第27話 酉
――十二支第10位、酉。10位という後半の順位になってしまったのは、早起きにも関わらず、競争の日だけ寝坊してしまったという説がある。
また、戌と申の喧嘩を仲裁しながらゴールを目指したせいでもあると言える。仲の悪い戌と申の間に差し込まれ、本来11位であったが10位になった、ということだ。
「ああっ我が君! 呪いを解いてくれたんですね! ありがとうございますっ!」
「えっと……あなたが、飛鳥酉奈さんですね……?」
「はいっ、ワタシが十二支が10番目、酉。飛鳥酉奈です! 以後、お見知り置きを!」
俺の手を取って、跪く。創作物にありがちな、女の子にとっての憧れのシチュエーション、というわけか。
酉奈さんの仕草は、どうにも芝居がかっているというか、大げさだ。
何よりよく通るその声によって、授業中だと怒られないかヒヤヒヤする。
なるほど。さすが夜明けを告げる鶏、声が大きいのは必然。
「ピヨッッ!」
「ピヨピ〜!」
李卯さんの元にいたヒヨコ2羽が、酉奈さんの方へとちょこちょこ歩いて行く。そして彼の足元で、2羽とも彼のズボンの裾を引っ張っている。
しかし、片羽は怒りを露わにするように勢いよく引っ張り、もう片羽は楽しそうに引っ張っていた。
どちらのヒヨコが戌慈さんなのか亥寧さんなのか、大変わかりやすい。
「はははっ、引っ張らないでくれたまえ! 再会が嬉しいのはワタシも同じですよ。キミはそうでもないのですかね? ウサギくん?」
足にヒヨコをくっつけたまま、李卯さんに酉奈さんは話しかける。
だが、李卯さんは完全に無視を決め込んだ。酉奈さんに関わりたくなさそうなのが……透けて見える。
「おや、無視するんですね? ああっ、寂しいです。同じ十二支ですのに!」
悲劇のヒロインのような酉奈さんの姿を、見下すように黙って見る李卯さん。何ともいえないこの空気。これなら丑理さんの沈黙の方が心地よい。
いつの間にか1羽のヒヨコが俺の足元に来ていて、パタパタと必死に何かを訴えていた。
ああ、戌慈さんが伝えてくれているような気がする。この2人、もしかしなくても、仲があまりよろしくないということを。
俺は戌慈さんを両手に乗せ、酉奈さんへと向き合う。
「酉奈さん。あらためて、俺は十二支のために生まれた精霊、一神セレンです。あなたに望みがあれば、叶えるために俺がサポートします」
元十二支に対し、自己紹介ボットと化している俺だけど、彼らに己の立場を明示するためには、必要なことだ。
それと、犬猿から学んだ。ケンカが始まる前に俺から切り込めば、多少なり、抑止力になるはず。
今は授業中だし、騒がれるわけにはいかない。酉奈さんの反応を見ずに間髪入れず、李卯さんにも向き合う。
「そして李卯さん、あなたもです」
彼には、俺の意志を伝えていなかった。亥寧さんと戌慈さんに任せきりで、会話をしなかった。
「あなたが何を思い、何に苦しんでいるのか、俺にはわからない。でも、俺はあなたの意思を尊重して、あなたの望みを叶えるだけです。だから……」
どうかその警戒を解いて、俺のことを信じてほしい。
「どうか、信じてほしいです」
李卯さんは面食らっていたようだった。俺の手から戌慈さんが彼の首元に飛び立ち、その小さな身をすり寄せる。慰めるような動作にも、李卯さんは反応せず。
萎縮してしまうと、動物というのは動けなくなる。卯が4位になった理由、それはゴールの直前で寅が咆哮し、本能により硬直してしまったからだった、という説を思い出す。
怖がられたいわけじゃない。彼の心の壁を崩すには、どうしたらいいのだろう。
かける言葉を考えあぐねていると、突如、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。
俺も李卯さんも、ビクリと肩を揺らし、音の源へと振り返る。すると俺の視界の一面には酉奈さんの顔があった。
「うわっ!?」
「ほお、なるほどなるほど! それでしたら我が君、さっそくワタシから1つお願いがあります! そしてこの願いは、ウサギくんもきっと同じですよ」
「……ちょっと。知ったような口聞かないで」
「いいえ、わかっていますよ。争いを憎む同志でしょう? まあ、今は競争世界に放り出されてしまったのですけど! ああっ、無念。事実は小説より奇なりっ!」
「うるさ……」
高らかに歌い上げるように話す酉奈さんが、李卯さんの緊張を解いたように見えた。
子音さんと申弥さんの関わりを見ていても思った。やはり長年の付き合いであるだけあって、十二支は互いに影響し合っている。
「それで……その願いというのは……!」
ただ、今1番気になるのは、俺に対しての「お願い」だ。
俺自身、会ってきた元十二支に「望み」があれば叶える手伝いをすると伝えてきた。
しかし、明確に知っている願いは、子音さんの「完膚なきまでの十二支の復活」。他はハッキリとはわかっていない。
だからこそ、酉奈さんの「願い」を知ることは、大きな一歩なのだ。
返事を催促するように、俺は酉奈さんの両腕を握った。
「まあまあ、そう焦らずに! 大事なことですからね、ゆっくり話して……」
「精霊セレン。僕の望みは、辰を見つけ出すこと。今のふざけた状況が神によるものなのか。アイツのせいなのか。ハッキリさせないといけないの」
「あら、言っちゃった。もっと勿体ぶりたかったですのに!」
「黙って。そもそもなんでアンタは支合なのに辰の所在がわからないんだよ!」
「あら不思議! 思念伝達しようとしても繋がらない! 屋上で空に呼びかけてもダメでした!」
「ちょ、ちょっと声が大きいので、落ち着いて……あ」
終わった。コツコツと足音が近づいてくる。多分先生だな。
そもそも今まで散々廊下で話していたのに、気づかれない方がおかしかったんだ。
どう誤魔化そうか、もしくは逃げるか。対応を考えていると、酉奈さんが妙な挙動をしていた。
まるで翼を広げるように両腕を横に広げる。李卯さんがゲッと一声漏らした、その瞬間だった。
「鶏式呪法! 来鶏告光!」
「え? うわあああ!」
コケコッコーってなんだ。そう思う暇もなく、酉奈さんの触覚の先端がバチバチと光って、俺と李卯さんめがけて光線が放たれた。
俺たちに直撃した。痺れる感じも痛みもない。ただ、自分が圧縮されていくような、妙な感覚に襲われた。
身長はみるみる縮み、手はふわふわとした毛に覆われていくし、脚はいわゆる三前趾足の形に変化する。
間違いなく、ヒヨコになっていた。
「ひ、ヒヨコ……?」
呟いたはずの言葉は、雛鳥の鳴き声ではなく、しっかり人間の発音を成した。
他の3羽はピヨピヨとしか鳴けない。なのに、俺は話せるようだ。
「素晴らしい! さすが精霊だ! 弱体化しているとはいえ、ワタシの呪いにかかって言葉が喋れるとは!」
「酉奈さん! すみませんが先生が来るので……!」
「しーっ……」
酉奈さんは人差し指を口の前に当てて、ウインクした。俺は自分のふわふわの毛並みが汗で湿っていくような気がした。
「廊下で何やってるんだ……ん? お前は1年4組の飛鳥? なんで4階にいるんだ。授業はどうした」
ああ、やってきてしまった。先生、7組の授業はどうしたんですか。口を出したい。しかしヒヨコが喋った方がややこしくなるから、黙るしかない。
「……一神セレンくんのお手伝いをしていたのですよ。ワタシも動物愛好部に入る予定ですので!」
あ、入部してくれるんだ。それは嬉しい。
先生は酉奈さんに抱き抱えられた俺たち4羽を見て、困惑した表情を浮かべた。
「そ、そうか。まあお前の様子を見るに、ヒヨコは無事見つかったようだな……ところで、叫び声が聞こえたが、誰かいなかったのか?」
「ああ、それはこのヒヨコでしょう。この仔は環境の変化に敏感でしてね、不満が溜まっているのでしょう。ほら」
「ピギャァァア!」
「お、おお……なるほど、な」
李卯さんは酉奈さんに撫でられて、それはもう、見た目がヒヨコなのに、ヒヨコの迫力ではない鳴き声を上げた。
李卯さんの怒りが伝わってくる。先生までドン引いている。
「ヒヨコはワタシが責任を持って預かります。ですので先生はどうぞ、愛する生徒のところへお戻りください!」
「わ、わかった。飛鳥、一神にも戻るように伝えておいてくれ」
「お任せくださいな!」
酉奈さん、意外にも誤魔化すのが上手だ。勢いで見事に先生を撃退した上、俺が教室に戻りやすいようにしてくれる。
「酉奈さん、ありがとうございます……」
俺がここにいるの、もともと言えば彼が原因なのだけど、余計なことは言うまい。
とりあえず、元十二支が怒られるような事態を回避できたので、安堵してお礼を述べた。
「いえいえ! ワタシの直感によりますと、ニンゲンに目立つのは避けた方がいい気がしますからね! まあワタシ、何回も怒られているんですけど!」
「いや……怒られないでくださいよ……」
「チッ……」
え? 舌打ちされた? と、思ったが……出所は酉奈さんではなく、俺の隣にいる、明らかに不満げなヒヨコだった。
「…………あの、酉奈さん、呪い……解呪してあげてください」
このままだと李卯さんからも呪われそうだ……それに、俺も早く授業に戻りたい。
「ああっ、そうですねっ! 解呪!」
パチッと酉奈さんはまたもや指を鳴らす。やはり栓を抜くような音がしたと共に、3羽は元へと戻った。
繰り返そう、戻ったのは……3羽だけだった。
「わは! トリくんっ、次はシマエナガがいい!」
「ああ、シマエナガくんはニンゲンに人気ですものね! 呪いの精度が戻ったらぜひかけましょう!」
亥寧さんは戻った瞬間から元気溌剌。しかし、卯戌2人は無言で見つめ合い、やがてこちらを見下ろした。
「セレン様、おいたわしい姿に……」
「ねえ、なんで精霊は姿が戻ってないわけ」
「……はて? 確実に解呪したんですがね」
再び指を鳴らす酉奈さん。しかし、俺の姿は変わらない。
今まで余裕そうに見えていた酉奈さんの表情に、少し焦りが滲んだような気がした。
「えっと、俺……ヒヨコから戻れない感じ、ですかね?」
「ちょっと見せて! セレン!」
亥寧さんが俺を持ち上げる。すると、李卯さんも亥寧さんの横に並んだ。
戌慈さんは距離を取っていた。陽は呪いに弱い、以前教えてもらったことが頭に浮かんだ。
「あー! 見たことある呪いの跡がある! ヘビくんにイタズラされちゃったんだね!」
「そうなんです……」
すごい。当たっている。かけられた呪いとかわかるんだ。
しかし、見たことある……その言葉から、彼は常習犯なんじゃないかと思った。
「ん……? 精霊、ヒツジと会ったりした?」
「あ、はい。今日の放課後、健午さんも一緒に会う予定だったんですけど……」
いったい俺の何を見たら、亜未さんと会ったことがわかるのだろう。不思議に思っていると、李卯さんは俺をつまみ上げた。
「ふうん……じゃ、今行くよ」
「え? 亜未さんのところに、ですか?」
「……ヒヨコのままでいたいってなら、別にいいけど」
「い、行きます! だけど、今は授業中で……」
「あのね、僕たち何年存在していると思ってるの? 今更授業なんて、受ける必要ないの」
そういう問題ではない。人間として、学生として、体裁を取るためにも授業は受けなければならない!
そう、反論したかった。だけど、彼の圧に負けた。何も言えなかった……無念。
「イヌ、イノシシとそこで自責してるトリと一緒に、引き続き辰を捜索してちょうだい」
「わかりました! セレン様、お大事に!」
他のみんなは別行動するようだ。戌慈さんなら、俺たちに着いていくともいいそうだが、李卯さんの指示に従うらしい。
お大事に、という彼の目は変わらず優しげなものだった。
しかし、酉奈さんの様子がおかしかった。
先ほどまでコロコロと変わっていた表情が、すっかり抜け落ちて、生気を感じないものになっていた。
「どうせワタシは……肝心なときに早起きもできない……」
「トリくん元気出してー!!」
「ああ、イノシシくん。ワタシって、十二支に相応しくないですよね? よりによってなんでワタシの支合が、最強格の辰なんでしょう? 自信をなくしますよね……陰なのに呪いも彼より上手に使えませんし。今回も良かれと思ってやったことが裏目に出てしまって……穴があったら入りたい……」
「ん、ん〜、サルくんでも呼ぶ?」
あの亥寧さんが……対応に困っている!? というか、酉奈さんのこの変わりっぷりは何だ!?
「セレン、アレは発作みたいなものだから気にしなくていい。僕たちはさっさと、ヒツジに会いに行くよ」
「わ、わかりました……」
ああ、わからない。元十二支の生態。李卯さんも酉奈さんも、秋の空のように態度を変える。
この選抜がもたらした、彼らへの不安がそうさせるのだろうか。
チラリ、ヒヨコの姿で盗み見た李卯さんの燃えるような赤い瞳に、もう迷いは浮かんでいなかった。




