第20話 呪いとまじない
「……お前も連れてこられちまったのか。まったく、アイツらは何してやがんだ?」
薄暗い中、子音さんの声が聞こえて安堵する。廊下から急に連れてこられたこの場所は、いったいどこなのだろうか。
「子音さん……! 無事だったんですね!」
「無事ではねえよ!」
「そ、そうですか……」
段々と目が暗闇に慣れてきた。目に入るのは、少し埃のかぶった、バスケットボール、マット、跳び箱……
なるほど。俺がいる場所は、体育館の用具倉庫だ。
座っていたマットから立ち上がり、周りを見回す。
あまり用具が使用されていないみたいだけど、一見普通の学校の体育館倉庫だ。
それにしても、子音さんはどこにいるのだろう。声は聞こえるけど、姿は見えない。
やけにガタガタ動いている跳び箱はあるけど……まさかこの中に?
「子音さん、今ってどこにいるんですか?」
「よくわかんねえ。暗くて何も見えやしないからな。狭い場所に閉じ込められているってことだけはわかるぜ」
「なるほど……俺、多分子音さんが閉じ込められている場所、わかると思います! 今すぐ助けますね!」
狭い場所に閉じ込められている、ならば、やはりあの妙な跳び箱の中ではないだろうか。
急いで近づき、白いクッションのついている1段目を取ろうとするも、動かない。
思い切り力を込めているのにびくともしないなんて、そんなことあるのだろうか。
「な、なんで! なんなんだこの跳び箱〜!」
「おいおい、大丈夫か?」
人間の俺って非力すぎ? いや、記憶の人間はそんなことなかった。男女2人、どちらも肉体的にも精神的にもパワフルだった。
「手伝おうかい?」
柔らかな声が聞こえたかと思えば、件の跳び箱が嘘のように持ち上がる。
隣を見れば、片目の隠れた糸目の華奢な青年が、上品に微笑んでいた。
見た目とは裏腹に、力持ちなんだなあ。じゃなくて。
「あ、ありがとうございます……ええと、どちら様ですか?」
「ふふ、十二支の一員であったということだけは言っておくよ」
「十二支……!」
やはり、十二支のうちの1人……! だけど、誰なんだ?
子音さんがこの場にいる、ということは、巳申の2人が彼を跳び箱の中に閉じ込めていたのには違いないのだろう。
でも、目の前のこの人は子音さんを助けたも同然。つまり、巳と申ではないのか?
そうだ。子音さんがこの人を見れば、間違いなく誰かわかるはずだ。
とはいえ、跳び箱は1段目が取れているはずなのに、子音さんは中から出てこないし、何の反応もしない。
不思議に思って跳び箱の中を覗き込む。そこは、ただの空洞になっていた。
「あれ、子音さんは……?」
「ああ、ネズミくんなら元いた場所へと送ったよ」
「え……?」
振り向けば、彼の手が俺の頬に添えられて覗き込まれる。なぜか、蛇に睨まれた蛙のように、身がすくんで動かなかった。
「僕はね、君に興味が湧いたんだ。感情の揺らぎが起爆剤となって、神様の片鱗が見えるのかな? でも精霊にしては不安定すぎるかな? 神通力が使えれば、僕たちにもっと影響を与えるだろうね……あはっ、興味深いね!」
「ひえっ……」
やばい。おかしい人だ。ブツブツと何かを呟きながら、彼の手は俺の頬を撫でる。全身の毛がブワッと逆立つような、おぞましい恐怖に襲われる。
「おや、怖がらないでおくれ。君に危害を加えるつもりはないよ。ただちょっと、イロイロ見せてほしいだけなんだ」
「そ、それが怖いんですけど! そもそも、あなたは元十二支のどなたなんですか!」
「鈍感なんだねえ。僕が誰か当てるなんて簡単だろうに。あ、そうだ。一旦窮地に陥ってみればどうだい? 君の本来の力が見えるかも」
「い、いやいやいや。な、何しようとしてるんですか!」
首元近くに伸びてきた手。その手から、明確に俺を害する意思を感じ取った。これに捕まったら、死ぬ。
嫌だ。まだ生まれたばかりだぞ。元十二支に関しては、まだ全員と会えていないんだぞ。役目を終えるまでは、絶対に死ねない!
「おや、残念。帰ってきちゃったか」
「へ?」
手が首元に触れただけで止まった。残念と言う割には、嬉しそうな顔をして、彼は柔和に笑う。
俺が間抜けな声を出したと同時に、背もたれにしていた入り口の扉が開き、俺の体は後ろに倒れゆく。
床にぶつかる……! 衝撃を覚悟して、目を瞑った。
「あ、あれ……?」
しかし、予想していた衝撃は来なかった。扉の向こうにいた人物が、俺を受け止めてくれていたのだった。
俺が今まで出会ってきた十二支の誰でもない。丸眼鏡をかけているのが印象的で、ちょっと胡散臭く見える人間だった。
「あ、ありがとうござ……どわっ!」
「邪魔」
「えぇ……」
お礼を言おうとするも、俺は意に介されず、横に軽く弾き飛ばされた。邪魔、という一言を付け加えられて。
この嫌な感じ、なんとなくこの人も十二支だな、と思った。
「ダメじゃないかサルくん。神様の使いは丁重にもてなさないと」
「はあ? 首を絞めようとしていたヘビさんが言えることじゃねえっすね。それより、なんでネズミさんを逃したんすか」
「……え! 巳申……!?」
この2人が……ヘビとサル。蛇平巳乃と猿爪申弥。
「ネズミくんよりもっと面白そうな獲物を見つけたんだよ。ネズミくんを僕らが独占するって案も良かったけど、精霊くんを僕らのモノにした方がよくないかい?」
「……まあ、一理はある。不安定なのは生まれたての証拠。明らかにこの選抜のためだけに生み出されたようっすからね」
「そう。それで、能力を調べるのに手っ取り早いのは、危機に陥らせることだろう? わざわざ神様がこの精霊くんを生みだしたということは、何かしらの防御反応が出るはずだからねえ」
「んで、首を絞めようとしてなんか出ました?」
「うーん、未遂だったからねえ」
2人がこちらを見てニヤリと笑う。血の気が引く。
なるほど、道理で子音さんが担当していたわけだ。この2人、危険すぎる……!
脳から出された救難信号が、体全体に伝わって、俺の足は自然と彼らのいる方向の逆へと走り出す。一刻も早くここから逃げて、部室に戻るんだ。
「蛇式呪法、鎖蛇蜷局」
「うわっ!」
体育館の出入り口を目指す。しかし、目の前に突如禍々しい鎖のようなものが現れる。その鎖が、蛇行しながら俺めがけて絡みついた。
なんだ、コレは。
1本の、細い鎖。複雑に絡みついているわけでもないのに、身動きがとれない。
かろうじて動かせる首を、巳申さんたちがいた方向へと動かすと、巳乃さんと思わしき人間が、地面にへたり込んで、困ったように笑っていた。
その様子からなぜか、思念伝達で具合の悪くなっていた、丑理さんを連想した。
「……これが今の限界かあ。ねえ、サルくん。しょぼくないかい、あれ」
「はは、しょぼいっすね。俺のまじないの方がまだ使え……ぐえっ、ギブギブ……首、絞めんなって!」
ずっと変な現象ばかりだ。廊下から用具倉庫への移動。消えた子音さん。そして、今の状況。
だけど、拘束されているとは思えないくらい、俺は落ち着いていた。
この鎖。なぜか、知っている気がする。
「……この鎖って、どういう仕組みなんですか」
「ああ、これかい? 僕の呪いだよ。かなり弱体化しちゃってるけどねえ」
「の、呪い……」
「あれ、知らない感じかな? じゃっ、サルくん。まじないも見せてあげようよ」
「はあ? 力使いたくないんすけど。それに、この精霊の能力見るんじゃなかったんすか?」
「……見せてあげて?」
呪いとまじない。寅琳さんから聞いた言葉。使える兆しは見えない。あの時はそう言っていた。
ただ、先ほどの李卯さんが人間界でも呪いは使えると言っていたことや、目の前で繰り広げられる話の流れから、きっと、この2人は使えるのだろう。
意味深な笑みを浮かべる巳乃さんを見て、申弥さんはため息をつく。
「猿式呪法、猿狙倣影爪!」
手を胸の前で合わせて、握り、申弥さんは唱えた。祈りのポーズのようにも見えるが、目はつぶっていない。輝く眩い白い光の線が、彼の足元を囲み込んで、円を描く。
綺麗で、目が離せない。「まじない」というが、その実態は何なのだろう。
おまじない。人間のイメージとしては、良いものだ。いい結果をもたらすためにする行為。
緊張しないために「人」という字を飲み込んだり、痛みを和らげるために呪文を唱えてみたり。
何を悠長に見ている、2人は、俺を苦しめようとしていたんだぞ、という意識が無いわけではない。
現に、禍々しい鎖は俺のことを拘束している。
でも、恐怖心とか、焦燥感というのはとうにない。今、この場で何が起きようとしているのか、見届けなければならないと思っていた。
やがて白い光は分散して、小さな穴が現れた。鎖とは違って、ハッキリと既視感のあるものだった。
「あれ……イタチさんの、穴……?」
そう、部室に手紙を届けにやってきた、イタチ。だけど、彼の出していた穴よりも随分と小さかった。
「……サルくん、君言ったよね? 僕の呪いより君のまじないの方が使えるって。あれ、ひょっとして……唱えるときに噛んじゃったかな?」
「うっせえ!」
「あっ、ちょっ」
あ、サルさんがヘビさんを蹴って、彼の足が穴にハマった。そして勢いよくヘビさんの体が吸い込まれ、体育館から姿を消す。
え……あの穴の先って、どうなってんの。どうしてあんな小さい穴に吸い込まれていっちゃったんだ!?
「あ、やべ。この穴ってどこ繋がったんだ」
まじないを使った人がわかっていない!? このまじない、何を目的としたものなんだ。
困惑していると、俺を縛っていた鎖がサラサラと消えていって、体の自由がきくようになる。
おそらく、巳乃さんがこの場からいなくなっていたことによるものだろう。
さて、俺と申弥さん。2人きりになったわけ、だが……どうしたものか。
「あの……サルさん。今のって、イタチさんの」
「あー、あんたらのとこにも来たんすね。俺のまじないは、他者独自のまじないを再現するもの。あんたがこちら側に連れてこられたのも、ネズミさんが消えたのも、ぜーんぶコレのせいですけど?」
たしかに、穴のようなものから出てきた腕に掴まれ、吸い込まれて、俺は用具倉庫にいた。
跳び箱の1段目を開けた瞬間から、子音さんの声が聞こえなくなっていたのは、穴から他の場所へと送られていたからなのか。
しかしそうなると、あの跳び箱が奇妙で仕方ない。
「はは、困ってますねえ。じゃあ、アンタも入ってみます?」
小さな穴は消えていない。そこを見つめて、申弥さんは意地悪く笑う。同じ陽だからなのだろうか。どこか、子音さんや、寅琳さんにも似た、自信に満ちた笑い方をする。
それに、触発されたのかもしれない。もしくは、本来すべきことを、思い出したとも言えるかもしれない。
「……そうですね。入ってみたい」
「……はあ?」
「俺、十二支のための精霊なのに、十二支に関すること、全然わかんないんです。それを痛感する度、嫌で嫌で、情けなくてたまらない。だから、実際に経験しちゃえば、どういうものか知れるのかなと」
呆気に取られた申弥さんの前にある小さな穴を目指して、近づいていく。
大丈夫だ、怖くない。だって、一度通ったし、子音さんだってこの穴に入っていったのだ。
片足を突っ込もうとする。その時だった。
「ちょっと待ったああああ!」
「えっ、戌慈さん!?」
「……解呪」
大きな声が聞こえ、こちらに猛スピードで走ってくるのは、戌慈さんであった。俺とサルさんの間に割り込もうとするので、焦る。
そこに来たら穴に落ちてしまう! 止めようとすると、ボソッと申弥さんが呟き、小さな穴は消えていった。
「よお。相変わらず、ご主人に尻尾振るしか脳がねえようだな。バカ犬」
「再会した瞬間に悪態とは。相変わらず性根が腐っているな。アホ猿」
売り言葉に買い言葉。犬猿が揃ってしまった瞬間である。やっぱり仲が悪いのかと、絶望が俺を襲うのであった。




