第26話 ひよこ
ここは十二将学園へと続く通学路。そして俺は……遅刻ギリギリのため猛ダッシュしている。
昨日散々元十二支と関わりまくり、疲れ切った俺は寝坊をしてしまったのだ。しかも悪夢を見て、今朝の寝覚めは最悪。
絶望的な状況の俺を突き動かすのは、十二支の手本にならなくては、という謎の使命感だ。
「朝から走り込みとは、なかなかやるな! 一神セレン!」
「どわっ、健午さんと亜未さんっ!?」
隣を並走するのは、元十二支7位の、馬宮健午さんである。その背中に、彼の相方であろう、元8位の羊田亜未さんがしがみついて寝ている。
コアラじゃないよな、ヒツジだよな……と、一瞬思ったが、口に出さない。というか、今は遅刻しそうなのでそれどころじゃない。
「あの、俺たち……遅刻するので急がないと!」
「うむ、サルから辰の刻あたりに行くのが正解と聞いたぞ!」
「アバウトすぎる……!」
「あ、あば? すまん! 英語はわからない!」
申弥さんと健午さん……人間界に来てから接触してたのか。しかし、普通に8時半までに登校と伝えればいいのに、からかっているようにしか思えない。十二時辰なんて古典の授業でちょっとしか使ったことないぞ。
「と、とにかく、先を急ぎ……」
「風馬襲歩!」
「えっ」
軽やかな口調で健午さんがまじないを唱える。その瞬間、遠くに見えていた電柱がいきなり俺の真横に現れる。俺は電柱にぶつかった自動車を思い浮かべた。
「うわっ! 危なっ……!」
「俺のまじないは、俺と周りにいる者の行動速度をあげる! 急いでいるんだろう? 力を貸そう!」
いや、ほんとに気持ちは嬉しいし、馬らしいまじないだと納得する。だけど、速すぎて怖い。
幸い学校までの道のりが、ちょうど直線だけになっていたのが救いだった。曲がり角だったら勢い余ってぶつかって……体が、バラバラに……
「つ、着いた……」
恐ろしい想像を振り切り、何はともあれ俺たちは、健午さんのまじないのおかげで登校にギリギリ間に合ったのであった。
校門の前に立っていた先生に、不審な目で見られたのは……気にしないことにする。
「ヒツジ、学校に着いたぞ!」
「うん……ありがとうウマくん。後は自分で歩くよ」
「本当に大丈夫か? 呪いはもう使っていないんだろう? 昨日より辛そうに見えるが」
健午さんが、背中の亜未さんを降ろす。俺はどこかその姿に、違和感を覚えた。
彼が言う通り、昨日会ったときよりも亜未さんは顔色が悪く、具合が悪そうだ。
さらに、チョーカーの鈴……昨日は光沢があった金色をしていた気がするのだが、少しくすんでいるように見える。
とはいえ、あの時は暗かったから、元々の色なのかもしれない。
「……大丈夫だよ。それより、早く行かないと急いだ意味がないんじゃない? そこでジロジロ見てる精霊も」
「あっ、そうですね……健午さん、ありがとうございました! 亜未さんも、放課後会いに行きますね!」
「ああ! 家庭科室とやらで待っているぞ!」
あ、最初から2人で待ってくれるんだ。てっきり、俺が健午さんを連れて行って亜未さんに会いに行くのかと思っていた。
とはいえ、2人は同じクラスなのだから、至極真っ当なことか。
とりあえず俺は、2人と別れ、授業の1時間目に間に合うよう急いで1年7組へと向かった。相変わらず長い螺旋階段に辟易する。
健午さんと亜未さんは6組だから、俺と同じ階層に教室があるはずなのだけど……ちゃんと出席したのか不安だ。
1年7組の教室の扉を開ける。すると、なぜかクラスメイトたちが一斉にこちらを見るので、俺は困惑した。
「え? どうしたの……?」
「一神……お前肝が座ってんな……」
1人が黒板を指し示すので、その指の先に視線を移す。そこには、とある板書があった。
『動物愛好部、部長の一神セレンに告ぐ。1年4組に放たれたヒヨコを、即刻回収しに来なさい』
ヒヨコ、ニワトリの雛。ニワトリ……酉、十二支……1年4組、飛鳥酉奈!
連想ゲームが完成して、俺は膝から崩れ落ちた。なんでヒヨコが学校に放たれているんだ! その原因が、どう考えても十二支にある気しかしない。
そして、俺がそのヒヨコを回収しに行かなきゃならないのはどうしてだ!
「1年4組って、なんか変な編入生がいるって噂だよな〜。授業に出ないで、屋上に居続けるとか」
「その話! 詳しく!」
クラスメイトの呟きに反応して、思わず勢いよく反応しまう。
1年4組、対応する十二支は辰と酉。名簿に「気配なし」と書かれていた、まだ会っていない未知数の十二支だ。
その情報に、飛びつかないわけにはいかなかった。だけど、引き気味のクラスメイトを見ると、失敗したなと思う。
「お、おう……一神も、結構変だよな。だけどよ、授業始まんぜ……?」
「え?」
教卓にいる教師が咳払いして、俺を見ていた。教師以外にも、四方八方から突き刺さる視線に、ようやく自分の置かれた状況を理解し、青ざめる。
ああ、俺は、俺は。やはりまともな学校生活など、送ることはできないのだろうか。
「一神、お前はとにかく、1年4組に行ってこい……」
「……わ、わかりました。でも、どうして俺がいかなくてはならないんですか? 普通こういうのって……教師が対応すべきでは……?」
「学園長に約束したんだろう? 動物に関することは、全て動物愛好部が責任を取ると」
「そ、そうだったんですね……」
ああ……子音さん、か。
俺は納得した。何かを得るには何かが犠牲になるのはつきもの。部活動結成と引き換えに、俺たちは対価として責任を負わされたのか。
しかし、部長は俺なんだから、子音さんは一言くらい言ってほしいものだ。
さて、どうしようもなく、俺は7組の教室を追い出されてしまった。
こういうときは、とりあえず考えるより行動するしかない。
よし、1年4組に行こうと思った時であった。
「ピヨピヨ!」
「あ、ひよこ…………かわいいな」
目の前にヒヨコがいる。パタパタと小さな羽を一生懸命動かして、俺に何かを伝えようとしているようだ。
可愛らしさに惹かれるまま、ヒヨコに両手を差し出すと、飛び乗ってくる。疲れた心に染み渡る可愛さだ。動物の赤ちゃんというのは、総じて可愛い。
トゥエルブ・セレクションにも、使えるんじゃないかな。
なーんて………なんでこんなところにヒヨコがいるのかな。
「……やっと見つけた。あのトリ、羽をもいでやる」
う、後ろから物騒な言葉が聞こえる。ただ、聞いたことのある声だ。
振り向けば元十二支が4番目、李卯さんが俺の手のひらの上の雛鳥を見て……いや、睨んでいる。
「り、李卯さん?」
「ピッ! ピピピッ!」
ヒヨコが怯えているようだ。無理もない。
李卯さん、授業に出ないで何してるんですか。昨日は結局何していたんですか。問題、起こしていませんか……?
言いたいことはたくさんある。
だが、李卯さんの後方に、またもや可愛らしい2羽を見つけた。追いかけっこし合っている、元気いっぱいの様子が微笑ましい。
「李卯さん、何ですか……その可愛いヒヨコたち」
「イヌとイノシシだけど」
「…………はい?」
しかし思わぬことに、どう見てもヒヨコにしか見えない2羽を李卯さんは「イヌ」と「イノシシ」だとさも当然のように言い放った。
俺は目を擦る。されど目の前の光景は変わらず。
でも、言われてみれば、戯れ合っている2羽がどこか2人っぽいような気がしないでもなかった。
「あ……じゃあ、俺の手に乗ってきたこの仔も、まさか?」
「そう。そいつが元凶。血迷ったのか、呪いを自分にもかけているけど」
李卯さんの言うことを整理すると、戌慈さんと亥寧さんは、呪いをかけられてヒヨコの姿へとなっている、ということか。
しかし、俺の手のひらにいるこの仔が、元凶。
それって、この仔の正体って。
「飛鳥……酉奈さん……?」
恐る恐る、問いかけるようにヒヨコに向かって話す。途端に、目の前の雛鳥はつぶらな瞳を輝かせ、俺の両手から勢いよくジャンプした。
空中でヒヨコは、ポンッという音を立てて、一瞬で人間へと姿を変えた。
李卯さんとも似ている、緋色の瞳が俺を捕捉する。
可愛らしさは一変して、奇抜だった。
クセのある白い長髪。しかし、鶏のトサカを表しているのか、頭頂部からアンテナのように、赤い1本の髪の毛が伸びていた。
俺がその意思を持っていそうな触覚を見ていると、酉奈さんと思わしき青年は、大仰な仕草で俺の手を取った。




