第17話 卯
――十二支第4位、卯こと兎。跳躍により天敵を惑わし、素早く逃げるために発達した脚を活かして、正規ルートでは寅の次にゴールした。
愛くるしい小動物であり、人間からの人気も高い。
臆病なイメージがあり、寂しいと死んでしまう……? と言われていることもあるが……どうなのだろうか。
赤い瞳が、俺を睨んでいる。草食動物らしからぬその眼光の鋭さにたじろいでいると、亥寧さんが突進していった。
「わは! ウサちゃんだ! わーい!」
「はいはい。人間の姿だと受け止めやすくていいね」
「ウ、ウサギさん……なぜここに?」
「なに、一緒に行動しちゃいけないわけ。それと、どうにかして僕を撒きたかったようだけど、僕が耳がいいの忘れた? 丸聞こえだったけど。アンタたちの思念伝達」
「ええ……人間になってもなんですか……」
「ふん、聞こえるんだもの」
亥寧さんの突進を抱きとめて、戌慈さんをオロオロさせている。現れてすぐに場の支配者となった。
間違いない、この人が元十二支第4位、卯こと兎川李卯。子音さん、話が違う。全然穏やかそうじゃない。
むしろ……かなり手強そうじゃないか!
「それで? インチキネズミが何か始めてるけど、アイツの目的は十二支の復活? ほんと、無謀なことに挑戦するのが好きだよね」
「ね、イヌくん。ウサちゃん、なーんかヤサグレてるね〜」
「ああ……人間になってからこうなんだ。ウサギさんは警戒心が強い。この状態でセレン様に会わせるのは、あまりよくないと思って」
「わは、たしかに!」
「アンタたち……わざとなの? 耳が良いって言ったでしょ?」
俺にも聞こえている。わざと聞こえるように話しているようにしか思えないのも無理はない。
亥寧さんに至っては普通の声量で喋っている。まあ、戌慈さんは真面目っぽい。
「そ、そうでした。こほん。まず……何も伝えずに撒こうとしたことは、支合としてダメな行動でした。謝ります」
戌慈さんは李卯さんの正面で、綺麗に礼をして謝罪の言葉を口にする。社会人が敬うべき、誠実さが滲み出ている。
そして戌慈さんは、俺の方を見てわずかに笑い、真剣な顔で李卯さんへと向き合った。
「ですが……やっぱり僕は、何もしないでいたくない。セレン様がおっしゃる通り、慢心はよくないことです。それに、人間になっている以上、頼りになる仲間の元へいた方がいいかと」
「そうだよウサちゃん! おれ、人間になってどうしたらいいかわかんないもん!」
うやむやになっていたと思っていたが、俺が戌慈さんにぶつけた気持ちは、しっかり伝わっていたことに気づく。
しかし一方で、真っ赤な瞳の奥の警戒心は緩んだように見えなかった。
「へえ。やっぱりおかしいね。気は神を纏うが、何の力もないように見える精霊。ネズミも、ウシも、トラも、アンタたちも……どうしてすぐに心を許した? 呪いにでもかけられているんじゃないの? どうも信用できないね」
「呪い!? そんなことは……」
俺は何も言えなかった。思えば、李卯さんの言っていることも、たしかにそうだと納得する部分もあったからだ。
俺にとっては気疲れしてばかりだけど、今のところ順調に元十二支の皆さんを集められている。
李卯さんのように明確な拒絶の意思を示されたことはなかったのだ。
あの性格の捻くれていそうな子音さんでさえ、俺をすぐに受け入れてくれた。
不思議なことだと考えていると、肩をトン、と叩かれる感覚がした後、亥寧さんが李卯さんの前に立った。
顔は朗らかで、相変わらず何を考えているかは読めない。だけどなんとなく、この場を引き受けてくれるような雰囲気だった。
「ねえねえウサちゃん。呪いの感知って今できる? セレンはウサちゃんの信用を得て、十二支が使う術のことにも詳しくなる! イッセキニチョーってヤツだね! まあトリくんはウシくんにお任せだけど!」
「忌々しい、その四字熟語。とりあえず、二兎追うものは一兎をも得ずって返しておく」
独特の会話が気になるけど、亥寧さんは、俺の信用性を証明してくれるってことなのか。
なんてありがたいんだろう。そして「呪い」とは何なのか、教えてくれるのも嬉しい。
シャトルバスの中で、寅琳さんが言っていたような気がしないでもない。だけど、あの時聞いたことは、結局ほとんど理解できていない。せいぜい支合くらいだ。
「ところで、呪いも知らないの?」
「うぐ……」
「大丈夫ですよ、セレン様。僕も呪いとはどのようなものなのか、ちゃんとわかっていませんから」
「わは、陽こそ知っとかないと危ないけどね!」
「ぐぬ……」
戌慈さんは11位で奇数。李卯さんは4位、亥寧さんは12位で偶数。寅琳さんの話では、十二支の奇数は陽、偶数は陰だと言っていた気がする。
話の流れ的に、「呪い」とは、主に陰が扱う術なのだろう。
「……呪い感知できたって無駄なこと。この雑魚精霊がそんな大層なもの使えるなら、とっくにウシが反応してるもの」
「え……?」
「あ〜そっか〜!」
雑魚精霊とはもう言われ飽きた。じゃなくて……どうして、ウシ、丑理さんが出てくるんだろう。
李卯さん以外の2人も、うんうんと首が取れそうなくらいの勢いでうなづいて納得している。
「えっ! じゃあウサちゃん、呪いが使えないってわかってるならさ、どうしてセレンを信用できないのー!? ねえねえ、どうして!」
「そうですよ! 第一、神様の気を纏っていらっしゃるんですから、僕らに危害を加えるわけないですよ! 一緒にみんなのところへ行きましょう!」
李卯さんが2人に詰め寄られているが、そっぽを向く。どうやったら、この警戒心を解くことができるのだろう。
どうして、ここまで仲間になりたくないと思っているのだろう。
ジッと見つめていると、未だに2人に挟まれている李卯さんと目が合う。
その瞬間、彼は体を強張らせ、怯えたように瞳を揺らす。
俺を、怖がっている……? その理由を知りたくて、歩みを彼の方へ進めようとしたときだった。
李卯さんの足が地面を踏み鳴らした。かと思えば、クルリと踵を返して、走り出す。
「えっ、李卯さん!」
「ウサちゃん! 待ってー!」
脱兎のごとく、とは言うが、まさに李卯さんの足は、俊敏そのものだった。
俺と亥寧さんが追いかけようとするも、戌慈さんが腕を掴んで阻止する。
「すみません……今は、ウサギさんをそっとしておいてくれませんか……」
「イヌくん。ウサちゃんは、どうしちゃったの?」
苦しそうな、表情だった。まるで、自分を不甲斐なく感じているようで、心の痛みが、俺にまで伝わってくる。
亥寧さんも、いつも元気な表情だが、眉毛が下がり切って、心配している様子だった。
「できれば、みなさんがいるところで話したいです。おそらくこれは、僕たちだけの問題ではないので……すみません、セレン様。支合なのに、ウサギさんを説得できませんでした」
耳も尻尾も垂れ下がり、落ち込んでいる犬のようだった。彼は、悪くない。十二支を支えることは、俺の使命なのだ。
情けない。2人に頼り切りで、何もできなかったのは、俺の方だ。
「顔をあげてください。決して、戌慈さんのせいでも、亥寧さんのせいでもないです! 俺こそ、李卯さんに何も言うことができなかった。だけど、次は絶対。絶対仲間にできる説得の方法を考えて、俺が李卯さんを仲間にしますから!」
「セレン様……ありがとうございます」
「わは! 頼もしいね、セレン! ネズくんたちには、ウサちゃんは訳アリだって、言っとくから! 1回の失敗くらい、だいじょぶだいじょぶ!」
「……イノシシは、結構失敗するもんな」
「え〜イヌくんだって」
2人が和やかな雰囲気に戻って、ホッとする。
だけど、どうしても気になるのは、李卯さんのあの、怯えた表情だ。おそらく戌慈さんの話に、ヒントがあるのだろう。
失敗は成功の元。落ち込むことはない。
だけど……まあ、きっと子音さんたちは、バッチリ成功させているはずだ。
小言を言われるのは目に見えているから、明日また部活動で集合するのが気が重い。
「あっ! ウサちゃんは残念だけど、明日はみんなと会えるね! 楽しみだねっ!」
「イノシシから聞いたところ、明日は部室とやらに行けばいいのですね。承知しました!」
明るい亥寧さんと、俺を慕ってくれる戌慈さんに、心が温かくなる。励まされる。
「明日も、頑張りましょう!」
すべて思い通りになんていかない。俺はこの一件で身をもって知った。
明日、それ以上に実感するなんて……思ってもいなかったのだ。




