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トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第1章 十二支結集編
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第27話 酉

――十二支第10位、酉。10位という後半の順位になってしまったのは、早起きにも関わらず、競争の日だけ寝坊してしまったという説がある。

 また、戌と申の喧嘩を仲裁しながらゴールを目指したせいでもあると言える。仲の悪い戌と申の間に差し込まれ、本来11位であったが10位になった、ということだ。



「ああっ我が君! 呪いを解いてくれたんですね! ありがとうございますっ!」

  

「えっと……あなたが、飛鳥酉奈さんですね……?」


「はいっ、ワタシが十二支が10番目、酉。飛鳥酉奈です! 以後、お見知り置きを!」


 俺の手を取って、跪く。創作物にありがちな、女の子にとっての憧れのシチュエーション、というわけか。


 酉奈さんの仕草は、どうにも芝居がかっているというか、大げさだ。


 何よりよく通るその声によって、授業中だと怒られないかヒヤヒヤする。


 なるほど。さすが夜明けを告げる鶏、声が大きいのは必然。


「ピヨッッ!」


「ピヨピ〜!」


 李卯さんの元にいたヒヨコ2羽が、酉奈さんの方へとちょこちょこ歩いて行く。そして彼の足元で、2羽とも彼のズボンの裾を引っ張っている。


 しかし、片羽は怒りを露わにするように勢いよく引っ張り、もう片羽は楽しそうに引っ張っていた。


 どちらのヒヨコが戌慈さんなのか亥寧さんなのか、大変わかりやすい。

 

「はははっ、引っ張らないでくれたまえ! 再会が嬉しいのはワタシも同じですよ。キミはそうでもないのですかね? ウサギくん?」


 足にヒヨコをくっつけたまま、李卯さんに酉奈さんは話しかける。

 だが、李卯さんは完全に無視を決め込んだ。酉奈さんに関わりたくなさそうなのが……透けて見える。


「おや、無視するんですね? ああっ、寂しいです。同じ十二支ですのに!」


 悲劇のヒロインのような酉奈さんの姿を、見下すように黙って見る李卯さん。何ともいえないこの空気。これなら丑理さんの沈黙の方が心地よい。


 いつの間にか1羽のヒヨコが俺の足元に来ていて、パタパタと必死に何かを訴えていた。

 ああ、戌慈さんが伝えてくれているような気がする。この2人、もしかしなくても、仲があまりよろしくないということを。


 俺は戌慈さんを両手に乗せ、酉奈さんへと向き合う。


「酉奈さん。あらためて、俺は十二支のために生まれた精霊、一神セレンです。あなたに望みがあれば、叶えるために俺がサポートします」


 元十二支に対し、自己紹介ボットと化している俺だけど、彼らに己の立場を明示するためには、必要なことだ。

 それと、犬猿から学んだ。ケンカが始まる前に俺から切り込めば、多少なり、抑止力になるはず。   


 今は授業中だし、騒がれるわけにはいかない。酉奈さんの反応を見ずに間髪入れず、李卯さんにも向き合う。


「そして李卯さん、あなたもです」


 彼には、俺の意志を伝えていなかった。亥寧さんと戌慈さんに任せきりで、会話をしなかった。


「あなたが何を思い、何に苦しんでいるのか、俺にはわからない。でも、俺はあなたの意思を尊重して、あなたの望みを叶えるだけです。だから……」


 どうかその警戒を解いて、俺のことを信じてほしい。

 

「どうか、信じてほしいです」

 

 李卯さんは面食らっていたようだった。俺の手から戌慈さんが彼の首元に飛び立ち、その小さな身をすり寄せる。慰めるような動作にも、李卯さんは反応せず。  


 萎縮してしまうと、動物というのは動けなくなる。卯が4位になった理由、それはゴールの直前で寅が咆哮し、本能により硬直してしまったからだった、という説を思い出す。


 怖がられたいわけじゃない。彼の心の壁を崩すには、どうしたらいいのだろう。

 かける言葉を考えあぐねていると、突如、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。


 俺も李卯さんも、ビクリと肩を揺らし、音の源へと振り返る。すると俺の視界の一面には酉奈さんの顔があった。


「うわっ!?」

 

「ほお、なるほどなるほど! それでしたら我が君、さっそくワタシから1つお願いがあります! そしてこの願いは、ウサギくんもきっと同じですよ」


「……ちょっと。知ったような口聞かないで」


「いいえ、わかっていますよ。争いを憎む同志でしょう? まあ、今は競争世界に放り出されてしまったのですけど! ああっ、無念。事実は小説より奇なりっ!」


「うるさ……」  


 高らかに歌い上げるように話す酉奈さんが、李卯さんの緊張を解いたように見えた。

 子音さんと申弥さんの関わりを見ていても思った。やはり長年の付き合いであるだけあって、十二支は互いに影響し合っている。


「それで……その願いというのは……!」


 ただ、今1番気になるのは、俺に対しての「お願い」だ。


 俺自身、会ってきた元十二支に「望み」があれば叶える手伝いをすると伝えてきた。


 しかし、明確に知っている願いは、子音さんの「完膚なきまでの十二支の復活」。他はハッキリとはわかっていない。

 だからこそ、酉奈さんの「願い」を知ることは、大きな一歩なのだ。


 返事を催促するように、俺は酉奈さんの両腕を握った。  


「まあまあ、そう焦らずに! 大事なことですからね、ゆっくり話して……」


「精霊セレン。僕の望みは、辰を見つけ出すこと。今のふざけた状況が神によるものなのか。アイツのせいなのか。ハッキリさせないといけないの」


「あら、言っちゃった。もっと勿体ぶりたかったですのに!」


「黙って。そもそもなんでアンタは支合なのに辰の所在がわからないんだよ!」 


「あら不思議! 思念伝達しようとしても繋がらない! 屋上で空に呼びかけてもダメでした!」


「ちょ、ちょっと声が大きいので、落ち着いて……あ」


 終わった。コツコツと足音が近づいてくる。多分先生だな。

 そもそも今まで散々廊下で話していたのに、気づかれない方がおかしかったんだ。


 どう誤魔化そうか、もしくは逃げるか。対応を考えていると、酉奈さんが妙な挙動をしていた。


 まるで翼を広げるように両腕を横に広げる。李卯さんがゲッと一声漏らした、その瞬間だった。


鶏式呪法(けいしきじゅほう)! 来鶏告光(こけこっこう)!」 


「え? うわあああ!」


 コケコッコーってなんだ。そう思う暇もなく、酉奈さんの触覚の先端がバチバチと光って、俺と李卯さんめがけて光線が放たれた。

 俺たちに直撃した。痺れる感じも痛みもない。ただ、自分が圧縮されていくような、妙な感覚に襲われた。


 身長はみるみる縮み、手はふわふわとした毛に覆われていくし、脚はいわゆる三前趾足の形に変化する。

 間違いなく、ヒヨコになっていた。


「ひ、ヒヨコ……?」


 呟いたはずの言葉は、雛鳥の鳴き声ではなく、しっかり人間の発音を成した。

 他の3羽はピヨピヨとしか鳴けない。なのに、俺は話せるようだ。


「素晴らしい! さすが精霊だ! 弱体化しているとはいえ、ワタシの呪いにかかって言葉が喋れるとは!」


「酉奈さん! すみませんが先生が来るので……!」


「しーっ……」

 

 酉奈さんは人差し指を口の前に当てて、ウインクした。俺は自分のふわふわの毛並みが汗で湿っていくような気がした。


「廊下で何やってるんだ……ん? お前は1年4組の飛鳥? なんで4階にいるんだ。授業はどうした」


 ああ、やってきてしまった。先生、7組の授業はどうしたんですか。口を出したい。しかしヒヨコが喋った方がややこしくなるから、黙るしかない。


「……一神セレンくんのお手伝いをしていたのですよ。ワタシも動物愛好部に入る予定ですので!」

 

 あ、入部してくれるんだ。それは嬉しい。


 先生は酉奈さんに抱き抱えられた俺たち4羽を見て、困惑した表情を浮かべた。


「そ、そうか。まあお前の様子を見るに、ヒヨコは無事見つかったようだな……ところで、叫び声が聞こえたが、誰かいなかったのか?」

 

「ああ、それはこのヒヨコでしょう。この仔は環境の変化に敏感でしてね、不満が溜まっているのでしょう。ほら」


「ピギャァァア!」


「お、おお……なるほど、な」


 李卯さんは酉奈さんに撫でられて、それはもう、見た目がヒヨコなのに、ヒヨコの迫力ではない鳴き声を上げた。

 李卯さんの怒りが伝わってくる。先生までドン引いている。


「ヒヨコはワタシが責任を持って預かります。ですので先生はどうぞ、愛する生徒のところへお戻りください!」


「わ、わかった。飛鳥、一神にも戻るように伝えておいてくれ」


「お任せくださいな!」


 酉奈さん、意外にも誤魔化すのが上手だ。勢いで見事に先生を撃退した上、俺が教室に戻りやすいようにしてくれる。


「酉奈さん、ありがとうございます……」


 俺がここにいるの、もともと言えば彼が原因なのだけど、余計なことは言うまい。

 とりあえず、元十二支が怒られるような事態を回避できたので、安堵してお礼を述べた。

 

「いえいえ! ワタシの直感によりますと、ニンゲンに目立つのは避けた方がいい気がしますからね! まあワタシ、何回も怒られているんですけど!」


「いや……怒られないでくださいよ……」

 

「チッ……」


 え? 舌打ちされた? と、思ったが……出所は酉奈さんではなく、俺の隣にいる、明らかに不満げなヒヨコだった。

 

「…………あの、酉奈さん、呪い……解呪してあげてください」


 このままだと李卯さんからも呪われそうだ……それに、俺も早く授業に戻りたい。


「ああっ、そうですねっ! 解呪!」


 パチッと酉奈さんはまたもや指を鳴らす。やはり栓を抜くような音がしたと共に、3羽は元へと戻った。


 繰り返そう、戻ったのは……3羽だけだった。 


「わは! トリくんっ、次はシマエナガがいい!」 


「ああ、シマエナガくんはニンゲンに人気ですものね! 呪いの精度が戻ったらぜひかけましょう!」


 亥寧さんは戻った瞬間から元気溌剌。しかし、卯戌2人は無言で見つめ合い、やがてこちらを見下ろした。

 

「セレン様、おいたわしい姿に……」


「ねえ、なんで精霊は姿が戻ってないわけ」

 

「……はて? 確実に解呪したんですがね」


 再び指を鳴らす酉奈さん。しかし、俺の姿は変わらない。

 今まで余裕そうに見えていた酉奈さんの表情に、少し焦りが滲んだような気がした。


「えっと、俺……ヒヨコから戻れない感じ、ですかね?」  


「ちょっと見せて! セレン!」


 亥寧さんが俺を持ち上げる。すると、李卯さんも亥寧さんの横に並んだ。

 戌慈さんは距離を取っていた。陽は呪いに弱い、以前教えてもらったことが頭に浮かんだ。


「あー! 見たことある呪いの跡がある! ヘビくんにイタズラされちゃったんだね!」


「そうなんです……」


 すごい。当たっている。かけられた呪いとかわかるんだ。

 しかし、見たことある……その言葉から、彼は常習犯なんじゃないかと思った。


「ん……? 精霊、ヒツジと会ったりした?」


「あ、はい。今日の放課後、健午さんも一緒に会う予定だったんですけど……」


 いったい俺の何を見たら、亜未さんと会ったことがわかるのだろう。不思議に思っていると、李卯さんは俺をつまみ上げた。


「ふうん……じゃ、今行くよ」


「え? 亜未さんのところに、ですか?」


「……ヒヨコのままでいたいってなら、別にいいけど」


「い、行きます! だけど、今は授業中で……」


「あのね、僕たち何年存在していると思ってるの? 今更授業なんて、受ける必要ないの」


 そういう問題ではない。人間として、学生として、体裁を取るためにも授業は受けなければならない!

 そう、反論したかった。だけど、彼の圧に負けた。何も言えなかった……無念。


「イヌ、イノシシとそこで自責してるトリと一緒に、引き続き辰を捜索してちょうだい」


「わかりました! セレン様、お大事に!」


 他のみんなは別行動するようだ。戌慈さんなら、俺たちに着いていくともいいそうだが、李卯さんの指示に従うらしい。


 お大事に、という彼の目は変わらず優しげなものだった。

 

 しかし、酉奈さんの様子がおかしかった。


 先ほどまでコロコロと変わっていた表情が、すっかり抜け落ちて、生気を感じないものになっていた。


「どうせワタシは……肝心なときに早起きもできない……」


「トリくん元気出してー!!」


「ああ、イノシシくん。ワタシって、十二支に相応しくないですよね? よりによってなんでワタシの支合が、最強格の辰なんでしょう? 自信をなくしますよね……陰なのに呪いも彼より上手に使えませんし。今回も良かれと思ってやったことが裏目に出てしまって……穴があったら入りたい……」


「ん、ん〜、サルくんでも呼ぶ?」


 あの亥寧さんが……対応に困っている!? というか、酉奈さんのこの変わりっぷりは何だ!?

 

「セレン、アレは発作みたいなものだから気にしなくていい。僕たちはさっさと、ヒツジに会いに行くよ」


「わ、わかりました……」


 ああ、わからない。元十二支の生態。李卯さんも酉奈さんも、秋の空のように態度を変える。

 この選抜がもたらした、彼らへの不安がそうさせるのだろうか。


 チラリ、ヒヨコの姿で盗み見た李卯さんの燃えるような赤い瞳に、もう迷いは浮かんでいなかった。

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