1.
泳いでいるようにも、見えなくもない。
その歩き方、身のこなし。
何処をどう見ても、というか後ろ姿なのだが。
蘆田にとっては「舞妓さん」であった。
黒くて高い下駄から白く伸びる足首と、足袋。
品の良い花柄の裾、背負っている赤い唐笠。
そう。
後ろ姿だけ見ればそうなのだが、振り返って、イメージが崩れる。
顔が違う。
「なんだ。ヤツか……」
と蘆田は思う。
このところ、「舞」とか「芸」の世界にも、進出してきているのがロボットである。
顔だけが、電子的なのだ。
日本列島、海の近く。
京都であった街々は、また細かく区分され直し。
機械的な面でも、大幅に変化してきた現在。
いま、ロボットが唐笠を畳んで、くぐった門構え。
蘆田もくぐる。
彼は若頭だ。
親分は、大体、この店に。今の時間、蕎麦を食いに来る。
親分は銀下という。
彼の首筋から肩甲骨の辺りにかけて泳いでいるのが、日輪模様。
つまり、太陽だ。
と、本人は言っているが。果たしてそう見えるかは、別として。
扉向こうからの声。
「あら、鍵ちゃん。おかえりー。蘆田さん、どうぞ。お二階どす」
泳いでいるように見えなくもないのは、オウムガイの殻もそうだ。
たまに砂浜周辺で、漂っている。
ただし、中身がない。
磯野葛島。
その島が近いが、区画整理でこの辺の砂浜も、所謂「たまり場」になった。
抗争やら個人的な闘争やら、その最後に行きつく先は、蘆田と千倉の立っている浜辺である。
射撃練習にちょうどいい岩場なんかもあるが、今日、蘆田らが命じられたのは、また死んだ奴がその辺に転がっていないか。
浜辺に捨てられている者も、多かった。
泳いでいるように見えるのは、殻だけではない。
甲羅でもなく、人間の一部だったり、ロボットの一部だったりもする。
「斬られかた、似ていますねえ」
と千倉が言った。
見つけたのは人間の一部。
切断面が似ている、というのだろう。
「どのあたり?」
と蘆田も屈んで見つめた。
見つけたのは、骨とまだ一部繋がっている脚。
片足。指の付き方で左足と分かる。
「十字に斬られている痕。ああ、俺、十文字クラゲとか知っていますよ。カツオノエボシなんかも」
千倉は、銀下組の部屋住みだが、蘆田が知らないことを、よく知っている。
蘆田の知っていることと言ったら、組内にクラゲに刺されて病院送りになった奴がいる、とかそんなくらいだ。
その他、岩場で起きた銃の暴発で、死んだ。など。
百合の花が近場に手向けられていることも、多くなって来た。
「人を殺してはならない」という原則が、ロボットにはある。
そのためか、ロボットが多く社会に進出してきた今、人間側は自衛ということで。
何か対策を練らなければならない、情況になってきた。
銃社会なら、まだいい。しかし、日本はそうではなかった。かつては、そうだった。
今は、「異常な行動をするロボットが万が一、人の死に関わるようなことがあれば。それを破壊出来る権利」というのは出来たために。
この地区、特にアウトローたちは特に。
やりやすい時代になった。
お陰で、銃や刀を使って斬った斬られた、殺った殺られた、が結構増える。
銀下組の連中もそれで、数が減ったりしていた。