異国
「また生きた」
なんの感慨も無かった
雪原の上、私は斃れた敵の死骸で煙草を揉み消す
熱されたものが消える時の、じゅうという音
その余韻すら吹雪に消え去ったあと、私は雪の上に膝を突き、咳き込みながら血を吐いた
躰には幾つか刺し傷が有ったが、経験から解る
これは死ぬようなものでは無かった
国家間の紛争が、決闘で解決するようになって久しい
「人権意識の勝利」とやらに、全世界が感動したのだと聞いている
私には関係の無い事だ
その「人権意識」とやらが、私に情をかける事は無い
少なくとも、いま躰に有る刺し傷の方が、私にとっては身近な物だ
とはいえ、この暮らしにも一つだけ良かった事が有る
それは「この仕事に就く前よりは、恐らくマシな死に方をする」という事だ
路上で生きるという事は、街の悪ガキの娯楽の為になぶり殺しになる事と同義だ
「神が私に情をかけた結果、死に方程度は選ばせてくれたのかもな」
鎮痛の為、私は新しい煙草に火を付けた
山小屋に戻る
次の仕事の段取りが記された書類とともに、冷え切った豪華な食事がテーブルの上に用意されていた
暖炉は燃えているが、人の気配は無い
仕事を補佐する「事務員」は、卑しい生まれの私を嫌っていた
私に言わせれば、彼も上等な身分の者では無い
しかし不満は無かった
他国では彼のような「事務員」すら充てがわれ無い「代表」も居るのだと聞く
仕事自体は行っている、それで十分だ
書類によれば次の「決闘」は明後日だった
「俺たちが戦いを放棄すれば」
二人になるなり、男は私にべらべらと語り掛けた
一昨日と同じ場所で「決闘」は行われているが、打って変わって今日は悪くない天気だ
もちろん、晴れてはいないが
「それで得をする第三国から、俺たちは生涯を保証して貰える」
「それだけの価値があるんだよ、この戦いは」
「そして、俺達は」
両手を広げながら理屈を語る手合いを、私は信用しない
私が剣を心臓に突き立てると、男はそれきり二度とやかましい理屈を話さなくなった
最後の瞬間、突き刺される前に男は後ろに手を回していたようだった
屍体を裏返すと、男は後ろ手にナイフを手にして握り締めていた
要するに不意打ちの準備だ
解ってはいたし、だからこそ先手を打った
だが、私は心の底から「あの与太話が本当であれば」とも感じ、自らの心が乾く音が聴こえるような気さえした
今日は傷を負わなかった
止血も鎮痛も必要が無い、それでも私は煙草に火を付けた
さっきまであんなに天気が良かったのに、既に吹雪は私の頬を強く打っていた
私は吸い終えた煙草を、さっきまで生きていた人間に押し付けて揉み消す
他意が有る訳では無い
ただ、「あらゆる生命に価値が無い」と感じてはいる
だからこんな仕事が存在する
家では冷めた豪華な食事が待っている事だろう、私は帰路に着いた