第10話 シャトルバスにて
私立十二将学園。とんでもない金持ち校である。全寮制で、しかも寮へのシャトルバス付き。
なるほど、学業に励む者を最大限にサポートするというわけだ。
俺は今、そのシャトルバスに乗って、これから自分が暮らしていく学生寮に向かっているのであった。
……元十二支の、トップスリーたちと。
「は〜便利やなあ。人間は楽々遠くに移動できてええなあ」
「人間界のことは興味本位で天界から見ていたが、実際こうして乗ってみると、面白いもんだな」
ことの状況は、寅琳さんと話していたすぐあと、子音さんが入寮式に出なければならないと言ったのが発端である。
新入生は、任意で入寮式に出ることができるらしい。あくまでも任意の上、入寮自体に必要はない。
そのため、ほとんどの生徒は部活動見学に気を取られて出席しないということだ。
子音さんは、意気揚々と語った。寮の管理人に良い印象を与え、いざというときの信用を勝ち取っておくんだ、と。
そういうわけで、俺たちは部活動見学を切り上げ、早めに寮へと向かっているのである。
俺としてはバスに乗った記憶はあるので、初めて乗るのにどこか懐かしい心地だ。
興味津々な子音さんと寅琳さんとは対照的に、丑理さんは遠い目をして虚空を見つめている。
「……丑理さん具合悪そうですが、乗り物酔いですか?」
「む……いや、これは……」
「らしくねえじゃねーの? やっぱり人間の姿じゃ、まともに力なんて使えねえんだな」
「しかも、思念伝達でやろ?」
「ええと……どういうことですか?」
丑理さんが何か言いたげだったような気もしたが、あっけなく2人によってかき消されたので、またもやフリーズを再開してしまった。
俺はとりあえず、彼らの使う業界用語はよくわからないので、思い切って聞いてみる。
すると寅琳さんが、思い出した、と言わんばかりに手を叩き、勢いよくこちらを向いて話し始めた。
「あ〜! 結局精霊はんに言わずじまいやったなあ。なんで、あの場でネズミが俺の前に現れよったのか。俺の課題に関係するから覚えときや〜」
「……ん? まさかお前、アイツをセレンに相手させんのか?」
「あったり〜。さすが、以心伝心やな、ネズミ」
「きもちわり。まあ、いい刺激か。俺もアイツ、対処できる気がしねえし」
「ええ……な、何ですか? 怖いんですけど!」
怖い。丑理さんと似たような遠い目をする子音さん。彼をここまで困らせる「アイツ」とは。そして試験に関連することって何だ?
「覚えきれんにしても、しっかり聞くんやで」
「は、はいっ」
不安な課題の内容はともかく、寅琳さんは十二支について教えてくれるのだ。聞き漏らすわけにはいかないと、肩をこわばらせる。
「まずな、十二支には陰陽力っていう2種類の力の源があんねん。奇数の陽6人、偶数の陰6人で半々。例えば、十二支奇数である俺やネズミは陽力を持ち、偶数のウシは陰力を持っとるってことや」
「な、なるほど……」
「ザックリ言うんなら、陽力は創生の力、陰力は破壊の力ってところやな。他にも、五行術やら、まじないと呪いとか、いろいろあるんやけど……使える兆しも見えてへんし、今のところはええかな」
「えっと、その陰陽力が関係する、と?」
「今のは前提やな。本題はこっからや」
「ぜ、前提……」
「支え合う関係の2人組、神は俺らを結びつけて、これを作った。『支合』っていう関係性やな。6組いずれも、陰陽での組み合わせになっとる。そこのネズミとウシが、その関係性に当たるで」
「子音さんと、丑理さんが……」
「支合は2人でひとつみたいなもん。あ〜、太極図……あんたがわかるかは知らんけど、白と黒の勾玉みたいなんが合わさって、ひとつの円になっとるやつ。あのイメージやな。せやから、支合同士は、互いの意識の内で意思疎通が最も簡単にできる……はずやったんやけど、そんでウシがこの有様や。今は人間やし、何かの反動でもくらったんかなあ」
「は、はあ……」
寅琳さんによる説明によって、一気に世界が広がったかのように思えた。
だけど、難しいのは変わらなくて、相槌をしどろもどろになりながら打つ。
俺の意識の奥底にある、鍵のかけられている何かが開きそうで開かないような、ムズムズして落ち着かない心地もした。
本題の「支合」……俺が子音さんと丑理さんに会った時に、初めて聞いた言葉だ。
あの時は、何組に誰がいるか、という話だったはず。
なるほど。子と丑は支合。単純に1番2番だから、というわけじゃなくて、支合だから同じクラスだったって可能性があるってことか。
1年2組に寅琳さんの支合である元十二支がいれば、支合で組分けがなされている可能性が高いということだ。
しかし、十二支の寅に対応するのは誰なのだろう。そもそも、どういう法則で決められているんだ?
「……長い。もう俺から説明しちまってもいいか」
「この効率チューが。せっかく俺が丁寧に、丹精込めて説明しとるのに!」
「ああ、その点については意外だったな。基礎なんてもう頭に入ってないと思ってたぜ」
「俺を何やと思ってんねん!」
寅琳さんの説明に飽き飽きしたらしく、子音さんが代わりを申し出てきた。
この2人、出会ったときから言い合いしているような気がするけど、仲が悪いようには見えない。
「いいか、セレン。俺は明日からの方針を話す。トラはとりあえず喋るな」
「へーへー、お任せしますわー。おいウシくん、どこ見とるんやー?」
子音さんはそう言いながら、鞄から1枚の紙をとりだした。例の、動物愛好部の入部届である。
手持ち無沙汰になった寅琳さんが丑理さんに絡み出したのはさておき、内心何を言われるのかドキドキしながら深刻な表情の子音さんに向き合った。
「お前がこれからすべきことを端的に言うと、仲間集めってわけだ。この紙をよく見てくれ」
「えっと……入部届『新設用』……?」
入部届の下部に、米印で注意書きが書かれてある。最低必要人数は5人、新設に足る有用性を示し、学園長からの合格を貰わなければ部活動としては認めない、と。
これは……難題だ。
「面倒なことに、新しく部活を作るには、今のままじゃ作れない。その上この学校、俺らみたいに部活を新設したい生徒がゴロゴロいるから、早くしねえと、空き教室が埋まっちまう」
「なるほど……だから、すぐにでもあと1人を仲間に引き込まなければならない、というわけですね」
「そうだ。できれば明日にでもといったところだ。そうなると、これから最も近道で仲間にできるのは、トラの支合だ。ウシがやったように、思念伝達でアイツを呼び寄せる。トラがもし使いものにならなくなったら、セレン。お前が対応しなければならねえ」
「はい、わかりました。子音さんと丑理さんは、その間に部活動の有用性を示す、ということですか?」
バスの運転手さんが、高等部寮前〜と高らかに告げる。同時に、子音さんがスッと立ち上がる。
返答がないので、見当はずれなこと言ったかと不安になっていると、彼は戯れるのに飽きたのかうたた寝している寅琳さんと、未だ心ここに在らずと見える丑理さんにひと声かける。
それから子音さんはこちらを向いて、いつもの悪役顔で笑うのである。
「物分かりがいいな、その通り。俺の策は成功する場合しか見えてないから、せいぜい頑張れよ。おい、起きろ。降りるぞ」
「起きてる! 起きてるから揺さぶんなや!」
自信満々で、失敗を疑いもしない。できるだろう? と言わんばかりに彼が不敵に微笑むと、なぜか自分まで全て上手くいく気がする。
寅琳さんは、まだ俺を認めているとは言えない。いずれ全員に認めてもらうためにも、初めての大仕事、成功させたい。
よし、と気を引き締めたところで、シャトルバスを降りる。降りた瞬間に見えた景色に、愕然とした。
まるで大規模ホテルのような、豪壮な学生寮が目の前にあったのだ。
「え……あれが本当に学生寮なんですか?」
「金かけてんだな」




