第18話 誘拐
十二将学園高等部、動物愛好部。部員である俺は、授業を終えれば部室へ向かう。学生の本分は勉強だが、精霊の本分である元十二支のサポーターは、放課後からが本番なのである。
なんという二重苦。生まれながらにして凄まじい業を背負ったものだ。
さらに、昨日はその使命に失敗してしまった。1年3組に在籍している、元十二支の卯と戌を、仲間にするというミッションであった。
「し、失礼しまーす……」
部室前の扉に手を掛け、恐る恐る開けていく。
たしか……子音さんが、巳申コンビ。寅琳さんが、午未コンビで、丑理さんが、辰酉コンビを仲間に引き入れる計画だった。
李卯さん以外の元十二支が部室にいるかと思うと、身がすくむ。開けた瞬間に小言とか飛ばないかな……襲われないかな。
しかし、俺が見たのは、思っていたのとは違う、異様な光景であった。
いや、元々考えていたのも異様な光景なのだけど。
部室にいたのは、丑・寅・戌・亥。子音さんがいないし、何より、空気が酷く重い。
「あの……みなさん。いったい……」
思い切って口を開くと、寅琳さんの鋭い視線が俺に突き刺さる。俺は小さな悲鳴をあげるのであった。
「おう、セレンはん……俺ら、失敗したんや。唯一成功したんは、お前のワンちゃんだけや」
「ええっ!?」
「トラさん、セレン様の前でワンちゃん呼びはやめてください! しかし、意外でした。これほどまでに、みんなの気持ちが、同じ方向を向いていないなんて……」
「ネズくんは誘拐されちゃったしね! どうしよ!」
「え、誘拐された……?」
まったく状況が飲み込めない。誰も仲間を説得できなかった? そして、誘拐……?
「えっと……昨日、何があったのか、説明していただけますか?」
「ああ。ウシはネズミの居場所探っとるから、俺が全部言ったるわ」
一言も喋らない丑理さんは、彼は思念伝達するときのあの不思議なポーズをしていた。目を瞑って、集中している。
部室に入った時から、明らかに話しかけてはいけない様子をしていたので、ふれなかったのだ。
「まず、俺な。ウマとヒツジ。アイツらは、1番ベッタベッタしてて常に一緒の支合や。せやから、ヒツジを先導しとるウマを仲間に引き入れればええ話。そう思って、説得したんや」
ウマとヒツジ。たしかに絵本では、ウマがヒツジと足並みを揃え、2匹共にゴールしたと描かれていることが多く、一緒にいることが多いイメージだった。
ヒツジは、ウマに先の順位を譲ったという話もあることから、相当仲が良さそうだ。
「だけどアイツ、断りおった。今思い出しても腹立つわあ! 何が、俺は十二支に戻らない、や! お前にプライドはないんか。清々しい顔で何言うとんねん!」
「トラくん! どーどー!」
「俺はウマやない!」
息巻く寅琳さんを、亥寧さんが宥めるが……逆効果だ。寅琳さんはさらに怒ってしまったようで、騒ぎ始めてしまった。
……戌慈さんはこの状況のこと、どう思っているんだろう。
真面目だし、嫌がっていないかなと彼の方を伺うと、キラキラした瞳が2人の方を見つめていた。
「え……戌慈さん?」
あ、人間の記憶が反応する。この瞳は、「遊びたい」と訴えている。
「……まぜてくださいっ!」
真面目でも、根本は犬……戌慈さんは、戯れている2人の間に飛び込んでいったのであった。
さて、目の前の光景は一旦置いておくとして。
十二支に戻らない。寅琳さんによれば、ウマさんは清々しい表情をしていたとのことだが、どういう気持ちでこの言葉を言ったのだろう。
ウサギは怯え、ウマは吹っ切れている。そしてどちらも、俺たちの仲間になろうとはしない。
何か、理由があるはずなんだ。あの子音さんですら、初めて会ったときに悩んでいたのだから。
ああ、その子音さんがいないことが心細い。
俺が、この状況をどうにかしなければ。このままではいずれ、今ここにいる元十二支たちもバラバラになる道を辿ってしまうかもしれない。
そうなる前に、突破口を見つけるんだ。
「……みなさん! 騒いでいる場合じゃないです! 話の続きをしましょう!」
手を叩いて大声を出す。動物なら注意を向けるかなと思って。でも、なんだろう……この感じ。幼稚園の先生にでもなった気分だ。
1人はピタリと動きを止めて、その場に正座する。2人は取っ組み合ったまま俺の方を見た。うん、個性的だ。
「す、すみません……ついはしゃいでしまって……」
「わは! トラくんっ、話の続きだって!」
「おまえなあ!」
「わあ! はいはい! 寅琳さん、子音さんが誘拐されたっていうのは、どういうことなんですか?」
またもや騒ぎ出しそうな雰囲気の間にどうにか割り込む。寅亥の2人には、しおらしい戌慈さんを見習ってもらいたいものだ。
子音さん、やはり今の俺では、到底この場を収められそうにない。あなたがいないとダメだ。
寅琳さんは俺の質問に対して、軽く舌打ちして椅子に座り直す。
あ、亥寧さんがその椅子を回そうと……いや、戌慈さんが羽交い締めにしてそのまま床に座った。
「俺も具体的にはわからん。ヘビとサルに唆されている可能性があるって思っとるだけや。アイツらだけで十二支に戻る計画でも始める、とかな。ネズミも戻ってけえへんし」
どういうことなのだろう。
だけど、神妙な様子の寅琳さんを見ていると、状況が良くないってことだけはわかる。
「あの……ヘビさんとサルさんって、どんな方達なんですか?」
「アホ猿は、腹立つヤツです。できればセレン様に近づけたくありません! ヘビさんは、うーん、ちょっと言動が怖いですけど……基本的には、穏やかかな……と」
「わは、ヘビくんサルくんはね、頭が良くて、面白いよ! おれが近づくと離れちゃうけど!」
「それはお前が避けられとるんや。俺から言えるんは、アイツらは厄介で、俺とは価値観が合わんってことだけ」
全体的にヘビとサルの印象が悪いぞ……?
でも、相性がいい十二支がいるんだから、当然反対に、相性の悪い十二支もいるのは納得がいく。
思い出すのは、寅琳さんが言っていた、「十二支1匹1匹、考え方は違う」こと。
昨日の李卯さんも、ウマさんも、問題の巳申さんも、他の十二支たちも、それぞれの価値観で行動して、今の状況を引き起こしているのだ。
だからこそ、どうしても……彼らのことを知りたい。彼らに会って話をしないことには、何も始まらない。だから。
「わかりました。行きましょう! 子音さんを探しに!」
「何がわかったんや。居場所はわからへん、ヘビとサルが何してくるかも知らん。ウサギすら説得できんかったお前に、何ができる」
「トラさん! 言い過ぎでは……」
「それでも! このまま何もしないわけにはいきません!」
「セレン様……」
「うんうん、セレンの言うとおりだね! ネズくんもほんとは困ってるかもしれないし、おれも助けに行く!」
「……探すって、簡単なことやないで」
寅琳さんが、丑理さんに視線を向ける。未だにポーズはそのままだが、わずかに表情に、苦悩が滲み出ているとわかった。
「丑理さん……?」
「なぜだ……? なぜ、できないのだ……?」
「え……?」
「こいつ、思念伝達できなくなったんや。おかげで、ウシは辰とトリを見つけることすらできんかった。やっぱり、十二支の復活なんて考えるのは、無謀なことなのかもしれんな」
みんなの表情が暗くなる。ダメだ、このままじゃ。
ただ、視野が狭くなってないだろうか。
思念伝達なら、亥寧さんが戌慈さんにやっていたから、丑理さん以外にもできるはず。
第一、学校にいることは確かなのだから、見つからないなんてことないだろう。
どうしてこんなにも、意気消沈しているんだ? 頼みの綱の子音さんがいなくなってしまったからなのか。前まではできていたことができなくなった不安か。
それとも、かつての仲間に裏切られた気持ちになったからなのか。
ああ、いずれにせよ。やっぱり、何もしないままでいたら、始まらない!
「……ヘビさんとサルさんは、1年4組、でしたよね。俺、行ってきます!」
とっさに円卓の上にあった生徒名簿を手に取り、俺は、1年4組めがけて走り出した。
俺の使命は、元十二支を支えること。今の俺は力不足だ。
だからせめて、みんなを元気づけるためにも、子音さんだけでも連れ戻したいと思った。
俺は、確信している。完膚なきまでの十二支の復活。子音さんのその目標が、絶対に、揺らぐことはないと。十二支を裏切ることだけはない、と。
「あっ、セレン様、待ってください! 僕もお供します!」
「わは! おれも行く!」
こうして、部室に残ったのは丑理さんと寅琳さんだった。俺は後々知ることになるのだが、この時、部室に来客があったのだという。
「……情けない、2番と3番だね。見てられない」
「む……ウサギか」
「……どういうつもりや、ウサちゃん?」




