第21話 犬猿
――十二支第9位、申。絵本では、戌との関係性を描かれることが多い。戌と仲良くゴール目掛けて走り出したが、競争するうちに対抗心が湧き上がり、喧嘩になってしまったという話だ。
「犬猿の仲」という言葉の由来になった説もある。
さて、その犬猿が会ってしまった。
ある意味、元十二支同士が再会したのだから、良いことがあるかもしれない。そう一瞬でも期待したのが愚かだった。
子音さんを連れ戻すのに夢中になっていたせいで忘れかけていたが、本来の目的は、元十二支を仲間にすることだ。
巳乃さんも、申弥さんも、敵じゃない。仲間なんだ。
まあ、現実とはうまくいかないものだ。睨み合う犬と猿。ピリピリとした空気が肌を刺す。
俺に、割って入る勇気を微塵も起こさせなかった。
「答えろ! セレン様に何をしようとしていた!」
主人に危害を加えようものなら噛み付くぞ、と吠える犬のようだ。対して申弥さんは……頭をぽりぽりとかいていた。
「あぁ? お前の新しいご主人様は、まじないにかかりたいと興味津々のご様子。だから見守ってたってだけだが?」
あ、そうなるんだ。たしかに、興味はあった。
「まじないだと? 嘘つくな! 今は人間だから使えないだろう!」
「あーあ。バカ犬は頭が固いこと」
「なんだと!」
「人間だからできない。そうとは限らねえだろ、試行錯誤もしねえ愚か者が。選抜に勝てて当然と、あぐらをかいているお前なんかに俺は負けねえ。不愉快だ、とっとと失せろ」
俺は気づく。犬と猿、今回の選抜において有利なのは、犬だ。前回同じだったスタートラインは、今は違うのだ。
トゥエルブ・セレクションが動物に求めるのは、「人気」。決して、猿が勝てないほど不人気というわけではない。
ただ、犬が圧倒的すぎるというだけ。
申弥さんの放つ圧に、戌慈さんがたじろぐ。グサリ、矢印が彼を刺したようだった。
「……やっぱり、そう思われるのか」
(あ……)
悲しげな声だった。あぐらをかいている。そう言われるのは、彼にとっては不本意だろう。
もしかしたら、李卯さんから感じた強い悲しみは、今戌慈さんが感じているもの、それと同じものなのではないのかと思った。
「……らしくなく湿っぽいじゃねえか。そのまま大人しく、選抜が終わるまでいればいいんだよ」
「申弥さん!!」
「あ?」
我慢ならなかった。どうして、そんなことが言えるんだ。いくら仲が悪いとはいえ、悠久の時を共に歩んできた仲間のはずだろう。
何か一言言わなければ気が済まなかった。だけど、息巻く俺を、戌慈さんが制止する。
「いいんです、セレン様。あなたがいなければ、元々そうしようとしていたのですから。憎たらしいが、コイツの言うことは間違いじゃない」
「戌慈さん……」
俺を庇うように毅然と申弥さんに立ち向かう姿は、騎士さながら。
だけど……凛としている表情が歪んで、怒りの形相になっていく。牙を剥き出しにして威嚇している犬を想像した。
「おい、サル。まじないはどうやって使ったんだ。僕たちの持つ陽力は、わずかに感じるほどしかなかっただろう」
「ケッ、そう易々と教えるかよ」
「ぐうぅ、ケチだな! お前はいつもそうだ! 賢くて器用なクセに、それを自分のためだけにしか使わない!」
「あ〜はいはい。キャンキャンやかましい。さっさとそこのご主人様と帰った帰った」
仲が悪い。申弥さんはシッシッと追い払う仕草を見せ、戌慈さんを相手にしようともしない。
割り込み辛いが……俺だっていつまでも黙って見ているわけにはいかない。
「帰るわけには行きません。それに、申弥さん。あなたに聞きたいことがあります。どうして、子音さんを跳び箱に閉じ込めていたんですか! 彼は、あなたたちを仲間にしようと誘いに来たわけでしたが!」
ずっと、気になっていた。子音さんなら、言葉巧みに仲間になるよう説得できるはず。
申弥さんは少し逡巡した様子を見せ、口を開く。
「……最初は期待したんすよね。俺、ネズミさんのこと嫌いじゃないんで。だけど、期待外れだった。閉じ込めていたのは、利用価値があるからっすね」
たしか、子音さんを独占する、だったか。
子音さんを好ましく思っているという彼の言葉から、感じ取れたのは、尊敬だった。
子音さんの野望は、「完膚なきまでの十二支の復活」。順番も完璧に揃える。
巳申の2人は、どう感じたのだろう。
ただ、先ほどの戌慈さんの、賢く器用なところを、自分のためにしか使わないという言葉。
もしかしたら、そうであるからこそ、子音さんに失望したのかもしれない。
己が圧倒的に不利なのに、他の十二支のサポートまですると言い張る、その無謀さに。
「利用価値……? そうやって、セレン様のことも利用しようとしていたのか!?」
「利用すべきだろ。この精霊自ら、十二支のために生まれたとと言ってんだ」
「神様の使いを下僕のように扱うというのか? それが、高尚な動物の大将のやることか?」
「神がその大将の座を奪っただろ。裏切られたんだ、俺たちは……いい加減、現実を直視しやがれ、バカ犬」
「んなっ、神様には何か考えがお有りなんだ!」
俺としては、十二支を支えることが役目として生まれてきたわけだから、こき使われるのは構わない。
ただ、戌慈さんは俺に対して優しすぎるな。いっそ、申弥さんの方が健全な反応とも思える。
「まあまあ、落ち着いてください!」
罵り合って騒いでいる2人の間に、できる限りの大きい声を出し、再び割って入る。
一応喧嘩を止めてこちらを見てくれるので、胸を撫で下ろす。物音に反応する動物そのものだ。
「俺は落ち着いてますよ、コイツが一方的にうるさいだけで」
「お話ししようとしてるのに遮るな。騒々しくて申し訳ありません、セレン様」
うん……本当に仲が悪い。元々仲が良かった、という絵本の設定の真偽がわからなくなってきたぞ。
申弥さんは挑発的。だけど、俺の話を聞こうとしてくれているのが、疑わしげにしつつも、好奇心を含んでいる視線でわかる。
「えっと……状況を整理するために、お2人に質問させてください」
これ以上、喧嘩させてはいけないし、いい加減話を進めたい。会話の主導権は、俺が握るのだ。
「整理するも何も。バカ犬が俺の出したまじないに突っ込んで来た。それで、あんたが焦った顔してたんで、解呪してあげたんすよ」
とまあ、そう意気込んだところで、会話の主導権は申弥さんにあっという間に奪われるのだが……
正直、戌慈さんが来る前から今にかけて色々ありすぎて、脳がパンクしそうだ。話す言葉が思い浮かばない。
せめて、戌慈さんが申弥さんの挑発に乗る前に、何か、何か言いたい!
「ど、どうして解呪したんですか! 申弥さんって、戌慈さんのこと、どうみても好きじゃないですよね! あのまま穴に戌慈さんを落としていれば、接触せずに済んだんじゃないんですか?」
「穴……?」
お、俺のバカ! さっき答えは出ていた。俺が焦った顔をしていたから、ということ。おそらく、真意は俺が慌てふためく姿を見たかったから、とかだ。
俺って何の力もない精霊だからか、よくからかわれるし!
しかし予想に反して、申弥さんは放心していた。
一方で、戌慈さんは何かに気付いたのか、勢いよくこちらを向く。
「セレン様! コイツがまじないを発動するとき、何をしていましたか!」
「え、えっと……呪文のようなものを……」
「チッ。猿式呪法、猿狙倣影爪!」
「なるほど! 集え、守れ! 犬式呪法、犬吠縄張番!
一瞬の出来事だった。申弥さんがまじないの呪文を唱えた瞬間、間髪入れず対抗するように、戌慈さんが唱えたのだ。
2人とも偶数十二支だから、陽だ。
すなわち、まじないが使える。申弥さんは、他者のまじないを真似するものと聞いたが、戌慈さんは……?
考える余裕もなく、白い光が体育館内を包む。
(眩しい……! 目が開けられない!)
「セレン様! 急に申し訳ありません! 僕ではお役に立てないので、貴方が思い描く1番心強い味方をお呼びしました! 後はお頼みします!」
眩い光のなか、聞こえてきたのは戌慈さんの叫ぶ声で……遠吠えのような音と共に、光が消えていった。
目を開けると戌慈さんの姿はない。申弥さんのまじないによるものだろう。
しかし、戌慈さんの言葉……1番心強い味方を……呼んだ?
「まったく……俺を何回移動させれば気がすむんだよ」
それは、一度はこの場から途絶えた声だった。
「……し、し、子音さん?」
1番、心強い味方。確かにそうだ。戌慈さんのまじないは、「誰かを呼び寄せる」ものなんだ。
「よお、サル。まじない使ったのは悪手だったな?」
「はは……やりづれえ」
申弥さんは、先ほどよりも疲れた様子で、困ったように笑った。




