがあるようだ。
「申弥さん……?」
腕を組み、ブツブツと何か言い始める。健午さんはその申弥さんの様子を、優しい目で見守っていた。
少しの沈黙。丑理さんと李卯さんは亜未さんの傍で、こちらを 気に留めないほど、集中している。
「よし……試行錯誤あるのみ! やってみるか」
「おお! サルなら何か思いつくと信じてたぞ!」
俺は子音さんの言葉が頭に蘇る。申弥さんは、頭が切れて、器用である。
一点の迷いもない表情に魅せられていると、申弥さんは俺を指差してこう言った。
「精霊さん。アンタは今から、余計なことを考えずに龍堂辰幻に会いたい、いや、会うんだと心から強く念じてください」
「は、はいっ!」
俺が肯定しかしないであろうことを見越してか、彼の指はすぐに健午さんの方向へ。
「ウマさんは、風馬襲歩を俺にかけてください。俺のまじないを強化してもらうっす」
「了解した!」
健午さんが返事をすれば、2人は両手を合わせて組む。寸分違わぬ、息ぴったりの動作が美しくさえあった。
「馬式呪法、風馬襲歩!」
「猿式呪法、猿狙倣影爪・鼬!」
彼らが呪文を唱えると同時に、俺はとっさに目をつぶり、神仏に祈るときのように、手を合わせる。
彼らが今からまじないを用いて何をするのか、わからない。
だけど、彼らを信じる自分を、反射的にしたこの行動を、信じるべきだと思った。
申弥さんに言われたままに、ただ、願う。強く、念じる。
辰、龍堂辰幻さんに会いたい。会う。会うんだ。
浮遊しているような感覚が俺を襲う。これは間違いなく、申弥さんが出したまじないの感覚だった。
しかし、意識が遠のいていく。自分という存在ごと、どこかに飛ばされているみたいだ。
目を閉じていても、自分が暗闇の中にいる。それだけは認識していた。
俺が生まれた日。神に突き飛ばされ、空間に吸い込まれていったあのときと、酷く似ていた。




