第11話 支合
入学式の翌日、昼休みに入り、さて、学食とやらに行ってみようかというところである。
改めて……俺はクビになった十二支を支えるという使命を受けた、生後2日の精霊、一神セレンだ。
結局、昨日の夜は落ち着けるものではなかった。
学生寮は大きすぎて迷う。知らない人がたくさん。元十二支の3人はそれぞれ別棟のため離れ離れ。
人間の記憶があって本当に良かった。
寮で他の人との接し方はもちろん、受けている高校1年生の授業内容が、手に取るようにわかるのだから。
今日の放課後、例の作戦を実行するわけだけど、俺はある一点、大事なことを聞くのを忘れていた。
そう、寅琳さんの「支合」とは誰なのか……?
昨日習ったことをおさらいするなら、支合とは相性がいいと言える、支え合わせの関係を持つ2人組だ。
子と丑、すなわち子音さんと丑理さんがその関係にある。正直言って、意外だった。正反対に見える2人だから。
トラは、生態系のトップ。最強の動物と言っても過言ではないイメージだ。
釣り合いそうな十二支と言えば、よく対抗に据えられる龍、すなわち辰だろうか。
うーん、でも仲悪そうだなあ。
「一神、呼ばれてんぞー?」
「え?」
声がするほうにパッと顔を上げると、手をヒラヒラと振っているプリン髪の……ああ、寅琳さんだ。
「寅琳さん? どうして1年7組に?」
「昨日、寮行ってからはゴタゴタして話せんかったやろ? メシにありつくのにどこ行けばいいかわからんかったし、ちょうどええかな〜って」
こ、この人、多分作戦会議のほうがついでだな、と思った。
食堂なら子音さんに場所を聞けばいいものを……いや、教えてくれないかもしれない。
「子音さんと丑理さんはどうしたんですか?」
「アイツら、教室に行ったらもうおらんくてな、早速何かの準備でもしてるんとちゃう? ウシはネズミに巻き込まれる形やと思うけどな」
「あはは……じゃあ、食堂いきましょうか。一応場所は教えてもらったので」
食堂は、1階の渡り廊下から、別棟に移った先にある。1つの建物が丸々食堂という、またもや異次元の世界である。
寅琳さんを引き連れて、体力のない俺にとっては、結構キツめの長い階段を降りていく。
途中すれ違う生徒が好奇の目で見てきたり、後ろの彼の威圧感のせいなのか、怯えるように道を開けてくれたりしたので、虎の威を借る狐……? などと思って少し面白かった。
「はあ、はあ……つきましたよ」
「あんた、体力ないなあ」
「陸上最強動物に言われましても……あ、寅琳さん。あのメニューから食べたいものを選んで、カウンターにいる方に注文するんですよ」
「へえ〜!」
「あ、ちょっと寅琳さーん!?」
食堂は、多くの生徒で賑わっていた。
これだけの生徒がいれば元十二支もいるんじゃないのか、とは思う。
一方、腹ペコの猛獣は興味津々にメニューのある方へと行ってしまった。あわてて追いかけて、俺もメニューを見てみる。
肉・魚・野菜……和食洋食中華網羅である。本当に何なんだこの学校、何でもありだな。
「なあ、人間。こんなかで1番うまい肉料理、頼むわ」
「は!?」
「おや、オススメを所望とは新入生かい。肉料理ね。そっちのボウヤはどうするんだい?」
「へっ? あ、お、同じものを……」
「あいよ。ところで、最近おばちゃん、人間って呼ばれることが増えたのよねえ。流行ってるのかわからないけど、アンタは人間じゃないの? って毎回ツッコミたくなっちゃう。この学校、みんな優秀だけど変わり者も多いのよねえ」
寅琳さんが食堂のおばちゃんを「人間」と呼んだ時点で、思わず驚きの声を上げてしまった。
ない、それはないぞ、寅琳さん。さらに、そのことをスルーしてこちらにも注文を聞くおばちゃんにさらに驚きである。
しかし、サラッと流した理由が、他にも人間呼ばわりしてくる生徒がいるから、という事実に、なぜか冷や汗が流れた。
「おう、俺は人間やない……とら」
「わあー! ほら、あっちで料理ができあがるの待ちましょうって!」
まずい。どうしてこのトラ、自分が人間じゃないと自己紹介するんだ!
無理やりに、寅琳さんを食堂のおばちゃんから遠ざける。
何故だろうか。本能的に、元十二支たちのことは人間には隠さなければならないような気がするんだ。
おばちゃんの言葉から、もうすでに手遅れな感じがしないでもないけど……
「寅琳さん、人間を人間と呼ぶのはやめたほうがいいかと!」
「え、なんで? 事実やんか」
「その、えーと。あ、もし……今回の十二支競争、だれが1番人間らしく振る舞えたか〜とかだったらどうします? ほら、子音さんって、部活動作りとかしていて、1番人間らしい行動してるでしょう? もしかしたらそういうお題が来ると思っているのかも」
うわ……目つきが悪くなった。寅琳さん、子音さんが1番になるのが嫌なんだろうな。
「……せやったら、人間をどう呼べばいいん」
「そうですね……基本は名前で呼ぶことが1番なんですけど、俺が寅琳さんだったとしたら、『おばちゃん』ですかね。彼女自身、自分をそう呼んでいる感じだったので、『おばちゃん』呼びができるんですけど、中には『おばちゃん』と呼ばれるのが嫌な方もいるので、難しいところです」
「ふうん……人間って、めんどくさいんやなあ」
神様は、動物が人間社会で問題を起こさないために見張ってほしいとも言っていた。そのために、人間の記憶をもらった。
きっと、こういう指導も、役割のひとつなのだろう。1人で納得していると、注文した料理が受取口へと運ばれてきた。
「はい、お待たせ。おばちゃん特製の、ポークソテーだよ!」
おお……唐揚げ、トンカツ、ハンバーグなどを想像したのだが、ポークソテーとは意外だ。
ただでさえ寮での食事は、緊張のあまりそこまで食べていなかったので、思わず喉を鳴らしてしまう。
横目で寅琳さんを見ると、彼も同じ様子であった。
「ありがとうございます! あ、寅琳さん。受け取って空いてる席に座りましょう」
「おう。おおきになあ、おばちゃん」
あ。おばちゃん、ときめいたな。そうだよね、俺もなんか妙な気持ちだ。
何だこれは、母性……? いや俺の方が赤ちゃんなんだけど!
美味しそうな料理を目にして、純粋な満面の笑みを浮かべ、感謝を述べる寅琳さん。
俺は、さっき言ったことをすぐに実践してくれたことが嬉しかったのだと思う。
そして多分おばちゃんは、さっきとの態度とのギャップと、笑顔に打ち抜かれたのだろう。
心臓を片手で押さえながら、また来なさいなと言って嬉しそうにしている。恐るべし、虎城寅琳。
料理を受け取った俺たちは、適当に空いていた席に座る。そういえば、本題のこと絶対忘れているだろうな。
ポークソテーに夢中になっている寅琳さんの姿を見て思う。
「あの、寅琳さん。今日の放課後ってどうするんです? 俺、あなたの支合がだれかなのかも知らないですけど……」
「……ん。だれやと思う?」
「えーと……予想ですけど。俺は、十二支5番の辰さんかな、と」
「へえ、辰」
「違いますか?」
「ちゃうな。そっちのほうが俺は嬉しいけどな」
ベタベタになっている口元が笑う。元がトラなのだから仕方ないのだけど、食べ方……どうにかならないだろうか。
「辰さんのほうが嬉しい……?」
「……逆に衝突する場合があるんよ。俺らは、支合やけど、支合らしくない」
「……だれなんですか?」
支合だけど、支合らしくない。ここまで支合がだれなのか、ハッキリ言わなかったのも、何か理由があるのだろうか。
だけど、知りたい。寅琳さんに聞くと、彼は手元のフォークでポークソテーを突き刺し、こちらを見据えて答えた。
「……第12位、亥ことイノシシ。人間名を猪野田亥寧。話が通じひん、やかましい、おまけにすぐ突進や。仲間にしたとして、その後も大変やと思うで。ま、せいぜい頑張りや。セレンはん」
「は、はい……」
寅琳さんは、鬱陶しげに顔をしかめては笑う。その期待半分、諦め半分混じったような苦笑が、印象的だった。




