第24話 午
「ヒツジくんを探しに行こう。念のためイノシシくんに聞くけど、君にかけられていた呪いは、ヒツジくんの呪いで間違いないかな?」
「間違いないよ! 思念伝達を使うと、発動しちゃう条件だったね〜!」
十二将学園、動物愛好部の部室。
すんなり巳乃さんが仲間になったと思ったら、まあ色々あって、亥寧さんの呪いが解けた。
そしてなんと、その呪いはヒツジさんもとい、羊田亜未さんがかけたものらしいということだ。
手元にある真っ黒な御札が、亜未さんの居場所を示してくれるという。
俺には墨汁を吸った紙とか、消し炭にしか見えないが、特別な力を持っているのだろう。
「……探しに行くのならば、私は待っていよう。留守にするわけにはいかない」
「じゃ、精霊くん。僕と一緒に行こうか」
「あ、はいっ!」
「おれは!?」
先ほどまで眠っていたとは思えない。亥寧さんが巳乃さんに詰め寄りソワソワしている。
活発な様子の彼を見ると、やっぱり元気をもらえる気がする。
とはいえ、前に聞いたとおり、巳乃さんは彼のことが苦手なのであろう。両手をあげて距離を保っている。
「うん……イノシシくんは、ウサギくんとイヌくんを探しておいでよ」
「わかった! 行ってくるー!」
「が、亥寧さん……」
亥寧さんは返事と共に部室を出た。走っていく音が聞こえる。お願いだから、危ないので廊下は走らないでほしい。
「……ヘビ。おまえ今……何を考えている」
「うん? ヒツジくんのことだよ? あ、精霊くんこっちこっち」
巳乃さんが手招きするので、俺は彼に着いて行こうとする。そのとき丑理さんが、耳元で静かに呟いた。
「……セレン。もし……身の危険があれば、札を潰せ」
あまりに真剣な声色に、俺はコクリと静かにうなづく。札を潰す……? 握り潰す、ということであっているのかな。
しかし、なんとなくこの黒い御札、触れていたくない。
丑理さんの言葉は胸に留めておいて、俺は巳乃さんと亜未さん探しの旅へと出た。
「あの、巳乃さん。亜未さんってどこにいるんですか?」
巳乃さんは黙って何も答えない。その様子に違和感を覚える。
先ほどは、俺に対して呪いの説明をペラペラと話してくれていた。おしゃべりなのかと思ったが、そうでもないのだろうか。
今は粛粛と、廊下を歩いていくだけ。まあ、ヘビは物音を立てるイメージがないから、今の彼が本来の性格に近いのかもしれない。
「……ねえ、精霊くん」
「はい、何でしょう?」
「君は……龍が動物に入ると思うかい?」
りゅう……? 龍と聞いてすぐ思いつくのは、やはり十二支の辰だ。たしかに、龍は動物と称していいかと問われると、返答に困る。
そもそも今回の選抜、どのくらいの動物が参加しているのか、わからない。イタチ……鼬雲さんのように、十二支にならないと意思を表明している動物もいるのだ。
「難しく考えなくていいよ。君の考えを教えてほしい」
「あ、はいっ」
俺が黙っていたからか、巳乃さんが歩みを止めないまま、答えを催促する。
俺の考え……か。難しく考えるなといっても、考えてしまう。
実際、辰は十二支として選出された。その事実は、神様が「動物」であるとみなしたことに、他ならないのではないだろうか。
ともかく、巳乃さんに返答しなければと、口を開く。
「……俺の感覚では、龍は動物に入ると思います。でなければ、『動物の大将』として十二支に選出されるわけがないですから」
「じゃあ、ユニコーンは?」
「ゆ、ゆに……」
「鳳凰や麒麟などの架空の動物、妖怪の類は、動物とするかい?」
「そ、それは」
返答に困る。前回龍が認められたのだから、何でもありな気がしてしまう。
振り向いて問う巳乃さんは、微笑んではいるものの、冗談めかして言っているようにも見えない。
沈みゆく太陽の光が窓から差し込み、彼を夕焼け色に染める。それがまた、美しくも不気味であった。
「精霊くん。はい、これ」
「あ、はい……?」
巳乃さんは、制服のポケットから、小さな鱗のようなものを1つ、俺の手に渡した。
黒に染まっているが、構造色と言えばいいのだろうか。カラスの羽のように何色もあるように見える。
そう思うと同時に、俺はこの先の展開を危惧した。そして、次の巳乃さんの一言で確信したのだった。
「安心していいよ。君が正真正銘、神様から生まれた精霊なら、簡単に消えることなんてできないから」
手のひらの上の鱗が光る。黒色の光は、確実に俺の記憶にあるものであった。間違いなく、「呪い」だ。
考える間もなく、俺は闇に飲み込まれる。
しかし、それも一瞬のこと。すぐに視界が開けた。見えたものは……どういうわけか、もう沈むであろう太陽だった。
「は!? うわああああ!」
なぜ、どうして! 俺は雲と同じ高さにいるんだ!
精霊なのだから飛べるのかなと期待したけど、全然無理。落ちる。死ぬ。
巳乃さん、やはり最初から俺を消そうとしていたのか?
「身の危険があれば、札を潰せ」
(そうだ、あの御札!)
丑理さんの言葉を思い出し、ズボンのポケットをまさぐる。どういう理論で札を潰すのかわからないけど、今は、これに賭けるしかないのだ。
手に伝わる紙の感触を頼りに、そのままポケットの中でクシャクシャになるように握りつぶした。
されど、何か起こる気配などせず、俺と地面との距離が縮まっていくばかり。
(短い……人生だった)
俺の生まれた意味は何だったんだろう。十二支を支えたい。ただそれだけだったはずなのに。記憶は脳の奥深くにしまわれてしまったようで、機能しなかった。
でも、2人の人間の記憶に異常はなかったのだから、それを活かして、立ち回り方をもっと考えれば良かったのだ。
後悔は、先に立ちはしない。せめて……どうにか打ちどころがよく、命だけはどうか助かってくれと、目を瞑り祈る。
(まだ……死にたくない……!)
(何故、そう願う?)
突然、威圧感のある声が、脳内を揺らす。俺は緊急事態であるにも関わらず、とっさに答えた。
「俺は……! 十二支のために生まれた精霊だから……!」
(……クク、呪いを受けても尚、刻まれた使命はかき消されないのか。さすがは神というところだ)
何を言っているのかはともかく、声の主が満足げなのを感じ取り、なぜか小さじ一杯くらい、不安が和らいだ気がした。
未だ空中にいるし、もうすぐ地面に叩きつけられるので、全く大丈夫ではないのだけれど。
(案ずるな、そのまま落下するがよい)
(あなたは、いったい……?)
俺が疑問を呈すると、脳内の声は聞こえなくなってしまった。十二支の関係者か、それとも俺がピンチに陥ったせいで聞こえた幻聴か。
いや、今は何でもいい。希望を貰ったことには変わりない。
(…………いや! 怖い!)
本当に怖い。死なかったとしても絶対痛い。大丈夫、大丈夫……頭さえ守れば……!
「ひいいいい!」
我ながら情けない叫びが出る。人間の記憶でバンジージャンプ経験しているっぽいけど、アレは飛ぶタイミング決められるし! この際思い出すことでもない。
受けるであろう強い衝撃を予想して、ギュッと目をつむった。
(…………あれ?)
どこも痛くない。何かに受け止められた感覚がある。すぐそこに地面が迫っていたのだから、俺が墜落したことは間違いないのだ。
恐る恐る、目を開けてみる。
「大丈夫かあっ!?」
「わあっ!?」
びっくりした。目があった瞬間、鼓膜が破れんばかりの大声で話しかけられた。
誰だこの人。あの高さから落ちていった俺を、難なく受け止めたということは、只者ではないのはわかる。
「あの、ありがとうございます……降ろして大丈夫ですよ」
「うむ、そうか!」
とりあえず、彼の腕から降りたい。お姫様抱っこされるのはさすがにきまりが悪い。
眩しい笑顔で承諾した彼は、ゆっくりと丁寧に俺を地面に降ろしてくれる。今しがた大声を出していた人物とは思えない。
地に足がついて安堵するも、俺の足は完全に生まれたての子鹿のような状態。あの高度から落ちていったのだから当然ではある。
「えっと、あらためて……助けてくれてありがとうございました」
「お安いご用だ! 神様の一部である君を守るのは、当然のことだからな!」
謝意を述べると、快活な笑顔で受け取ってくれる。俺のことを神様の一部と称したことから、彼の正体の疑惑が深まる。
戌慈さんと同じく、俺のことをまだ好意的に思っている十二支? いやそもそも、彼が十二支であるという確証を得るべきだ。
「おーい、馬宮くん! もう暗くなってくるから、早めに帰った方がいいと思うぜー! シャトルバスが埋まっちまうぞ!」
「走って帰るから大丈夫だー! 忠告感謝する!」
少し遠くから聞こえる、男子生徒と思わしき声。普通の人間に認知されていて、それも親しげな様に驚く。
何より「馬宮」と呼ばれていたことに、聞くまでもなくこの人物の特定に至ってしまった。
「……馬宮、健午さん」
――十二支第7位、午。本来足が速い動物なのに7番目となったのは、文字通り道草を食っていたとか、仲の良い未にペースを合わせていた、という説がある。
俺に名前を呼ばれて勢いよく振り向いた健午さんの、うなじあたりで縛られた髪が空中に放り出される。
毛量のあるそれは、凛々しく大地を駆ける馬のたてがみのようであった。
こうして見るとやはり十二支の人間の姿というものは、周りの人間よりも一等目を惹く。神様に並ぶ動物というからには、神秘的かつ野生的な魅力があるのだろう。
「あなたが十二支の午、ですね。俺は十二支のために生まれた精霊、一神セレンです。よろしくお願いします!」
まずは、恒例の挨拶をする。正味、聞きたいことはたくさんある。支合である噂のヒツジさんとの関係とか、彼が再び十二支にはならないと言ったこととか。
でも今は、あくまで「一神セレン」として立場をハッキリとさせておきたかった。十二支の復活も大事だが、それぞれの事情も把握するんだ。
「十二支」という一括りで見るのではなく、申弥さんの言葉で気づいた俺の新たな方針、すなわち、個人の意思を大事にするということ。
健午さんは俺を見つめながら腕を組み、考えている仕草を見せる。
考えると言っても、顔をしかめるわけでも、悩ましげな表情を浮かべているわけでもなく、彼の口角は上がったままだ。
俺は邪魔をしないように、健午さんの言葉が返ってくるまで待っていた。
「……うむ! 君になら教えてもいいかもしれんな! 帰りながら話すとしよう、陽が落ちてしまったからな!」
「え、あのなんでこちらに近づいて……どわあああ!」
あ、この人も変な人か。距離を詰められて持ち上げられたかとと思えば、高い高いされた。
え、何……? 本日2度目? 俺が赤ちゃん精霊だから高い高い? これじゃ他界他界するっての。
しかし高度は1回目のときより低い。ああ良かった。死にはしないかもしれないけど、骨折かなあ。
「では、行くぞ! 我が意のままに疾風となれ! 馬式呪法! 風馬襲歩!」
(あれ。この口上、まさか……!?)
もはや考えることをやめていた思考が、健午さんの天高くまで届きそうな声量の口上によって引き戻される。
思い切って真下を見れば、祈っている様子の彼の足元に、白い光が円を描いていた。
ね、うし、とら、う、たつ、み、うま……午は6番目、すなわち陽であり、使えるのはまじないだ。
「おおっ、たしかにまじないが使えるなっ! 教えてもらったとおりだ!」
「け、健午さん! そこにいると俺に潰されますよー!!」
俺が呼びかけても、健午さんはなぜか満面の笑み。それもそうか……俺が彼を潰したとて、原因を作ったのは彼自身なわけだから。
先ほどのように受け止めてくれるのかもしれないし、こうなったらどうにでもなれと、そのまま落ちていく。
「よし、しっかり掴まっていてくれ!」
「えっ」
たしかに再び受け止められた。さっきと違ったのは、俺が落ちた場所が健午さんの背中であったことだ。
すなわち、今度はお姫様抱っこされているのではなく、おんぶされている状況になる。
うん……嫌な予感がする。というのも、健午さんの足元が光り輝いていたり、今にでも走り出しそうな体勢をとったりしているからに他ならない。
「学生寮とやらは走って20分くらいだったが、これなら3分くらいで行けそうだなっ!」
「あ、ちょっ……うわあああ!」
案の定、健午さんは走り出す。馬という動物は、古くから移動手段ともなり、飼われ、人間に馴染み深い動物だ。
心優しく、穏やかで、人の感情の機微すら敏感に読み取るとか。
ただ、どちらかと言えば健午さんは暴れ馬、では。周りの景色が見えないほど凄まじいスピードで走り、到底俺が話せる隙もない。
帰りながら話そうとは、一体なんのことだったのか。
シャトルバスを凌ぐほどの速さで、俺たちはあっという間に学生寮へとたどり着く。
同時に健午さんの背中から降りて、俺はその場にへたり込んだ。
「じぇ、ジェットコースターみたいだった……」
「うん? じえっとこーすたあ?」
「あ、いえ。ええと、寮まで送ってくれてありがとうございました」
遊園地の乗り物のことはさておき、やり方はともかく寮まで運んでもらったのだから、健午さんにお礼を言う。
「こちらこそ、手荒な真似をしてすまないな」
罪悪が滲んだ苦笑。出会ってから今まで、健午さんは陽らしく、堂々と自信に満ち溢れていた。
打って変わって後ろめたそうにしている姿に、俺は困惑する。
「……君の言い分は、正しい部分もあると思う。ただ、神の精霊にまで試し行動する気にはなれん。君も、危険を冒してまで呪いをかける必要はなかったんじゃないのか?」
チリン、鈴の音が、どこからともなく響く。
健午さんの「君」は、明らかに俺に話しかけているんじゃない。この場にもう1人、いるということなのか。
周りをあちこち見渡すが、誰もいるわけではない。
だが、俺がソワソワとしていたせいか、健午さんの走りで出口まで動かされていたのか、ポケットから何かが落ちた。
それは、くしゃくしゃになっている、例の御札。だが、その紙の色は禍々しい黒ではなく、真っ白であった。
――この御札が白になったとき、ヒツジくんに会えるよ。
「……羊田、亜未さん?」
俺がその名を口にすると、寮の周りの木々が強風に騒めき、異様な雰囲気を醸し出す。
健午さんは少し困ったように笑いながら頭に手を当てていた。
「その名前を、呼ぶな」
チリン、再び鈴が揺れて音を発したとき、俺の目の前には夜空と満月を逆転したような瞳の青年が姿を現した。




