第12話 亥
――十二支第12位、亥こと猪。様々な逸話がある。神様が指定した目的地とは別の場所に間違えて行ったため、最下位だったとか。その際、山に穴を開け、他の動物たちを間違ったルートへと導いてしまった、とか。
なるほど……猛獣、トラに引けを取らない。イノシシもまた怪物というわけだ。
時は放課後。予定通り、寅琳さんの思念伝達を用いて、イノシシこと猪野田亥寧さんを呼び出す。
寅琳さんとの昼休みの会議で指定された場所は、あまり人に目立たないような体育館裏であった。
もっとも、寅琳さんではなく子音さんが提案したらしいが。
「えっと……ここかな、体育館裏。あ、寅琳さん……何してるんです?」
「集中しとるんや。ウシの件もあるし、上手く使えるかわからんからな」
一緒にいた寅琳さんは、奇妙な行動をしていた。人差し指をこめかみに突き刺し、うーんと唸っている。
こんな場面見られたら、変に思われるだろうな……頭が痛い人に見られるかな?
「ほな、行くで。覚悟はええか!」
「はいっ!」
奇妙なポーズはそのままに、彼は目を閉じる。10秒くらい経った頃だろうか。再び目を開けて、顔を歪めた。
丑理さんと同じく、具合が悪くなってしまったのだろうか。
「んー? ウシのやつ……こんなんであんな使いものにならなくなるんか? なーんか釈然とせんなあ」
「大丈夫ですか、寅琳さん?」
「おう。ピンピンしとんで。それよりも、来るで……アイツ」
「え、もうですか!?」
「5……4……3……2……い、ぐはぁああ!」
「は……!?」
寅琳さんのカウントダウンは、むなしく0を迎えることなく吹き飛んだ。寅琳さん自身も、である。
何が起こったのか全くわからなかった。
カウントダウンが1に差し掛かった瞬間、目の前を茶褐色の何かが勢いよく通り過ぎていったのだ。
「寅琳さん……!?」
「わは! トラくんっ! 人間になってもアレ使えたんだね! どうやったの!? ウシくんに教えてもらったのー!?」
「チッ……これだから嫌なんや。お前も無理矢理使ってたやろ。俺が無視決め込んどっただけで……おい、なんでウシがでてくんねん」
「あれ、精霊さんがいる! それも生まれたての! こんにちは! おれ、十二支12位のイノシシ! よろしくねー!」
「ど、どうも……一神セレンです……」
「話聞けやー!!!」
く、クセが強い。今まで会ってきた元十二支とは、また毛色の違う怖さである。
その証拠に、寅琳さんが調子を狂わされている。
猪野田亥寧さん、茶褐色の髪と瞳。瞳からは輝きが溢れていて、前髪はちょんまげのように縛っている。
何だっけ……たしか、ポンパドールとかいうやつだ。容姿からも天真爛漫さが伝わってくるようだ。
「おれを呼んだのは、仲間にしてくれるってこと? ネズくん、ウシくん、トラくんは一緒にいるんだね! すごいね、精霊さん!」
「え、あ、ありがとうございます」
くうっ、こんな真っ直ぐに褒めてくれる人なんていなかったから、素直に嬉しい。
寅琳さんは不服そうに亥寧さんを睨みつけているけど。
「んで? お前は仲間になるんか? ネズミの目的は完膚なきまでの十二支の復活やて。俺は首位を目指すけどな」
「へえ! ネズくんらしいね! ね、精霊さん! おれに仲間になってほしい?」
亥寧さんが、つぶらな瞳で上目遣いに見つめてくる。なんだ、意外と友好的じゃないか、とホッと胸を撫で下ろす。
この油断が、命取りであった。
「はい、もちろん仲間になってほしいです!」
俺がそう答えると、亥寧さんは寅琳さんの方を向いて、意味ありげに微笑んだ。
その微笑み方が、どこか寅琳さんの……獲物を見つけたような笑み……というか、底の知れない気味の悪さを感じて、違和感を覚える。
寅琳さんが無表情のまま、ええんちゃう、と一言つぶやく。 え。何が、と思った瞬間、俺の手は引っ張られ、足は空中に浮いたまま、進み出していた。
「わはっ! じゃあ一緒に走ろっか! 精霊さん!」
「え、ええ〜!!! ちょっと寅琳さあああん!」
「さいなら〜」
かくして、俺は亥寧さんに連れられ、地獄のような走り込みが始まったのであった。




