表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トゥエルブ・セレクション  作者: 上川央離
第1章 十二支結集編
23/29

第23話 巳

――十二支第6位、巳ことヘビ。絵本では、描写が少ないが、ニョロニョロと地面を一生懸命這っているところを、空を飛んでいた辰に見つけられ、ゴールまで連れて行ってもらったとか。

 執念深い、嫉妬深い……毒を持っている。恐ろしいイメージがあるけど、人間としての彼も、少々狂気じみたところがあったから、あながち間違いじゃないのかもしれない。


 目を開ければ、部室の扉の前だった。子音さんもしっかり横にいて、申弥さんのまじないは成功したようだ。


「すげえだろ、サルのまじない。欠点は原型に一歩劣るところだが、手数の多さはアイツの右に出るものはいないんだ」


 子音さんはまるで自分のことのように誇らしげに言う。


 彼が申弥さんに「再現度」が低いとか「猿真似」なる言葉を使っていたのは、完璧に他者のまじないを使えるわけではなかったからなのか。


 たしかに、申弥さんだけ全て使えるようでは平等じゃないから、納得がいく。


「はい! まじないって奥が深いんですね」


「自他の幸運を強く願い、祈れば、何だってまじないとして形になる。些細なことでもな」


 そう言って子音さんは、部室の扉に人差し指を差し向けつつ、口を開いた。


「開け」


 幸運を祈ってるとは到底思えない、もはや命令だろうと思わせる圧があった。


 しかし、唱えると同時に、人差し指を右に振った子音さんに応えるかのごとく、扉は勢いよくその方向へとスライドしたのだ。


「と、扉が勝手に…………え?」


 子音さんのまじないに驚く暇もなく、扉の向こう側に広がる光景に、俺は絶句した。


「……何やってんだお前ら」


「やあ、おかえりネズミくん。イノシシくんに面白い症状が出ていてね。ウシくんと調査しているんだ」


「時間経過による解呪が……可能だな」


「ネズミぃ、俺を助けろ!」


 まず、部室の円卓の上に、御札をたくさん貼られた亥寧さんが、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。


 そして、まるで円卓を寝台に見立て、手術でもするかのように、丑理さんと巳乃さんが亥寧さんを挟むようにして向かい合っている。


 ちなみに、何故か寅琳さんは部屋の隅で、椅子に縛り付けられて騒いでいる。


 どこから突っ込めばいいのかわからない。また、戌慈さんの姿がないことも気がかりであった。 


「あー……ヘビ。とりあえずサルは仲間になってくれるみたいだぜ。お前はどうすんだ」


 臆せず切り込む子音さんはさすがだ。俺はといえば、寅琳さんに助けろと目で訴えかけられていたので、近づいて彼の手首の縄を解いていた。


「ああ、いいよ。僕は最初から、君たちに加担するつもりだったし」


「え」


 あまりにアッサリそう言うから、驚いて思わず声を出してしまった。巳乃さんは俺の方を向いて、クスッと笑う。


「おや、意外かい? 僕は人間のことに詳しくないし、ネズミくんがサポートするって宣言までしてくれちゃって、利用するしかないと思うよ。普通はね」


「お前はそういうやつだよな。面白がってるだろ、この状況」


「おやおや決めつけはよくないよ、ネズミくん。僕は神経質なんだ。ちゃんとこの状況にも混乱しているよ」


「わかったわかった……とりあえず、入部するってことで入部届に名前でも書いとけ」


「ふふ、酷い反応。ときに精霊くん。人間名をもらっているって、妙じゃないかい?」


「な、名前……ですか?」


 子音さんと話していたかと思えば、こちらに話が振られた。彼ら十二支は、どうしてこうも突拍子もなく話題を振るのが好きなのであろうか。


「名前とは、この世で最も短い呪。かの有名な陰陽師の言葉さ。名付けられたことで、僕らの存在は人間界に縛られた。精霊くんは無意識だろうけど、僕らのことを人間名で呼んでるよね。それ、効果的なことなんだよ」


 巳乃さんの発言に、ハッとした。そういえば、神様に「セレン」と名付けられたとき、自分は曖昧な存在ではないのだと言われた気がして、不安が吹き飛ばされたのだ。


 十二支のことを人間名呼びしていたのは、彼の言う通り無意識のことだ。

 きっと、子音さんから人間名で呼べと言われたことが頭の片隅に残っていて、丑理さん以降もそうしていったのだとは思う。


 ただ、彼らを人間名で呼ぶことの、何が効果的と言うんだろうか。


「効果的、というのはどういうことですか?」


「……現実を、思い知らせることができる。私たちが、人間になったこと。十二支の座を奪われようとしている、現実を」


「現実を……思い知らせる……?」


 答えたのは意外にも丑理さんだった。振り掛けの雨のように、ポツリポツリと言葉を紡いでいる。


 しかし彼の近くでウニャウニャと寝言を言い、ジタバタ足を動かす亥寧さんが対照的で、気になって集中できない。


「そないな難しい話、後でもええやろ。ほら、何か言ってんで、コイツ」


 目の前で暴れている亥寧さんに耐えきれなくなったのか、寅琳さんが亥寧さんに近寄る。俺も気になるので、彼を真似するように近づいてみる。


「うーん……わは……ヒツジくん……遊ぼ……」


「ヒツジ……さん?」


 いったいどんな夢を見ているのだろうか。しかし、「ヒツジ」と亥寧さんが言った瞬間、丑理さんと巳乃さんはうなづき合い、彼に貼り付けられていた御札を剥がし始めた。


「なあ、お前ウマは何で仲間にできなかったんだ?」


「知らん。十二支に戻らないんやて」


「お前、なんか変なこと言ったんじゃねえの?」


「はあ? ウマの方が変やったわ。出会った瞬間に、いい笑顔で『おおっ、トラか! すまん、俺は十二支には戻らないんだ!』やで? 説得しても念仏〜。そりゃヒツジもグレるて」


 一方、2人をそっちのけで、子音さんと寅琳さんはウマさんについて話している。


 彼らが何をしているのか、何を話しているのか。いつもこうだ。疎外感と不甲斐なさは常に俺に付きまとう。

 だけど、わからないなりにも、俺にもできることはあるはずだ。


 そうだ。十二支の人間名を、全員分把握しておこう。巳乃さんや丑理さんが言うように、きっと名前というものは、重要なものだと思うから。


 知らないのは、辰・午・未・酉の4名。持っていた生徒名簿を……あ。


「あ? セレン、何慌ててんだ」


 置いてきちゃったよ……多分、体育館の用品倉庫だ。

 俺の表情の変化を感知されてしまったのか、子音さんが不審げな眼差しで話しかけてきた。


 ええい、こうなったらちゃんと言うしかあるまい。


「すみません……子音さん。俺、生徒名簿、体育館に置いてきました」


「なんだそんなことかよ。コピーが棚に入ってんぞ。ま、現物は多分サルが拾ってんだろ。ほらよ」


「あ、ありがとうございます……」


 コピー機が使えるネズミって……と妙な想像をしたのはさておき、毎度、彼の用意周到さには脱帽する。しっかり冊子になっている名簿のコピーをめくる。


 1年1組の欄は、丑理さんを丸で囲み、他生徒の一部がマーカーで色付けられている。

 そして、その人の大まかな性格が、小さく書き込まれている。おそらく、接触したという印なのだろう。 


 他にも、続く1年2組、1年3組では、同じように十二支の名前は丸で囲っている。当然、現物より見やすい、わかりやすい。


(辰と酉は、1年4組……!)


「なあネズミ。めっちゃ真剣やなあ、セレンはん」


「必死なんだろ。何もわからない、何もできない。役目を負わされた精霊なら、かなりストレスかかるだろうよ。強者のお前には、わからねえだろうが」


「ふうん? 差し詰め、神に呪いをかけられたようなもんやな」


 1年4組のページ。


 丸で囲まれていたのは……「龍堂辰幻(りゅうどうしんげん)」「飛鳥酉奈(あすかゆうな)」。


 間違いない、十二支の辰と酉だ。しかし辰の横に、「気配なし」と手書きの記載。

 丑理さんが見つけられなかったと言っていたわけだから、やはり厄介なのだろう。


 2人の名前はわかった。残るは、巳乃さんと申弥さん所属の1年5組の次、1年6組。これで、全員の人間名が知れる。


 ページをめくる。その些細な動作さえ、新天地に足を踏み入れるような心地がした。


 1年6組……「馬宮健午(まみやけんご)」「羊田亜未(ようだあび)」。


「おや精霊くん。さっそく人間名を確認してるのかい? 健気だねえ」


「わっ、巳乃さん!?」


 急に耳元で声が聞こえて、飛び上がる。振り向けば巳乃さんが、微笑みながら御札を1枚だけ、俺に渡してきた。


「僕もみんなの人間名は把握しているよ。じゃないと、呪いの効果が強まらないから。ね、ウシくん」


 うん……どういう意図なんだろう。俺の手持ちの御札が巳乃さんから手渡されて、どんどん増えていく。


「……む、セレン。呪いとは、悪意を源に、対象に害を与える術だ」


「あ……なるほど。幸福を与えるまじないとは、対照的ということですね」


 丑理さん、口下手なのに、説明してくれることがとてもありがたい。俺が困っているのを察してくれたのだ。


「まじないは術者の自信に作用されるけど、呪いは使い勝手がいいんだ。相手を害する意思が、少しでもあれば効果を発揮する。もちろん、強い負の感情があればあるだけ、効果は強まるのだけどね」


 巳乃さんが丑理さんの説明を補足してくれる。呪いもまた、奥が深い術なのだろう。


 でもたしかに、人間も藁人形に釘を打ちつけたりするし、「末代まで呪ってやる」とか言ったりするらしいし、割と知っているものかもしれない。


「なるほど……ところで巳乃さん、この御札は……?」


「今から呪いを見せようと思ってね! 知りたくないかい? イノシシくんがこうなってしまった理由を!」 


「し、知りたいですけど……それって、大丈夫なんですか?」


 あ、巳乃さんが子音さんと寅琳さんの方を向く。途端に、2人がサッと後ろを向いて、部室から飛び出すように逃げ出した。


「え、ちょ、子音さん!? 寅琳さーん!?」


「大丈夫大丈夫。陽は呪いに弱くってねえ。逃走本能ってやつさ!」


 え、俺も逃げた方がいいんじゃないの、これ。


 生き生きし始めた巳乃さんは、丑理さんに目配せする。丑理さんはその合図を受け取ったのか、妙な動作をする。あれは、思念伝達のポーズだ。


「では……始める」


「いいよ〜」 


「え」


 丑理さんが目を瞑り、集中する様子を見せたと同時に、俺が持たされていた大量の御札が光りだし、空中へと舞う。


 まじないは白く、眩しいとはいえ優しげな光だった。今見ているものが呪いだとするならば、まさにまじないとは正反対で、黒く妖しく光り、禍々しい。


 だけどやはり、目が離せなかった。


「……其身にかかる呪縛の根源へ。返し、報いよ」


 深みのある声が響く。相手を害するなどと、物騒な印象はカケラも抱かない。


 だけど、空中の札は黒衣をまとうかのごとく染まる。禍々しい光をそのまま閉じ込めたかのようで、明らかに危険な代物であると感じさせる。


 さらに不思議だったのは、たくさんあった札が4枚だけになっていて、この場にいる4人の手に渡っていたことだ。


 当然、俺も含まれるわけで、炭のような御札が1枚俺の手にある。


(これ……持ってて大丈夫なのかな)


「精霊くん。呪具って言ったら何を想像するかい?」


「え、えっと……呪具と言えば、藁人形……とかですかね」


 俺が藁人形というと、丑理さんがわずかに反応した気がして、視線がそちらに向く。


 ただ、同時に亥寧さんが身じろぎしていたので、そちらに反応していたのだろうと、俺は巳乃さんに向き直る。


「うん、あっているよ。さっき、呪いは使い勝手がいいと言ったけど、そういう道具を用いることができるから、というのもあるんだ」


 巳乃さんは、結構俺に色々教えてくれる。申弥さんにまじないを俺に見せるように言ってくれたし、意外に親切なのかもしれない。


「例えばネズミくんを閉じ込めていた変な形の箱。あれはね、僕以外が開けなくする呪いを付与した御札を貼っていたんだ。面白かったよ。開けられなくて、君の慌てふためく姿」


「えぇ……悪趣味ですって……」


 いや、やっぱり……面白がっているだけかもしれない。そもそも最初、彼は俺に呪いをかけてきたのを忘れていた。


 あの奇妙な跳び箱の真実を知れて嬉しい気持ちはあるし、呪いって、まじないよりも使い方が工夫できるのだということも理解できた。


 ただ……巳乃さんに関しては、掴みどころがない。いずれキッチリ彼の望みも聞いて、彼のことを理解したいものだ。


「呪いのこと、色々教えてくれてありがとうございます。この黒い御札にも、呪いが付与されている、ということですか?」


「せいか〜い。この御札が白になったとき、ヒツジくんに会えるよ」


「亜未さんに……!」


 ヒツジさん……羊田亜未さん。十二支の8番目。会えるなら、願ってもない話。


 この禍々しい御札が、亜未さんに会う鍵となる。呪いだけど、まじないみたいだ。俺の願いを叶えてくれるのだから。


「わはーっ! おはよう!」


「わっ、亥寧さん!?」


 亥寧さんが突如飛び起きる。だけど、俺以外の2人は平然としていた。


「……解呪、完了だ」


「お疲れさま、ウシくん。じゃあ、始めようか」


 呪いとは、まじないとは……このとき俺は、この2つの力が、後々運命を決める重要な能力であることは想像もしていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ