第22話 自信
ネズミとサル。どちらも、ずる賢いというか、器用そうなイメージがある。
十二将学園の体育館、現在2人が相対しているが、先ほどまで感じていた、俺にまで突き刺さって来るような敵意は全く感じない。
むしろ……好意的ですらあった。
「まじないの使い方がわかったなんて流石だな。もしかして、ずっと試してたのか?」
「その通りっす。あいにく俺は今回、正攻法では勝てないんで、有利に立たないといけないっすから。ネズミさんもそうでしょう?」
申弥さんと子音さんは、やはり似ている。先を見据え、どう行動するか、しっかり考えている。
だけど、申弥さんは顔を歪めて、子音さんに問う。
「だから、おかしいんすよね。十二支を完璧に戻す、なんて愚行をしようとすることが。いったい、どうしちゃったんです?」
言葉や表情とは裏腹に、申弥さんから感じるのは敵意じゃない。単純な疑問、もしくは心配だった。
彼からしては、子音さんがすることは、愚行であるらしい。
「1番愚行をしているのは、神だ。十二支を変えるなんざ、禁忌を犯すことと同義だろ。長年続いてきた伝統を、ぶち壊すようなことだからな。それを止めるのは、当然だろ?」
「……アンタ、そんなに正義感が強かったでしたっけ?」
子音さんは、意味ありげに笑うだけだった。ただその笑みは、自信に満ち溢れている。呆れたように申弥さんも笑った。
「まあいいや。俺はアンタがなんと言おうと、協力する気はありませんよ。面倒なことに巻き込まれそうですし」
「そう言うと思って人質だ。ヘビは部室に飛ばされてきたから拘束しといたぜ。喜んでたけどな」
「人質にすらならないのをわかってて言うんだもんなあ……よりによってそっちに飛ばされるとは、ヘビさんも運が悪い」
「嘘つけ。アイツの意思だとわかってるくせに」
なんだか……やりとりが高度だなあ。さっき戌慈さんと騒いでいた申弥さんとはまた違った印象で、冷静の極み。
人質を用意しているという子音さんも物騒だし……俺が入る隙が、ない。
だけど、申弥さんは確かに、巳乃さんが穴に吸い込まれてしまった時、どこに繋がっているのかと言葉を発していた。
なぜ子音さんはこうも断言できるのか、不思議だ。
「まじないっつうのは、自他に幸福をもたらす祈りの術だ。すなわち、穴に入る者が無意識であろうがなかろうが、行きたいと思っている場所にしか飛ばない。事実、俺が入ったときに部室へ飛べと念じたら、できたしな」
「……やけに説明口調なのは、そこの精霊のためすか?」
「まあな。ありがとな。呪いもまじないも見せてやってくれたんだろ? わざと部室に帰ったのは、経験を積ませるためでもあったしな」
申弥さんに指を差されて、俺はギクリと体を強張らせる。そして、子音さんの言葉に驚愕した。
「お、俺を試したってことですか?」
「俺の説得じゃダメだったし、お前だったら可能性があるかもと思っただけだぜ?」
「ふ、ははっ、そんなこと思ってないだろうに!」
意地悪な笑みに、悪趣味という言葉が頭をよぎる。申弥さんが俺をバカにしながらケラケラと笑っているのも癪に触る。
「それで? まじないと呪いの違いはわかったか?」
子音さんは下から俺を覗き込んで、期待に満ちたような……いや、馬鹿にしているようにも見える目で見てくる。どういう意図なんだろうか。
ともかく、先ほどの子音さんのまじないの見解、俺が巳乃さんの呪いにより鎖で縛られていたことを思い出し、答えを導き出す。
「ええと、何となくですけど……まじないはいい効果をもたらして、呪いは悪い効果をもたらす術ってことですかね……?」
「今はそれくらいで十分だな。言っとくが、お前が見たもの、本来はあんなもんじゃねえからな。なあ、サル」
「そっすね。本来のヘビさんの鎖蛇蜷局だったら、精霊さんは簡単にお陀仏でしょう」
「こ、こわっ……」
笑顔で言うことじゃない。呪いやまじないのことは知れてよかったけど。
ていうか、2人仲良いな! さっきまで協力しないだの、人質がどうとか言ってたのに、俺を揶揄うとなると意気投合している。
まじないと呪いは、使える兆しが見えないと寅琳さんは言っていた。
うっすら感じていた、しこりのようなものがある。
彼らは人間となって人間界で生活するわけだけど、このような特別な能力、人間に必要なのだろうか。
思念伝達は電話みたいだから、あれば便利だなとは思うけど。
「俺たちは元々、まじないを無詠唱で使っていた。となると、言霊が人間になったせいで枯渇した陽力を補完し、使えるようになったってことか?」
「その考えが有力っすね。イヌも発動前に何言か付け加えて、調子をつけてましたし」
「イタイノイタイノトンデイケー」
(……んん!?)
突然子音さんが申弥さんに手のひらを向け、ケガした幼子にするであろう、有名なおまじないの言葉を唱える。しかし全く感情がこもっていない。
「ネズミさん、さすがにそれは……」
「ち、使えるのは固有のまじないだけか」
「子音さん。何ですか、さっきの……」
「痛みを和らげる基本のまじない」
「基本の……まじない」
あ、そうなんだ。「痛いの痛いの飛んで行け」、有名なだけあって、基本のまじないなんだ。
基本の基準はわからないけど、人間界に浸透しているおまじないのような言葉も、彼らは能力として使える、ということなのだろう。
それにきっと十二支には、その動物に由来する特有の効果があるまじない、もしくは呪いが固有のものとして使えるようになっているんだ。
人間にも近しく、器用で賢い猿は、どんな相手のまじないも模倣し、縄張り意識が強く、元は野生下で群れで暮らしていた犬は、味方を呼び寄せる、というように。
「ネズミさんのは心がこもってなさすぎです。あれじゃ、使えるもんも使えないすよ」
「セレン、サルが出した穴の大きさはどれくらいだ」
子音さんの行動と言動は突拍子もない。困惑しながらも俺は、聞かれるままに、彼の問いに答える。
「えっと。巳乃さんの片足が入るくらいの大きさでした」
俺の答えを聞いて、子音さんは満足げな表情でうなづく。そして、申弥さんに向き合い、口を切った。
「サル、お前言ったな。心がこもっていなければ、使えるもんも使えないと」
「……はあ? なんすか、急に」
「俺たち陽は、心に揺らぎがあってはいけない。自信を失ってはいけない。慎重を期すのは、陰の役目だ。もちろん、考えなしでいればいいってわけではねえけど」
「回りくどいっす。何が言いたいんすか」
申弥さんが呆れたように言えば、子音さんの視線が冷淡なものに変わる。
「お前、不安になってるだろ。いくらお前のまじないが猿真似とはいえ、再現度が低すぎだ」
申弥さんの目が、大きく見開かれる。だけど、戌慈さんと喧嘩していたときとは、かけ離れている雰囲気を放っていた。
「そうっすか」
何の温度も感じさせない、淡々とした口調。口元に当てられた手だけが、彼が思索に耽っていることを表している。
「不安を感じるのもわからなくはねえが。中途半端に保身的に行動しては、取り返せるものも取り返せなくなる。全て救いあげて、その上で、自分がその頂点に立つ。このぐらい自信過剰じゃなくちゃいけねえんだ」
「子音さん……」
「自信過剰」でなくちゃいけない。その言葉が、祈り、もしくは自己暗示のようで、彼自身が自分にまじないをかけている。いや、いっそ呪いのようだと思った。
「その口ぶりだと、アンタの方が色々抱え込んでそうですけど……まあ、いいや。俺を仲間にするメリット、それを聞きましょうか?」
申弥さんは子音さんの言葉に根負けしたのか、力が抜けたかのようにため息をついて、肩を落としながらそう言った。
子音さんは待っていました、という風に、ペラペラと話し始めた。
「お前ら巳申支合は、頭が回る。現状を冷静に分析し、対処することができる。一歩引いた見方をして止めてくれるやつがいないと、他は暴走するばかりだからな。後は、十二支の中じゃお前が1番器用で、『人間』に近いからだ」
「嘘つけ。1番器用の前に『俺を除けば』が入るくせに」
「よくわかってんな」
「うわ、肯定するんすね」
わからないな、この2人。仲良しだったり気まずい空気を出していたり、それを繰り返していて。
でも、2人ともどこか楽しそうで、気の置けない仲なのだろうな、とは思う。
「精霊さんは?」
「へっ?」
「俺を仲間にしたい理由っすよ。アンタ、ネズミさんの意見に合わせるばかりで、自分の思考はないんすか」
2人を微笑ましく見守っていたところに、思わぬ飛び火。ちゃんとしろよと、子音さんに小突かれる。
だけど、申弥さんの言葉で、気づく。俺はずっと、履き違えていたのかもしれない。
己の「役目」というものを。
「仲間にしたい理由は……ないです!」
「はあ?」
「今気づきました。俺はあなたが仲間になるともならずとも、支える義務がある。どこにいても、申弥さんが願えばできる限りで役目を果たします。あ、もちろん……仲間になってくれた方が、子音さんの願いが叶うので万々歳ですけれど」
「じゃあ、イヌを十二支から外したいって願いは?」
「いや、戌慈さんも十二支なんで……」
「へえ……俺を裏切るのか? セレン」
「いや、裏切るっていうか………申弥さんの意思を、尊重した結果というか……」
ああ、寅琳さん。俺、あんなに啖呵切ったのに、あなたの言っていたこと、ちゃんと受け止めていなかったのかも。
やっぱり、相当難しいことなんだ。12匹全ての願いを受け止めた上で、12匹全てが納得する方向に持っていく、ということは。
「ははっ、お望み通り……仲間になってあげたいとこすけど。ネズミさんに指摘されないよう、心配事を潰してくるんで、先にヘビさんたちを仲間にしてあげてください。まあ、できたら、ですけど」
「おう。その心配事、危険だったらしっかり身を引けよ。ま、賢明なお前なら大丈夫だろうけどよ」
申弥さんは愉快そうに目を細め、意地悪く笑う。呼応するように、子音さんもニヤリと笑った。
この2人、絶対敵に回したくない。
「ああ、せっかくなんで、部室に送ってあげますよ。もう再現度が低いなんて、言わせないっすから」
「お、そうか? じゃあ頼む」
(軽い……)
送迎バス? タクシー? あらゆる交通手段が頭に浮かんでは消えていった。
でも、良かった。申弥さんのおかげで、俺は俺があるべき姿を、再認識できた。
「鼬がごとく、模倣せよ。猿式呪法、猿狙倣影爪!」
白光が申弥さんから発せられ、俺たちは包まれる。まじないの光というものは温かくて、他者の幸福を願うものであるということを実感させるようだ。
「申弥さん、ありがとうございます。俺、何かあれば駆けつけるので、遠慮なく利用してくださいね!」
「座標がズレるから部室のこと考えてください」
「あ、すみません!」
そうか、このまじないって、自分が行きたいと思った場所に飛ぶんだった。
部室、部室……ブツブツ念じていると、隣の子音さんから手を差し出された。
「セレン、繋いどけ。別の場所に行かれたら面倒だ」
「あ、はいっ」
そうか、巳乃さんが俺をここに連れてきたように、手を繋いでおくことで、飛ぶ場所を一緒にすることができるのか。
まじないって、不思議だ。
申弥さんの件で、俺は多くのことを発見し、吸収できたと思う。せめて知識だけでも、俺が十二支のためにできることを見つけるために、増やしていきたい。
そう思って、光に包まれながら、目を閉じた。




